第11話 逢瀬


 翌朝、ワクワクしながら教室に入ると、薫は既に来ていた。席に座りながら、

「薫、夕べはよく眠れたか?」

と耳元でささやいた。手を頭に置く。薫は振り向いて、

「うううん。眠れなかったよ。」

と小声で言った。

「俺も。」

そう言って二人で笑い合った。そこへ、

「ちょっとお二人さん、何イチャイチャしてんだよ。」

と、彰二が登場した。

「京一、ちょっと来い。」

と言って俺を教室の後ろへ促す。

「なんだよ、彰二。」

「お前ら、ひょっとして上手く行っちゃったのか?」

俺は、なんとも言わずに目を泳がせた。彰二は大きくため息をついた。

「まあ、上手く行ったのなら、おめでたいけどな。仲がいいのが目立つと、薫君に被害が及ぶぜ。」

「え?」

「思い出してみろ。ただの友達だった俺でさえ、あれこれいちゃもんつけられたんだぜ。薫君がどんな目に遭うか。俺は他人事なれど、心配だよ。」

彰二、お前はやっぱりいい奴だ。なかなか言ってやれないけれど。

「そうか・・・。そうだったな。気を付けるよ。」

彰二はよし、とばかりに頷いて、自分の席へ向かった。

「彰二、サンキュー。」

俺がそう言うと、彰二は振り向かずに片手を上げた。かっこつけちゃって。

 薫は、俺たちが話しているのをちらちら見ていた。俺が席に戻ると、心配そうに俺を見る。そんな目で見るなよ。可愛いじゃねえか。

「人前でいちゃつくなってさ。確かにそうだよな。気を付けよう。」

そう言うと、薫は更に心配そうに眉根を寄せた。せつない。せっかく遠慮なく話しかけたり、ボディタッチもできるようになったと思ったのに。

「ごめんな。」

俺はそう言って薫の肩をポンポンと叩いた。これなら友達同士な感じがするだろう。


 放課後、俺は自転車置き場で薫を待った。他のチャリ通の生徒たちが驚いて俺をちらちら見る。うーん。これもまずいかなあ。俺は柱に寄りかかり、手持無沙汰に手をポケットに入れた。

「あれ?矢木沢。お前チャリ通じゃないよな?」

知り合いに会った。

「おう。人を待ってるんだ。」

そう言ったものの、やっぱり不安になってきた。これじゃあ目立ちすぎる。でも、いつも人目があって、せっかくの両想いなのに。ぐすんぐすん。

 そこへ、薫が現れた。俺がいたのでびっくりしている。

「バイバイもしないで帰っちゃったのかと思った。」

そう言って、薫は笑った。

「そんなわけないだろ。一緒に帰ろうぜ。」

そう言うと、薫の顔がぱあっと輝いた。

「あ、でも、僕の家は駅の方角じゃないよ。」

「いいんだよ。駅へ向かう道は人目が多すぎるから。」

そして、薫は自転車を押して、俺は薫の左側を歩いた。学校から少し離れると、生徒は誰も歩いていない。時々後ろから自転車で追い抜かれるので気が抜けないが。

「話くらいはできるよな。」

「そうだね。」

俺たちは、今まであまりできなかった、お互いの身の上話などを話した。あっという間に時は過ぎる。駅へ行くにはこの道だよと薫に教えられ、そこで別れることにした。また明日会えるけれど、それでも離れがたい。俺は、自転車のハンドルを握る薫の手の上に、そっと手を乗せた。どこで誰が見ているか分からないし、これ以上の事はできない。ああ、恨めしい。

 あの時のように、薫はもう一方の手を握り、自分の胸に当てて、少しうつむいた。

「それ、何?どうした?」

俺が聞くと、

「ドキドキして苦しいんだ。」

ぼそっと薫が言った。ドキドキしてるポーズだったのか。なんか、それを聞いて俺の心臓もドクンと大きく脈打った。ぎゅっと更に手を強く握って、それからそっと離した。

「じゃあ、また明日。」

「うん。」

二人で笑い合って、分かれた。テストが終わったら絶対二人きりで会うぞ、と決めた俺だった。

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