かぞくのいない私には理解できないが

 少しだけ、寂しいとおもう

 かぞくがいると、さみしくなるものなのか?



 医者? 水――? が言うにはこういうことらしい。

 農家の両親に産まれたカナカはグラズヘイムにあるスクールに通っている学生だ。彼女もまたグラズヘイムの住人なので、体内にミクロマシンを埋め込み体内を監視されながら健康を維持してきた。

 しかし、カナカは不満だらけだった。母親から暴力を振るわれていたらしい。それは母親のストレス解消法でもあった。

 ミクロマシン拒絶症、医者は母親に言った。母親はもちろん驚き、次第に顔面蒼白になってしまったらしい。輝秋にはその気持ちが良く分かる。グラズヘイムと人々に置いて行かれるような孤独と、虚無感は輝秋も経験済みだ。そしてミクロマシンなる監視カメラに依存したいという気持ちもあったはずだ。

 たかが精密機械一つで――と、思う。だが、街のシステムに縋れないのは苦痛なのだ。

 そして母親は暴力を振るった。カナカを叩き、物をぶつけて、あらんかぎりに吠えた。カナカはどうすることも出来なかった。父親も家に戻る事は無く、ほとんど無知の状態だった。医者は知っていたが、どうすることも出来なかった。

「……医者は病気を治せても、家庭の事情を解消することは出来ない」

「その通り。カナカに聞いても答えてはくれなかった。裾から見える傷だって知っていたさ。問い詰めることも出来なかった」

「で、母親は」

「ヤクザからミクロマシンを買い占め、過剰摂取し病院で眠っている」

 治療し、無事に目が覚めれば再び暴力を振るわれ、酷い目に遭うかもしれない。医者であるこの水がいなければ、そのまま死ぬか一生目が覚めない。そうカナカは踏んだのだろう。

 溜息が出てしまった。別に自分には無関係なのに車内が重苦しくなった。助手席に乗っているミハルだけが妙にそわそわしている。輝秋と医者の会話が理解できないのだろう。

 堅苦しくなった空気の中、ミハルは口を開く。

「家族っていうのは、そんなに難しいことなの?」

「人造人間には分からん話さ」

 医者が唾を吐くように言うが、ミハルは表情を変えず空になった瓶を抱えていた。

「難しいなら家族なんて作らなきゃいいのに」

「それでも家族でありたいと願うもんだ」 

 輝秋はアクセルを踏みっぱなしにしつつ、医者との会話を割って入る。廃車は海へと向かっているはずなのに、違法改造されたバイクが並走してきて邪魔だ、何度迂回させれば気が済むのだろう。

 思わず舌打ちをする、あれこれ考えている暇もない。

 ――ええい、仕方ない。

「ミハル」

「な、何?」

「あれ、やってくれ」

 ミハルは目を丸くした。

「でも」

「俺が許可する、やってくれ」

「な、なんじゃ、なにをするのじゃ」

 ミハルは不満そうに口をとがらせる。

「……カーナビ、使えるの?」

「お前の携帯端末を使え」

「買いなおしてくれる?」

「……やってくれ」

 ミハルは瓶を足元に置くと、すぐに端末を手のひらに乗せて目を閉じる。

だからといって何も起きる訳ではないがミハルにしか出来ない事がある。だからこいつに任せたのだ。

「おい、この人形娘はどうしたのだ」

「静かにしてくれ。あとそいつは人形じゃない」

「人造人間じゃろ」

 輝秋はようやくバックミラーを見る余裕が出来た。追いかけてくる違法バイクが突然コントロールを失いスリップして、転倒している。辺りの電光掲示板もクラッシュしている。

「いいぞ。このまま突っ切る」

「何をした? この娘は何者じゃ?」

「ただの人造人間さ」

 そう、ただの人造人間だ。

 機械人形の腹から産まれた、ただの人造人間だ。



輝秋には詳しい事情を知る術がないが、ミハルは機械人形に育てられた子であり、変な力をもって産まれたらしい。ミハルに限らず、人造人間は全員妙な力を持ってしまう。

ミハルの場合、電子端末を握りしめることで、他の機器に乗り移る事が出来るらしい。

 最初聴いた時、何のこっちゃだと思った。しかし事実なのだから仕方ない、自らの心をコンピュータのようにして他の媒体を弄繰り回し、操作する。それが彼女の持ってしまった能力。それ以外は世間知らずの人造人形だ。

 バイク同士がぶつかる、そしてスリップ音。違法バイクとはいえ、グラズヘイムにオフラインの媒体など存在しない。ミハルが少しいじればネットワークなど、自由自在になってしまう。脅威といえば脅威だ、ミハルがやろうと思えば企業の情報を拡散することだって可能になる。

「どういう事なのだ……ヤンキー共の車が次々と大破していくぞ!」

「ちょっとやりすぎた感じはするが、いい加減自警団の奴らが来てもいいだろ」

 むしろこの騒ぎで全然気づかないのも怠けすぎている。早く来てくれと願うばかりだ。

 隣に座るミハルがぼんやりと目を開いた。いざという時頼りになる助手を乗せて正解だったとミハルの頭をがしがしと撫でた。

「よくやったぞ」

「……どうも」

 そして廃車の癖、やけに張り切って走った車は海を見つける。廃油が浮かんだ水面が『傘』から伸びる光によって反射し、目が眩むほど輝いていた。周りに建物はなく、テトラポットや腐りかけの灯台などが建っている横に廃車は止まる。

「さて」

「おいおい本当に捨てるっていうのか」

「俺は処理屋じゃなく、運び屋だ。海に運べと依頼を受けたんだ。だから海に運んでそのままオサラバだ」

「待て! ちょっと考え直せ! ここに放置してホームレスにでも拾われたらどうするんじゃ!」

 医者はとうとう首に飛び掛かって来た。伸縮性があるだけではなく、粘着質でもあるようで座ったままの輝秋の手首に絡んできた。

「気持ち悪い! 離してくれ」

「ワシは医者だぞ! 病院でカナカの母親が待っている! ワシが行けば治せる」

「だけど、カナカは母親を治したらまた同じ目に遭うかもしれないと思っている。だからあんたを瓶に詰めて俺に渡したんじゃないか」

「拒絶症さえ治せれば、母親だって変わるかもしれないだろう!」

「どうかねぇ」

 人間、そんなほいほい変わる物じゃない。一度暴力を振るわれたらそれはもうカナカにとったら脅威でしかないのだ。 

「ねえ、ちょっと……」

 ミハルが何か言いかけているが、医者が遮る。

「運び屋、お前はどこまで頭の固い奴なんだ。人の命が掛かっているんだぞ」

「カナカはどうなる。あいつの意志を無視したくは」

「ちょっと!」

 ぴしゃりとミハルが言うと、輝秋と水が黙り込む。ミハルはわざとらしく咳き込んで、窓の外を指した。

「あれ、さっきの人じゃないの?」

 ミハルが指した方を輝秋は見た。

 灯台の下で待っていたのはカナカだった。


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