第2話 寄せ集め戦隊

「僕とイエローは警察が来るまでここで待つけど、他の人は今日はもう帰っていいよ。お疲れ様でした」


 警官が到着する前に、僕はリーダーとして解散宣言をした。

 試しに、痛む鳩尾を左手でさすってみたが、あまり効果はなかった。


 真っ先に変身を解き、その場を離れるのは決まってパープルだ。


「お疲れー。あー、お客さん帰っちゃったかなあ」


 金に近い茶髪をマリーアントワネットみたいに結い上げ、ロングのパーティドレス姿を纏った彼女は、ここから歩いて2、3分の雑居ビル2階にあるキャバクラでホステスをしている。

 今日も仕事を抜け出して駆けつけてきている。正義の戦隊なんて一銭にもならない慈善活動より、キャバクラの仕事を優先したいと常日頃から文句を言っている。


「じゃ、自分もドロンするでござる」


 ひょろりと痩せ、ヨレヨレのスウェット姿で無精髭や長髪が小汚いグリーンはニートだ。何と病気でもないのに、高校中退から、もう10年以上1回もアルバイトすらしたことない強者だ。


「あたしも帰ろ。ねえ、黒川さん。〆に少し飲んでいかない?」


「ごめん。これからワシントン支社とテレビ会議があるんだ」


 ジャスティス・ピンクこと妙齢の派遣OL桃田ももたはブラックこと青年実業家黒川の腕にまとわりついたが、軽くあしらわれてしまう。


「えー、残念。いつなら空いてるんですかあ」


 めげない彼女は、早足で立ち去ろうとするイケメンを小走りで追う。


 そこはかとなく生ゴミの腐臭が漂う路地裏には、僕と怪物、イエローこと黄田きだ、そして未だ変身を解かないブルーこと青海あおみが残った。


「青海さん、もう変身解いて帰っていいですよ。警察が来たら、その格好だと怪しまれます」


 ゴム手袋をはめた拳を握りしめ、棒立ちしている彼に声をかけた。

 しかし、彼は覆面の戦闘服姿のままでいた。覆面をしているせいで、どんな顔をしているのか分からないが、怒気のような不穏なオーラを発している。


「どうしてっ……」


 ホッケーマスクに似た覆面の下から、絞り出された声は震えていた。


「どうして、あんたは殺さない! 俺たちは正義の味方だ。地球征服を企む化け物は倒すべきだろう!」


 ああ、またいつもの堂々巡りの議論(とすら呼べない)が始まるのか。

 朝から働いて蓄積した疲労がどっと押し寄せてきた。肩痛い、背中痛い、目も疲れた。全身が重だるい。


「僕らは日本では、非公認の正義の味方です。悪に然るべき処罰を与える権限はない。法律に従い、相応の手続きが行われるようにこいつを警察に引き渡すまでが精々です。勝手に自己判断で殺したら、僕らは最早、正義ではなくなります。ただの犯罪者になる」


「理屈はやめろ」


「正義は理屈で語るべきだ」


 僕の反駁はんばくに、青海はわざとらしい盛大なため息をついた。


「お前さあ、前から思ってたけど、ハートがないよね。何でも杓子定規。何で戦隊ヒーローなんかやってるの? しかもリーダーなの?」


 それは僕も教えてもらいたい。


 ある日突然、星の導きとやらで、チャッキーに目をつけられ、強制的にジャスティス・レッドとして目覚めさせられてしまった不幸の理由を知りたい。


「さあ……」


 口ごもる僕にブチ切れた青海が拳を振り上げた。

 手錠腰縄で、うなだれていた昆虫型怪人が体を強張らせる。


「ちょっと、青海さん落ち着いて。怪人が逃げたら危ない」


 うんざりした面持ちで、スマホをいじっていた黄田が、ぽっちゃりと肥えた体を僕らの間に滑り込ませた。

 人畜無害なイエローの制止に、粗暴なブルーは勢いを削がれ、拳を下ろした。


「ふん、いつか下克上かけてやるわ。クソ公僕」


 ようやく青海は変身を解く。

 濃紺の作業着姿。

 頭には、端に工務店の屋号と電話番号が印字された白いタオルを巻いている。

 少年院上がりの異色のヒーローは、夜目でも分かる程に、日焼けした顔を怒りで赤黒く染めていた。

 表向きは更生していることになっているものの、車の運転が荒いのは治らないようで、交通違反の常習犯である。

 金は稼いでいるくせに、反則金の未払いが累積し、僕の表の職場に不貞腐れて出頭したこともある。

 さらに言えば、3か月前、約10日間謎の失踪をしていたのは、タバコのポイ捨てをしたサラリーマンを注意して喧嘩になり、相手を殴って逮捕・勾留されていたからだ。


 お前は正義を語る前に、警察のお世話にならない生活をしろ、と言い返したいが飲み込む。


 職務上知り得た前科・前歴を、無関係な黄田のいる場で口にするのはご法度である。


 近づいていたパトカーのサイレンが止んだ。

 少年時代から、地域の要注意人物として警察にマークされている青海は舌打ちをした。


「とにかく、俺はお前のやり方認めねえから」


 ブルーのくせに冷静沈着とは程遠い男は、捨て台詞を吐き、毒々しいネオンの灯る雑居ビルの中に消えて行った。

 3階に入居するフィリピンパブでやけ酒を食らうのだろう。


 程なく、制服警官二人が青海が去った方角とは反対から現れた。


「赤坂事務官、またあなたですか」


 凶悪な怪物を捕まえたのに、酷い言い草だ。だが、彼らの気持ちは十分理解できる。謝るしか僕らに選択肢はない。


「すみません。斧を振り回して暴れていたので。あ、あそこに落ちているのがその斧です。あの大きさなら、銃刀法にも引っかかりますよね」


「お分かりでしょうが、署までご足労願いますよ」


 40がらみの警官は、明らかに不機嫌だった。

 捕縄を受け取りながら、僕と黄田にも同行を促す。

 僕の問いは無視する方針のようだ。


「あーあ。明日大事なプレゼンあるから休めないのに」


 パトカーの後部座席で、イエローがポツリと本音をこぼした。

 ジャスティス7唯一の普通のサラリーマンの脂が浮いた顔には、疲労の二文字がきっちり刻まれていた。


 僕たちは年齢こそ近いが、全員てんでバラバラ、団結力のかけらもない寄せ集めのポンコツ戦隊。

 地球防衛の任は余りに重すぎる。

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