自分の意思で

 私は差し出されたそれを見て硬直する。魔女が持っていたのはただの水ではなかった。いや、水であることには間違いないだろうが、その水の中にうねうねとミミズのような生き物が蠢いていた。それも一匹二匹という数ではない。数十匹という数の何かが、水の中を這い回っていた。


「大丈夫、姫様の予想通りただのミミズよ」


「た、ただのって・・・!?なに、言ってるの・・・・・!?」


 あまりの出来事に、私はただただ面食らう。少し頭を捻ればこれから起こることを予想できそうなものなのに、私の頭は全く回らなかった。


「さ、姫様、受け取って?」


「は、な、なに」


「ぐいっと飲み干しちゃって頂戴な」


「何、言ってるの・・・!?こんなの飲める訳ないじゃない!!ふ、ふざけないで!」


「え?姫様、飲まないの?」


「あ、当たり前でしょう!?こ、こんなの・・・こんなの、」


「姫様・・・・・」


 魔女が、顔を寄せる。


 そして、私の耳元で、囁いた。


・・・・・?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」


 その言葉で私は、ようやく理解する。


「姫様が飲まないとなると・・・・・どうしましょう?、ね?」


「は・・・・・、あ」


 背筋が凍った。


 まさか、こんな。


 何かをされると思っていた。


 その何かを、私は私なりに考えていた。足りない頭で必死に考えて、できる限りの覚悟をしていたつもりだった。だけど。


 私の想像していたものとは、私の想像していた拷問とは、まるで。


 まるで、違うものだった。


「うそ、でしょ・・・・・・」


 私はまだ、受け入れられない。


「こ、これ、わた、わた・・・し」


 飲むの?という言葉が喉の途中でつっかえる。流石にそれを、言い切る勇気がなかった。だけど明確に、そうしなければならないことは分かっていた。


 私はこれを、飲まなければならない。


 しかも。


 


「ええ、そう、飲むのよ。。じゃないと、あなたの大切な人が大変な目に遭っちゃうわ」


「・・・・・・・!」


 私は拷問を、何かをされるものだと思っていた。だから私は、それを拒否し続ければ、否定し続ければ、拒み続ければ。それでいいと思っていた。


 だけど、私は。


 自分で拷問を、受け入れなければならなかった。


 そして、自分でそれを、実行しなければならなかった。


 無理矢理、ではなく。


 自分で。


「ほら姫様、早く受け取って」


「・・・・・・・」


 震える手で、私はそれを受け取った。ひんやりとしたグラスの冷たさが、指先から伝わってくる。その冷たさに私は、目眩を覚える。


「さあどうぞ、全部飲み干しちゃって。文字通り、全部、ね?」


「は、ぁ・・・・・は、あ・・・・・・!」


 呼吸が荒くなる。今まで生きてきた中で一度も味わったことのない感情が、私の中で渦巻いていた。


 この感情は、なんだ?


 恐怖か、悲壮か。


 或いは、絶望か。

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