第13話 花火


 期末テストがあり、夏休みが近づいた。もう、生徒会活動の忙しさは半端ない。薫と一緒に帰れない日も多くなってしまった。昼休みも仕事が多い。薫の方も部活が忙しくなったみたいで、昼休みも練習に出掛ける事が度々あった。授業中はすぐ近くにいるのに、かなりすれ違いの毎日だ。教室では手も握れないし。

 夏休みこそ、二人きりで過ごすぞーと思っていたら、薫はなんと、夏休みはほとんどヨーロッパに行っていて日本にいないそうだ。オーマイガー!

「日本を出発するのは何日だ?」

「七月二十一日。」

「終業式の次の日じゃんか。帰ってくるのは?」

「八月三十一日。」

薫は申し訳なさそうに言う。体育祭が九月に入ってすぐにあるので、八月の後半はどうせ俺も毎日学校で仕事だ。俺が机に突っ伏してふてくされていると、

「向こうでヴァイオリンを教えてくれる人がいるんだ。夏休みしか会えないから、なるべく長く教えてもらおうということで・・・。」

薫、いいんだ。お前の愛情を疑ったりはしていない。むしろ向上心をたたえるよ。ただ、ちょっと寂しいだけだ。

「あ、そうだ。出発日の前日、つまり終業式の日だけど、この近くで花火大会があるよな?それ、一緒に行かないか?」

「あ、うん。行こう。」

薫はほっとしたように表情をやわらげた。しょうがない。夏休みの思い出はこの花火大会にかけよう。


 花火大会当日。蒸し暑いが天気は上々。終業式ではやっぱり檀上で整列を眺め、俺は初めて生徒会長の挨拶をした。挨拶は短く、が鉄則。

「暑さに負けず、勉強はほどほどに、夏休みを乗り切りましょう。」

とか何とか、先輩の受験勉強を意識してそんな事を話した。そして、教室で通知表を受け取り、早々に下校になった。今日は薫とは一緒に帰らず、とっとと家路へ。そして着替えて再び夕方六時に駅前で薫と待ち合わせた。

 薫は白いシャツに黒いGパン姿で、改札を通ってきた俺に手を振った。清楚だ。音楽をやってる人って感じだな。

「お待たせ。さあ行こう。」

割と大きな花火大会で、人が多い。浴衣姿の男女や小さい子を連れたお母さん、中学生同士のグループとか、駅から会場への道は、とにかくごった返していた。両脇には屋台も並ぶ。しかし、こんな人が多いのでは、どさくさ紛れに手をつなぐこともできない。思い出チョイス間違えたかな。いやいや、暗くなればチャンスも・・・ないかな。

「あれー、矢木沢と滝川じゃん!」

っと、なんとクラスメートに出くわした。あちらも友達と二人連れだった。

「おお、田畑、安井。」

「それにしても矢木沢、また派手だねえ。ダメージジーンズの半パンに、白いよれよれのタンクトップ。半パンには赤い模様ですか!これでK高校の生徒会長とはねえ。」

「だよなあ。そこがまた、女子の目を引いちゃうんだよなあ。」

二人はそう言って、後ろへ目を向けた。その視線の方を見ると、

「きゃあ!」

と小さい悲鳴を上げて、浴衣を着た女子が数人飛び跳ねていた。

「派手か?」

俺は自分の恰好を見て、それから三人を順番に見た。彼らは二回ずつ頷いた。

 成り行き上、四人で行動することになってしまった。まあ、何となく二人ずつに分かれて並ぶけれど。二人きりのデートのはずが、これでは台無し。でも、だからって友達同士なのに分かれるのもおかしいし。

 それぞれ食べたいものを屋台で買って、腰を下ろせる場所を探して、四人で並んで焼きそばなどを食べた。そろそろ薄暗くなってきた。

 ドーン。ドドーン。

 花火が始まった。俺たちは立ち上がり、ごみをゴミ箱へ入れ、良く見える場所へ移動した。人だかりの後ろについて、上を見上げる。花火の音と、周りの人の声で、隣にいる薫とも会話がしにくいくらいだった。後ろにも人だかりができて、俺の手は誰からも見えないなと感じ、そっと薫の手を握る。薫はぱっと俺の顔を見たけれど、俺と目が合うとにこっと笑った。

 人がごった返してきて、田畑と安井が見えなくなった。ここはあえて探さずにおこう。そして、薫と二人で場所を移すことにした。さすがに手は離し、ゆっくりと人のいない方へ歩いた。そして、また座れるところを見つけて、並んで腰かけた。花火は上の方しか見えないので、周りに人はあまりいない。

「薫、ヴァイオリン、誰に教えてもらうの?」

「ウイーンに住んでるいとこのお姉さん。楽団に入ってるんだよ。」

なに、お姉さんだと?いや、お姉さんでもお兄さんでも安心できないのか。

「そっか。体調には気をつけろよ。」

「うん。ありがと。」

少しの間があり、薫は、

「ねえ、耳貸して。」

と言った。俺は体を傾けて耳を薫の方へ近づけた。すると、薫は内緒話をするように手で俺の耳を覆って、

「京一、好きだよ。」

と言って、耳のすぐ横にキスをした。心臓がドクンと跳ね上がる。やってくれるじゃねえか。

「お返し。」

俺も薫の耳に手を当てて、

「薫、好きだよ。」

と言って、やはり耳の横にキスをした。薫はくすぐったそうにして笑った。今はこれで精いっぱいの俺たち。でも満ち足りた気分だ。明日から一カ月以上も会えないけれど、我慢しよう。

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