第4話 Shut Down 町屋&紺野Side
―Shut Down― 町屋&紺野Side
校舎の屋上に町屋殉と紺野群青は寝転がっていた。
今は三時限目。クラスではいつも通り授業が行われているが二人はまともに授業を受ける気がしなかった。
もう三十分以上も沈黙が続いていたが、やがて紺野が重たい口を開いた。
「……ねえ。どうして綾仁は自殺なんてしたのかな。……それも不幸のアプリってやつのせいなのかな」
ぽつり、と言葉は風に乗って確かに町屋の耳に届いたはずだが、しばらく町屋は何も返事を返さなかった。眉間に皺を寄せ、じっと一心に何かを考えている。
やがて町屋が大きく息を吐き出した。
「……俺はさ、紺野。不幸のアプリなんて――最初から無かったんじゃないかと思ってるんだ」
「不幸のアプリが無かった……」
紺野は口の中で飴玉を転がした。
「そう。あの日の帰り道で霧ヶ谷は俺たちに携帯の画面を見せてくれたろ?
けど、そこに不幸のアプリなんて表示されていなかった。お前も不思議に思ってたろ?」
「確かに画面は普通で何も映ってなかった。けど、だからって」
「それに、だ」
紺野の反論を町屋が手で制す。
「もし不幸のアプリが実在しないと仮定したら、あいつの一連の行動にも説明がつく。
登校中の自動車事故も、家庭科の熱湯事件も、そして鉄パイプの落下事故も、全部あいつが――自ら率先して災禍に身を近づけていたことへの」
確かにそうなのだ、と紺野は思った。
最初、ライトバンが道路を突っ走ってきたタイミングに合わせて綾仁が飛び出してきた時はただの偶然だと思った。
道路の向こうから車が来ていたことは誰が見ても自明なのに綾仁が飛び出してきたのにはびっくりしたけど、でもそういうこともあるだろうなとは思った。
けれど家庭科の授業の時。
あの時紺野は近くから綾人を見ていたが、どうしても綾仁がわざとバスケットに足を引っかけたようにしか見えなかったのだ。
極めつけは帰り道のこと。
あの時、路地に入ってすぐに奇怪な音が反響するのを聞いた。
紺野と町屋はすぐに工事現場の足場が崩れかかっていることに気付いたが、何故か綾仁は音のする方に引き寄せられるようにふらふらと近づいていってしまったのだ。
まるで――操られているかのように。
もし、不幸のアプリなんて最初からなかったとしたら。
もし、不幸のアプリが全部綾仁の妄想の産物だとしたら。
「ひょっとしたら霧ヶ谷は無意識のうちに死に近づこうとしているのもしれない。俺は最初のライトバンの時からずっとそう思っていた」
町屋が頭を掻きむしりながら暗い口調で言った。
「けど、それじゃあ、何のために?」
「お前も薄々は気がついてんだろ」
紺野の質問を町屋は一蹴した。
それを受けて紺野が切なげに言う。
「半年前の……事故」
「……ま、そんなことだろうな」
町屋は寝そべった状態から身を起こして遠くの景色を眺めるようにする。
「半年前の事故で霧ヶ谷の家族はあいつを除いて全員死んだ。けど、綾仁は琴音ちゃんが死んだという事実を頑として認めなかった。
あいつは特に琴音ちゃんを大事に思っていたからな。退院してからずっと、さも琴音ちゃんが生きているかのように振る舞ってきた。
俺達もすぐに事情を察して話を合わせた。でも、それは逆効果だったんだな。あいつは琴音ちゃんが生きているとますます強固に思い込むようになってしまった」
家族全員が死んでしまった、その事実に耐えられず、綾仁は偽りの琴音を作り出した。
「けどあいつだって本当は気付いていたんだよな。琴音ちゃんはもういないって。
だからきっと何度も自殺しようと思った。だが自殺をすることは逆説的に琴音ちゃんの死を受け入れてしまうことになる。琴音ちゃんの死を認めることになる。
あいつは琴音ちゃんが死んだと気づかないまま――そうやって巧妙に自分を騙したまま死ぬ必要があった。……そこで不幸のアプリという架空の存在を作り出した」
もし不幸のアプリなんてものがあって、それが自分を殺してくれるのなら――
それは自殺したことにはならない。
綾仁は妹が死んだことに気づかないまま死ぬことができる――
「こうして空想の琴音ちゃんと暮らしながら、霧ヶ谷は不幸のアプリのせいと自分を騙して死に近い局面にわざわざ自分から近づいていった。
そしてあの日、家に帰った霧ヶ谷は何かの拍子に妹が死んだことを自覚してしまい……自殺。もしこれが本当だったら俺は自分を許せねえよ。
ッたく。俺はあいつをぶん殴ってでも止めてやんなきゃいけなかったのに、確証がないから様子を見ようなんて――ふざけたオトモダチもいたもんだぜ。俺は友人失格だ」
「……なんて悲しい話」
紺野の瞳は潤んでいた。
町屋は視線を合わせず呟いた。
「……ああ。悲しいな。――救われねえ」
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