嘔吐する心

「どうしたの姫様、飲まないの?」


 急かすように魔女が言う。だけど私は手を動かせない。その様子を本当に楽しそうに魔女は眺める。


「困ったわねぇ、やっぱり別の誰かに飲んでもらおうかしら?」


「ま・・・・・まっ、て」


 意を決して私は、ゆっくりとグラスを口元に近づける。水の中で蠢くそれを見ているだけで吐き気がこみ上げた。その吐き気を押さえ込めるように、私はぎゅっ、と目を瞑る。だからと言って望み通りに吐き気が治まるかと言えば、そんなことはなかった。


 辛い。怖い。


 今すぐにでも泣き叫びたい。「やめてください」と哀願したい。


 だけどそんなことに意味がないのは、もう分かってる。


 この辛い思いをシルファに味合わせるようなことだけは、したくない。


 ただ、それだけだ。


 それだけが、私の心の中にある。


 グラスに、唇をつける。『舌の上で味わうことになるくらいならいっそ・・・』と、私はグラスを一気に傾けた。嫌な感覚を味わう前に全て飲み干そうという、浅はかながら必死の考えだった。


「ん、ぐ・・・・・・・!ん、ん、んん・・・・・・・・・・!!!」


 ごくん、ごくんと、大きく喉を鳴らす。口の端から僅かに水が零れた。


「わぁお、姫様すごい!いい飲みっぷりだわぁ」


 一匹、また一匹と、異物が私の口の中に入ってくる。その異物の存在を忘れるように、私は急いでそれらを胃の中に納めようとする。だが。


「ん、ぎ・・・・・!が、は、ぁ・・・・・・・・!」


 飲み込めば大丈夫と思っていた私だったが、その予想は甘かった。それも当然、何せ生きたままにミミズを飲み込んでいるのだ。舌の上で味合わなくとも、ミミズが蠢く感覚は喉の奥で、胃の中で、感じ取ってしまう。それは思わず、お腹を掻き毟ってしまいたくなるような感覚だった。


「うぐぇ・・・・ぇ、えあ・・・・・・・・げ、ぇ」


 全て飲み干した時には、ミミズが胃の中を這い回る嫌悪感がピークに達した。気持ち悪いなんて言葉では言い表せないほどの気持ち悪さが、私の脳を支配する。その感情に支配された私の体は、いとも簡単に胃液を逆流させてしまう。


「うげええぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 声にならない声をあげながら、私は嘔吐した。胃液に混じって生きたミミズが私の膝に、地面に転がる。それでもなお、その胃液の中でうねうねと蠢いている。


「あーあ、せっかくぜーんぶ飲んだのに吐き出しちゃったわね」


「うぇ、ぇ、ぁ・・・・・・・」


 涙を流しながら、私は息を整える。たったこれだけで、私はもう心が壊れそうだった。


 まだ、地獄は始まったばかりだというのに。


 私はもう、死にたいと思った。


「もう、騎士様と同じで駄目な子ねぇ、姫様は・・・・・」


 そう言いながら魔女は、地面に転がっているグラスを手に取り、その中に私が吐き出したミミズを入れていった。それを見て私は、魔女が次に何というのかが予想できてしまった。


「はい、姫様どーぞ?」

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