地球防衛戦隊ジャスティス7
十五 静香
プロローグ ジャスティス7見参!
第1話 24時間正義の味方
「オーシャン・ナイトメア!」
敵の一瞬の隙をつき、ジャスティスブルーが必殺技を放った。
青色のゴム手袋の指先から生じた水流に、黒の全身タイツに昆虫めいた頭を持つ怪物は、瞬く間に飲み込まれる。
水流は化け物の全身に纏わりつき、透明なカプセルのように彼(?)を包み込んでしまった。地球征服を狙っているらしい異形の者は、陸地にいながら水で満たされたカプセルに閉じ込められ、手にしていた斧を取り落とし、もがき始める。
ああ、何だかよく分からないが、あの化け物も呼吸ができないと苦しくなるのか、と僕は感心した。
遠いムチャカッパ星から地球侵略にやってきた宇宙人だとチャッキー(
「グリーン・サイクロン!」
やや裏返り気味の甲高い男の声が真夜中の路地裏に響く。ブルーに続き、ジャスティスグリーンも必殺技をお見舞いしたのだ。
県内一、治安の悪い繁華街の裏通りで、水流に飲み込まれて溺れている怪物を、更なる不幸が襲う。
端が鋭い刃物となっている凶悪極まりない無数の葉片が彼(?)の全身を切りつけた。
着脱方法不明の黒タイツが怪物の全身、至る所で小さく裂ける。
裂け目から覗いた肌は、サツマイモを
「キエーッ!!」
昆虫と人のキメラは、耳障りな声で絶叫した。
だが、水の檻も葉っぱのカッターも致命傷は与えられていない。
オーシャン・ナイトメアは拘束を主たる目的としており、ナイトメアという名の通り、物理的な攻撃力は、敵に溺死寸前の苦しみの幻覚を与え、体力を地味に消耗させる程度だ。
グリーン・サイクロンもカッターとはいえ、所詮葉っぱなので、相手にコピー用紙で切ったくらいの小さな切り傷を無数につけるだけ。
忙しい時に限って、コピー用紙で指切って地味に痛くてやんなっちゃう、というデスクワーカーあるあるな気分を味わわせ、敵の戦闘意欲を削ぐのが目的だ。
「レッド! 今だ!」
「早く必殺技を!」
「やっちゃえー!」
「ねえ、早くしてよ」
「行けー!」
「レッド、仕上げを頼むよ」
ブルーがグリーンが、ピンクとパープルの女性コンビが、カレー大好きイエローが、キザなブラックが、めいめいが僕に向かって、戦闘のフィニッシュを決めろと求める。
ジャスティス7のリーダー、レッドの僕は他のメンバーを遥かにしのぐ攻撃力を誇る一撃必殺技を使える。
子供の頃、テレビで見た戦隊モノと同じく、最後の仕上げは主人公兼正義の味方のリーダー、不動のセンター、レッドが決めるのが、現実の戦隊でもテンプレートなのだ。
が、僕はテレビの中の馬鹿がつく程、正義感が強く、一本気なレッドではない。
否、正義感が強いからこそ、世間では正義の味方であることを期待される仕事をしていて、正義についていつも真摯に向き合っている故に、僕は詠唱一つで怪物を倒すのに、二の足を踏んでしまう。
水のカプセルの中で、かすり傷だらけになって苦しむ怪物を見やる。
僕は、奇怪な征服者である宇宙人たちと交戦するたびに、同じ命題にぶち当たる。
この生き物は刑法上、人なのか、それとも動物になるのか。
仮に人なら、僕が彼(?)を殺してしまうのは、法治国家たる日本国の法律上、よろしくない。
殺人になってしまうのではないか?
それはまずい。由々しい。
奴を人と仮定すると、僕が奴を殺した場合、殺人罪が成立してしまうのか。
手遅れになる前に考えたい。
犯罪の成否は、判例・実務においては、3段階で検討をする。
第1に犯罪と思しき行為が
第2に
第3に犯人に
この3つの条件が揃って始めて、犯罪は成立し、犯罪者に処罰を与えられる。
以下、3つの条件を1つずつ順に検討していく。
人を殺せば、刑法199条の「人を殺す」という構成要件に該当してしまうのは避けられない。
僕が手のひらから紅蓮の焔を発生させる仕組みは、現代科学では解明できないものだが、実際に殺人の結果が発生している以上、不能犯との言い訳は厳しい。
では、第1条件の構成要件該当性が肯定されてしまうなら、次は違法性阻却事由の検討だ。
ここで、僕が罪に問われない確率が高まる制度が思い当たる。
その名は正当防衛(刑法36条1項)
成立要件は、
①急迫不正の侵害が存在し
②自己または他人を権利を防衛するため
③やむを得ず行った行為であること。
この辺、ごちゃごちゃ学説の議論もあるけど、判例通りに行くのが実務のセオリー。
時間も押しているので、具体的なあてはめに移行しよう。
まず、奴は歓楽街の雑居ビル裏で、行き当たった人たちを宇宙鉱石製の斧を振り回して襲っていた。
正当防衛が成立する①の要件、急迫不正な侵害と認められるように思える。
しかし、ブルーとグリーンの奮闘により、襲われていたキャバクラの客引きの黒服や立ちんぼの外国人女性たちは、現在はとっくに逃げてしまった。
加えて、二人の攻撃により、奴は無力化されている。
正当防衛が成立するために必要な①の要件、すぐに僕が奴を殺さなければ回避できない侵害は、もはや認められない。
そんな状況を把握している僕には、将来の地球侵略への
また、一瞬で相手を消し炭に変える必殺技レッド・ジャスティス・ファイヤーは、以上の事情を鑑みると、本件の場合、防衛手段として必要性や相当性がないと言わざるを得ないと③も却下。
よって、僕に正当防衛が成立する可能性は低い。
また、職務上の正当行為とするにも、僕らは非公認の戦隊で、悪人討伐の権限は、地球上の誰からも認められていないので厳しい。
結局、違法性阻却事由は見当たらないので、第2の条件もクリアしてしまう。
そして、僕は心身壮健な成人男性であるので、
つまり、有責性という第3の条件も突破してしまう。
以上のことから、奴が刑法上、人であるなら、殺せば殺人罪が成立し、僕は罪に問われてしまう。
「おい、早くしろよ、頭でっかち!」
業を煮やしたブルーが怒鳴ったが、圧力に負け、焦って冷静さを失ってはいけない。
「待って。今間違いがないように考えているから」
「考えている場合か! 馬鹿か、てめえは。このクソ公僕が!」
血気盛んなブルーは悪態を吐き、聞こえよがしに、グリーンやイエロー相手に僕の悪口を言い始めたが、シャットアウトする。
では、仮に奴が動物なら?
