2
銃でうたれている
でも、結構まいどのことだから
なれている
「ワシはどうしてこんなところにおるんじゃ? お前らは一体誰じゃ? ああ、もしかして患者かな? どれ……」
そういって水が伸び縮みしてから、ミハルの眼前に近づいた。ミハルの方は血が抜き取られたように蒼白し、悲鳴を上げたくてもあげられない様子だ。こちらとしては早くその握りしめた手を放してほしいのだが本人はいよいよ昏倒しそうなので、ミハルを揺さぶりながら恐る恐る尋ねた。
「あんたは、誰だ?」
「医者だ」
水はミハルから離れ、瓶の淵に腰かけた。見た目はスライムのように揺らめく透明な水。口も目もなく、両手であろう突起が見える程度で一体どこから発声しているのかさっぱりだ。
「ふむ。お主は人造人間か。幼いのに相当苦労しているように見える、疲れている様子だが人造人間は開発者が一番わかっておる、開発者に直してもらいなさい。さて、次はそこのがたいの良い男か」
「おい待て。俺らは患者じゃない、お前は医者と言ったがまさかその恰好でメスを持つのか?」
そんな医者がいたら患者は別の病でひっくり返ることだろう。
内心冷や水を浴びながら、半笑いで言ってみせると水はしがれた声で、
「そうだ。もっと言うとワシがメスを持つのではなくアドバイザーだ」
水は自分の事になると調子に乗るのか、悠々とまるでどこかの伝説を語るかのように雄弁になった。
「生前は人間だったのだが、老衰で死んだ。しかし体内に残ったミクロマシンがワシの記憶を全て保存しており、死後に再生するのは容易なことだった。まさか水に移植されるとは思わなかったが、契約書にはそう書いてあったのかもしれん」
どうやら、いや、毎度の事かもしれないが――とんでもないものを運んでいるらしい。
「ワシはとある女性を治療すべくアドバイザーとして本当なら病院におったはずなのに、まさかお前らはワシを売り飛ばす気か?」
「はあ?」
「ワシは誘拐されたのか! ええい、早く元の場所に帰せ!」
「俺は水を海に運べと言われただけで、あんたの意思は正直関係ない」
いい加減静かにしてくれと思った。水は普通、喋ったりはしない。
「お前は運び屋か?」
「そうだが」
「ならば、ワシを病院まで運べ」
「それは依頼を無視することになる、駄目だ」
「頭が固すぎだ、若いくせに」
「あんたを運べって言ったのは子供だったぞ、女子学生くらいの」
「カナカ……」
「カナカ?」
「おそらくワシを瓶に閉じ込めた娘だ」
どうやら、あの娘はカナカという名前らしい。
「そうか。ああ……やはり」
「納得したようだな。じゃあいいか」
「いや、病院へ行け。今すぐに」
「だから、行かねえって」
水はじっと輝秋を見る。睨んでいるのかそれとも懇願しているのか目が無いので分からない。
「いいのか?」
「あ?」
「今すぐに行かんと銃弾の雨を浴びるぞ」
「何言って――」
まるでそれが合図だったかのように、サイドミラーが木っ端微塵になって道路に飛び散った。
ぐん、と反動がついて反射的にブレーキをかけそうになる。後ろを振り返りたくても運転をしているので容易ではなく、バックミラーを見た。
「なんだ!」
「テル! 後ろ」
止まって後ろを振り向く余裕なんて無い、バックミラーに映るのは改造バイクに跨ったヤンキーが自動販売機で買った安物の拳銃を大胆に乱発し、石を詰め込んだ靴下を投げている光景だ。
輝秋はアクセルを踏み続ける。
「なんだあれは……」
「ワシを狙っている。ワシは高名な医者なのだ。農家がヤンキーでもヤクザでも安い金で雇ったんだろ」
「あんたほんと何者なんだよ!」
「医者だと言っているじゃろう!」
銃声が響き、背後のガラスに穴が開く。
「伏せてろ、あと、自警団に連絡しろ。知り合いがいる」
「う、うん」
ミハルは言われるがまま身体を屈んで、端末をいじる。
「つながらない」
「誰かが妨害してるのか」
さっきから舌打ちが止まらない。散々叔父にやめろと言われているのに。
「このまま海に行くぞ、この水投げ捨てれば完了だろ!」
「それはいかんなあ、ワシは有名な医者だぞ」
「撃たれるほど有名なのか?」
アクセルを踏みっぱなしで自警団の奴らに捕まらないだろうかなど心配になるが、そんなことよりもこの追手から撒かないと話にならない。
水――いや、医者が言った。
「海に放り投げてみろ、それこそ撃たれるぞ」
「……狙いはあんたであり、俺たちでもあるのか?」
「そうだ。恐らくではあるが、カナカの父が気づいて、こう言ったんじゃないか。私を誘拐した奴を見つけろ、金はたんまりやるぞって」
「闇医者なんてこの街にいくらでもいるだろう」
水はミハルの腕の隙間から抜け出して、輝秋の腕に絡みつく。ひんやりとして、気色が悪い。思わずハンドルごと振り放してやりたかった。
「ワシは闇医者ではなく。高名な医者だ。なんだって、ミクロマシン拒絶症の治療法を発見したのだから!」
「な」
その言葉に思わず、急ブレーキをかけた。
「わ!」
「おい!」
ミハルと水はがくんと揺れ、そのまま前のめりになって倒れそうになっていた。
輝秋は愕然とした思いで、じっとその水を見つめる。後ろから奇声をあげたヤンキー共が拳銃を空撃ちしたり、石を投げてくる。すでに廃車なのだからどこをぶつけられても痛くも痒くもない、そんなことよりも聞き捨てならないことがあったのだから。
「……ミクロマシン拒絶症を、治せるのか?」
「ん? ああ。しかし、完全にではないが」
「テル! 早く走って! 早く」
輝秋は急いで車を走らせた。海まであとどのくらいあるのか、正面からやってくる暴走車の群れは猪のようにこちらに突進した。だが丁度良く曲がり角があったので、無人移動車を追い越すと後ろで爆発音が聞こえた。暴走車同士がぶつかりでもしたのだろう。
医者は腕に絡みついたかと思うと、ハンドルに乗り移り、輝秋の顔に近づいてくる。
「どうした運び屋、顔が変だぞ」
「水に言われたくない」
グラズヘイムには体質的にミクロマシンを受け入れられない人間がいる。ミクロマシンを埋め込んで、生涯を記録してほしいと望んでグラズヘイムにやってくる人もいる中、拒絶症で死んだ人間も大勢いた。
自分もまた、この街に受け入れてもらえないのだ。そう気づいた時、全てが遅かったがそれでもこうしてこの街に留まり暇つぶしとして運び屋をしている。
「知り合いに拒絶症持ちがいるなら、なおさらワシを助けるべきだと思わんか?」
「ちゃっかり助かろうとするな」
「ワシを海に捨てたら、カナカの母親が助からんぞ」
「じゃあなんでそのカナカとやらが俺にあんたを渡すんだよ?」
医者が黙り込む。風が吹くと水面が揺れるように、スライムのような水はゆらゆらと揺れていた。
「母親がカナカに暴力をふるっていたからだ」
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