第16話 文化祭
俺は、意を決してその夜薫に電話をかけた。出てくれー、と祈るような気持ちで。すると、薫は出てくれた。
「あ、俺。京一だけど。」
「うん。」
薫はやはりつれない受け答えだ。
「あー。俺、電話とか苦手で。」
「珍しいね、かけてくれるの。」
「だってよ。全然話できないから。でも、電話で声聞くのも、悪くないな。」
「うん。悪くないね。」
お、ちょっといい感触?というか、ほんと電話って嫌いだったけど、薫の声を聞くのはすごくいい。姿が見えない分、声が直で俺の胸に浸み込んでくる。
「あのさ、俺何か悪い事したかな。」
「・・・悪い事っていうか。」
「ちゃんと言えよ。言ってくれなきゃ分かんないだろ。俺は、夏休みの間ずっと、お前に会いたいって思ってたんだぞ。お前はそうじゃなかったのか?」
「会いたかったよ、ずっと。でも、なんだよあのメールは!」
「ん?メール?そりゃ、俺はメールも苦手だからさ、気の利いたセリフとか書けないけど、薫のメールだって、簡素っていうか、シンプル?だったじゃんか。」
薫のメールも毎回同じような文面で、色っぽい内容は微塵もなかったぞ。
「短いとか、それはいいんだよ!僕だって、お姉さんのパソコン借りてたんだから、変な事書けないし。だけど、京一のメールの内容ときたら!」
と、言ってからふいに薫は黙った。
「なんだよ?内容って、その日どこに行ったとか、だろ?」
少し間があり、
「あのね、シンプルでも、僕は京一からのメールを楽しみにしてたんだよ。それが、今日は彰二とプールに行きました、今日は彰二と映画に行きました、今日は彰二とただゴロゴロしてました、だ?」
また、不意に薫は言葉を切った。なんか、相当怒ってる。うーん、週一のメールをそうやって並べ立てられると、確かにまるで俺が彰二とずっと一緒にいるかのようだ。
「いや、あの、彰二と毎日一緒にいたわけじゃないぜ。週に一回くらい会ってただけだよ。家が近いし、つい暇だとつるんじゃうだけで・・・って、薫、彰二にやきもち、なのか?」
「な!そんなんじゃないよ!それにさ、新学期始まってからだって、なんだよ、あの門のところで可愛い一年生の腕とか掴んじゃって、楽しそうに!」
「は?ああ。っていうか、やっぱりやきもちじゃんか。くくくく。」
プツ、ツーツーツー。
しまった。電話を切られてしまった。慌ててかけ直すが、もう出てくれなかった。不覚。いや、何を怒ってたのかはわかったけれど、そして、やきもち焼いてくれてたってのも分かったけれど、更に怒らせてしまった。話をしようと思ってかけたのに。話せばわかるのにー。だが、嫌われたのでは無い事が分かったので、避けられても捕まえよう。明日は文化祭。何とか薫を捕まえて、仲直りをしようじゃないか。よし!
朝から大忙しの文化祭。早めに登校してみたら、門に貼った飾りが一部取れていて、慌ててボンドでつける。ステージのマイクが一部音が入らないと言われ、放送室へ駈け込んで取ってくる、ああ、生徒会長も今日は雑用係その一だ。それでも、何とか室内音楽部のステージの時には予定を空けて、客席の最前列に座った。薫は俺の顔を見ると、プイっとそっぽを向いた。更にあからさまに怒ってるな。
うーん。音の良しあしはあまり分からないけれど、四重奏を演奏している薫の姿はこの上なく美しい。俺はまだ片思いやってんのか。やきもち焼かれるほど好かれてるはずなのに。上手く行かないもんだ。
演奏が終わってハケる薫を、俺は追いかけるように体育館を出た。薫は俺が後ろから歩いてくるのを見て、なんと、教師の松永と腕を組んだ。
「先生、どうでしたか?僕たちの演奏は。」
可愛らしく首をかしげて松永を見上げる薫。
「おお、良かったぞ。」
松永はそう言って薫の頭をなでなでした。ゆ、許せん。そして、メンバーのフルート吹いてた奴も薫の肩に手をかけ、
「薫、やっぱり腕上げたよな。」
と言っている。お前ら、俺の薫に触るんじゃない。と、ひるんでいるうちに彼らはどんどん歩いて離れていく。俺も次は家庭科室へ行く予定があるのに。調理部の実演販売で、そこの監督をするのと、生徒会長に食べてもらうっていう企画があるので。
俺は腕時計をちらっと見て、あと十分あると確認し、歩く速度を速めた。そして前の室内音楽部のメンバーに追いついた。薫はまだ松永と腕を組んでやがる!許せん。
「薫、ちょっと来い。」
俺はそう言うか言わぬかの内に薫の腕を取り、引っ張って彼らから引き離した。どんどん別の方向に歩き、階段を上がり、今日の出し物のない、誰もいない廊下まで行った。
「どこまで行くんだよ?」
薫が苦情を言ったとき、俺は壁に薫を押し付けた。
「薫、どういうつもりだ?松永と腕を組むなんて。」
俺はかなり怒っている。薫は横を向いた。すねたように唇を尖らせている。
「俺はな、お前の事が好きなんだよ!」
そう言って、壁をこぶしでドンと叩いた。薫はびっくりして俺の方を見た。
「誰よりも、好きなんだよ!彰二もあの一年も、誰もお前とは比べ物にならない!」
薫は、徐々にうつむいた。なんか、いじめてるみたいになってるかな、俺?