ブルーに叱責されたせいとは言わないけど、気持ち駆け足で、人だった場合の検討と同じ結論の部分はすっ飛ばしていこう。
正当防衛を論じるにあたり、動物相手の対物防衛は判例は明確な態度を示していない。が、通説では否定しており、正当防衛は成立せず、緊急避難の問題としてのみ検討される。
緊急避難は落ち度のない相手に、防衛のために権利侵害を加えることが前提である。当然、正対不正の正当防衛より成立要件は厳しくなる。
今回の宇宙生命体の場合、犬に噛まれそうになったので、ステッキでその犬を殴り殺してしまったというよくある教科書事例と同じに考えて良い。
殺せば、怪物の持ち主を被害者とした
無主物なら殺しても無罪だ。怪物は動物愛護法とかの特別法の保護対象でもないし。
しかし、万が一持ち主が現れ、告訴されてしまう(器物損壊は
だめだ。やらない方がいい。
そう僕は結論を出し、必殺技の代わりに無言で拘束用のロープと真っ赤な蛇を召喚した。
仲間たちのため息が聞こえたが、聞こえないフリをして、化け物を包んでいる水の膜を壊す。
しゃがみこみ、アスファルトに膝をついて咳き込む彼に声をかけた。
「お兄さーん、大丈夫ですかー。立てます? 日本語わかる? 2月23日午後10時35分、あなたを殺人未遂の犯人として現行犯逮捕します。私人による現行犯逮捕ですので、これからあなたを司法警察員に引致します」
「キュウ?」
怪物は首を傾げた。小さな目が沢山集まった複眼が僕を捉えるが、何を考えているのかははかれない。
「立てるー? 警察行くよ」
ゆっくりと化け物は立ち上がった。後ろで、ジャスティス7の仲間たちが警戒を強める気配がした。
「ありがとう。一応君はさっきまで大暴れしていたから、申し訳ないけど最低限の逃亡防止策は取らせてもらうよ。手錠かけるから両手をこんな感じに前に出してくれる? そうそう」
言葉が通じているのか不明だが、怪物は僕がやってみせたのを真似し、両手で拳を作り、胸の前辺りで揃えて出した。
僕はその赤紫の手首に素早く真紅の蛇を巻きつけ、手錠がわりにする。
締め付けすぎないように、緩すぎないように観察しながら蛇を巻き、ロックする。
「痛くない?」
ロックを確かめながら尋ねると、化け物は無言で頷いた。
「一応腰縄もつけるね」
蛇手錠の鎖部分にロープを結び付け、黒タイツが破れた胴に回す。
「ちょっと後ろ失礼」
僕はすっかり大人しくなった異形のものの背中に回り込み、しっかりと縄を縛り、余った部分は手際良く俵結びに編んで、右手で握った。
警察官程頻繁ではないが、手錠・腰縄は仕事で扱うので、慣れたものだ。
仕上げに左手で自分自身の変身を解除する。
真っ赤なボディスーツに覆面の戦闘スーツから、黒の背広姿に戻る。
28歳のしがない検察事務官、
「イエロー、悪いけど110番をして。僕はこいつを見張っているから」
振り返らず、一番気弱でリーダーたる僕に従順で、話の解るイエローに頼む。
それから、上着を脱ぎ、蛇の手錠が見えないように怪物の手首を覆ってやった。
チャッキーは僕を「24時間正義の味方」と
別に悪の味方をしているとか、お役所仕事をしているとか、単純な理屈ではなく、力を持っている者が正義を自称する危険性を自覚しているからだ。
己の正義を疑わない強者は悪人よりタチが悪いと個人的には思う。
検察事務官としても、ジャスティス7のリーダーとしても、一つ一つの事件に常に謙虚に誠実に向き合い、公正中立な立場を貫きたい。
法に従って、社会秩序を保ち、安心安全な国民生活を守るのが自分の使命だと思っている。
徐々に近づいてくるパトカーのサイレンに耳をすます。
日本語を話さないだけでなく、通訳も見つからない国籍不明、人間かどうかも怪しい化け物を取り扱わなければならない警察官たちに心の中で手を合わせた。
ま、明後日の朝には、奴は
逮捕者の僕が捜査に関わることは避けられるだろうから、事件配点を受けた検事と立会に、嫌な顔をされるのだろう。上司に報告を求められるかもしれない。
色々先のことを考えていたら、きりりと
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