第15話 体育祭


 体育祭の日がやってきた。K高祭の始まりである。平日なので体育祭を見に来る客はほとんどいない。ご近所のおじさんおばさんや、一部の保護者が少数訪れるだけだ。体育祭実行委員というものがあるので、俺は本部席に座ってはいるものの、ほとんど仕事はなかった。何事もなければ開会式と閉会式での挨拶くらいで済むだろう。

 日差しが強く照り付ける。本部席はテントの下なので俺はまだいいが、生徒たちの席は日向なので、時々校舎の陰へ避難する生徒が多い。

 俺が参加する競技は、玉入れと着せ替えリレーだった。ジャンプ力を見込まれて玉入れに入れられたようだ。というのも、クラスで希望を取ったのだが、その時に俺は役員の用事があっていなかったのだ。確かに玉入れの籠に近づいてジャンプすれば届きそうだが、実際玉入れ競争でそんなことをしてる奴いるか?少し離れて投げ入れるものだろうが。だが、みんなの期待に応えてやらねばならぬ。

 クラスの半数が玉入れに、残りの半数は綱引きに出る。よーし、見てろよ。

「よーい、始め!」

放送の合図で玉入れが始まった。俺は玉を三、四個掴むと、籠へ向かって走った。そしてジャンプし、ダンクシュートの様にはいかなかったが、籠の近くまで飛び上がって玉を投げ入れた。確かに一個入ったけれど、着地してまたジャンプして、四つ入れるのに時間がかかった。これ、マジでバカだな。けれども俺がジャンプするたびに会場が盛り上がる。

「いいぞー!矢木沢―!」

「ひゅーひゅー、いいぞ会長!」

と、大騒ぎだ。俺は疲れてぶっ倒れた。それで笑いが取れたのでもういい。

 また、着せ替えリレーというのは、クラスごとに十人ずつ並んで、モデルに次々に何かを体操着の上に着せていき、一番早く着せ替えられたら勝ちというレース。当然普通の服ではなく、コスプレものだ。アニメのキャラだったり、ナースだったり。その着せるものは実行委員が用意したものを、くじ引きの要領でランダムに置かれて、今日初めて何を着るのかが分かるのだ。俺は、勝手に決められたのだから当然、モデルだった。

 何を着る事になるのか・・・女装じゃないといいけどなあ、と思っていたら、スターウォーズのジェダイだった。ちゃんとライトセーバーがある。よかったー、かっこいいやつで。

 なんと、薫も着せ替えリレーのメンバーだった。他の奴が着せに来るのは何とも思わないが、薫が俺の元に走ってきて、俺に服を着せてくれるのは何だかドキドキする。と、思ったら薫はライトセーバーを持って走ってきた。なーんだ、着せてくれるのかと思ったのに。

 薫は走ってきて、そう、ものすごく速いスピードで走ってきて、それだけでドキドキした。そしてライトセーバーを俺の腰のベルトの穴に通すのだが、なかなか穴に通らなくて、一生懸命やってくれて、その間俺の顔の下に薫の頭があって、やっぱ嬉しい。

「薫、後で話しようぜ。」

俺は、こっそりそう言った。薫は何も言わずにライトセーバーを通すと、それでもちらっと俺の目を見てから走り去った。これまたすごいスピードで。走る音がいいんだよなー、ほれぼれする。

 俺たちのクラスは特に早くも遅くもなく、真ん中くらいの順位だった。モデルが観客席の前を練り歩き、この競技の後に昼休みになる。そこで、お客さんや希望する生徒たちと一緒にモデルは写真を撮られなければならない。昼休み、薫とお弁当食べようかと思ったのにな。

「京一、引っ張りだこだな。」

彰二がそう言って手を振ってどこかへ消えた。俺はなかなか昼飯にありつけそうもない。


 午後になって、クラス対抗リレーになった。俺は本部席から眺めた。薫が走る。俺はじっと薫を見つめた。こんなチャンス滅多にないし。薫はうちのクラスのアンカーだった。アンカーはひときわ長いハチマキをする。一組の赤いハチマキを長くたなびかせ、薫は前の走者を静かに待っている。そして、少しずつランニングして、バトンを受け取ると、ぱっと前を向いて走り出した。ああ、速い。前の奴をコーナーで抜き、更に直線で加速し、その前を走ってた奴も抜いた。かっこいい!俺はニヤけた。あいつは俺のものだ。絶対にちゃんと手に入れる。手放したりはしないぞ。


 体育祭が終わった。生徒たちはゾロゾロと教室へ向かう。片付けは実行委員が行う。生徒会役員もそれを手伝う事になっている。俺は自分のクラスの一団の元へ走って行った。

「みんな、お疲れ!リレーの一位はすごかったなー!」

俺はクラスのみんなに向かって声をかけた。

「矢木沢、お疲れ!」

「イエーイ!」

と、みんなでハイタッチした。そして、みんなをやり過ごして自分は戻るふりをして、薫の腕をつかんだ。

「薫、リレーかっこよかったぞ。」

薫は、にこっとしてから、あっと何かに気づいたように真顔になり、うつむいた。やっぱり何かあるんだな。つい笑ってしまうくらい、俺の事嫌いじゃない、よな。

 俺はそのまま人並みを避けてちょっと校舎の陰になっているところへ薫を連れて行った。

「薫、何か怒ってるのか?」

声を低くしてささやいた。薫はうつむいていて何も言わない。

「俺、何かしたかな。薫、俺の事嫌いになったのか?」

薫は、俺の事をはねのけて、行ってしまった。マジか。やっぱり嫌われたのか?

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