「ごめん・・・。僕だって、誰よりも京一が好きだよ。ずっと、会いたくて寂しくて、つらかったんだ。森村くんに嫉妬しちゃうくらい、恋しかったんだよ。」
薫は、顔を両手で覆った。泣いてるのか?そんなに、つらい思いをさせたのか?
「薫、泣くなよ。ごめん、怒ったりして。それと、他意なく彰二の事ばかりメールに書いたりして、ごめん。それで薫が悲しむなんて思いもしなかったんだ。」
俺は薫の頭をなでた。そして、そっと抱きしめた。薫は、手を顔から離し、恐る恐る俺の背中に回した。
ああ、こういうの初めてだ。久しぶりに胸がどきどきする。この、嫌じゃない、むしろ幸せなドキドキ。
おっと、やばい。もう十分経っただろう。時計をちらっと見た。あと一分だ。ダッシュで家庭科室へ行かねば。もっとこのままでいたいのに。
「薫、俺そろそろ行かなきゃ。また後で話そう!そうだ、お昼一緒に食べようぜ。携帯持ってるよな?LINEするから。」
俺はそう言って走った。LINEするなんて言ったの、役員の仕事以外では初めてかも。家庭科室へ到着して、制服の乱れを直し、中に入った。
男子諸君がエプロンと三角巾をして、バタバタと準備をしていた。女子もけっこう来ていて、くすくすと話しながらエプロン男子たちを見ている。シュールな絵だ。俺が入っていくと、お客の視線が一斉にこちらに集まった。ここは、営業スマイルかな。
「きゃー、矢木沢さんよ!」
「本物だー!」
などと、指さされた。そういえば、パンフレットに生徒会長の試食つき、とか書いてあったっけ。まさか、このお客たちは俺の試食を見に来たとか?みんなカメラ構えてるよ!食レポとかやったことないし。何も考えてなかったー。試食するのは何だ?フルーツケーキですか。よかった、嫌いな物じゃなくて。
俺は客席の真ん中最前列に座らされた。調理部の面々は説明をしながら作っている。俺は、周りの視線を感じながら、にこやかに調理の様子を見守った。足を組んだりして。はあ、この仕事が一番疲れるじゃないか。
「できました!さあ、まずは生徒会長の矢木沢君、試食してください!」
調理部の部長が俺に一切れ差し出す。
「お!おいしそうですね。いい香りがします。見た目も、なかなかじゃないですか?」
一口食べる。
「うーん。甘さ控えめでおいしいです。洋酒付けのフルーツの苦みが、大人の味ですね。」
そう言って、客席へ向かって、というかカメラに向かって決めポーズ。何やってんだ、俺。そして、販売が始まった。俺は途中まで食べたフルーツケーキを一口に詰め込み、さっさと家庭科室を後にした。さあ、お昼だお昼。薫にLINEを送らねば。
俺と薫は中庭の、屋台が並ぶ辺りで待ち合わせた。薫が、久しぶりに俺を見て笑って手を振った。また抱きしめたい!でもここは何と人の多い事か。人前でイチャイチャするな、と彰二に言われてるしな。いや、彰二に言われてるからではなく、薫を守るために。普通の友達で。
「薫、何食べる?」
それでも、俺はついつい体が薫に寄りがちになる。周りがざわざわしているので、耳に近づいて話すふりをして顔を寄せる。
「僕ね、焼きそば。」
「お、男子の定番ですな。よし、俺が二つ買ってこよう。」
「ありがとう。じゃあ、僕は飲み物買ってくるよ。京一は何がいい?」
「えーとね。ウーロン茶!」
「オーケー。」
そう言って笑う薫は、なんてかわいいんだ!今日はたくさん女子がいるのに、やっぱり薫が一番かわいい。恋のなせる業だな。
椅子とテーブルもあるものの、混んでいて座れないので校舎の端っこの出っ張りに腰かけた。腰かけてるというか、片足だけで寄りかかってるというか。これは女子にはできないだろうな。そう、薫もどこも女子っぽいところはない。足を開いて座るし、豪快に焼きそばを食べるし。
「ん?何?」
俺が観察していると、薫が気づいて食べるのを中断して振り向いた。
「いやいや、何でも。」
と言ってから、耳に近づいて小声で、
「どうしてそんなにかわいいのかなーと思って。」
と言うと、薫はぱっと赤面して、しかしこちらを見ずにバクバク焼きそばを食べた。そんなところもかわいいなー。
「矢木沢!」
役員の二年が俺を見つけてかけてきた。
「ちょっと問題が起こった。すぐに来てくれ。」
俺はちらっと薫を見たが、
「分かった。」
と言った。仕方ない。
「薫、ごめん。」
「いいよ。僕ももう食べ終わるし。」
そう言って、少し寂しそうに笑った。ハグしたいけど、まずいよなあ。
「じゃあ、またな。」
そう言って、肩をポンポンと叩いてから迎えに来た役員と一緒に急ぎ足で、問題のある場所へ向かった。
歩いている時、聞かれた。
「矢木沢ってさ、なんであいつと、滝川だっけ?仲良くなったの?」
「あー、気が合うから?」
「ふーん。」
それ以上は言わなかったけれど、何か言いたげだった。副会長をやっている、沢田。何が言いたかったのだろう。
ちょこちょこ問題はあったものの、何とか解決して回り、二日間の文化祭も無事に終了した。生徒会室で軽く打ち上げをして、俺はみんなよりも一足先に帰ることにした。何せ疲れたので。電車を待っていると、彰二がやってきた。
「お、京一お疲れ。」
「あれ、遅かったじゃん。クラスの打ち上げもあったのか?」
「そう、ちょっとだけね。実行委員は別に打ち上げがあるとかで、ジュースで一杯乾杯しただけだよ。そっちは?役員の打ち上げ終わったのか?」
「いや、先に上がらせてもらった。」
一緒に電車に乗り、最寄り駅から家への道もずっと一緒だ。
「そういえばさ、昨日の昼、薫君大変だったんだぜ。」
彰二は思い出し笑いしながらそんな事を言った。
「何?何が大変だったんだよ。」
俺は焦って聞き返した。
「俺も中庭の屋台村にいたんだよ。お前たちが一緒にいるところを見てさ、仲直りしたんだなー良かった良かったと思ってたら、お前呼ばれて行っちゃっただろ?薫君が一人になるや否や、女子がバーっと薫君を取り囲んだんだよ。」
「え?」
「俺はやばいと思って、助けようと思って近づいて行ったわけ。そしたら。」
「そしたら?」
「矢木沢さんと仲いいんですか?って聞かれてて、薫君がはあ、って答えたら、女子たちが一斉にスマホを出して、連絡先交換してくださいって。」
「は?」
「どうするのかなー、交換しちゃうのかなーって思ってたら、薫君、ごめんなさいって言うなり走り出してさ。あいつ足速いからねー、ぴゅーって行っちゃったよ。そしたら女子たちが、足速くない?かっこいい!ってさ。ある意味怖いねー。お前と一緒に飯食ってるのが俺じゃなくてよかったよ。俺じゃあんなに速く逃げられない。」
「お前は誰と一緒だったんだよ。」
「え、彼女だよ。」
「ああ、あの子来てたのか。」
「お前の事見て、久しぶりに見たけど、やっぱりいい男過ぎて苦手だわって言ってたよ。あいついい男が苦手なんだって。」
「はあ?何言ってんだか。」
「お前がライバルじゃなくてよかったよ。」
と、言われて薫が彰二にやきもちを焼いていたことを思い出した。
「お前と俺はライバルじゃないけどな。」
俺は、夏休み中のメールの事を軽く彰二に話した。やきもち、とは言わなかったけれど、薫が怒っていたのはそれだったのだと。
「なにー?薫君、俺なんかの事気にしなくていいのに。まあ、同じ男同士だからな。仕方ないか。でも、俺は京一と友達やめる気はないぜ。」
「彰二、当たり前だろ。友達と恋人は違うんだ。大丈夫。俺がちゃんとしてれば、お前の事を薫が気にすることもないんだ。」
「頼むぜ、色男。ああそうだ。昨日の昼にお前を迎えに来たやつ、沢田だっけ。女子たちよりよっぽどあいつの方がやばかったぜ。」
「何が?」
「薫君を見る目が、だよ。ものすごく睨みつけてたぞ。憎らし気に。」
「そうか?」
「気を付けないとな、薫君がいじめられたりしたら嫌だろ?」
ああ、なんでこう障害が多いんだ。薫と俺が仲良くすると、どうしてこうも心配事が増えるんだよー。
「モテる男はつらいな。」
そう言って、彰二は笑って俺の肩をポンポンと叩いた。
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