無意味な説得

「〜♪」


 魔女は鼻歌を歌いながら、何を用意していた。その待ち時間が、私の精神を狂わせそうになる。


 怖い。


 ただ、それだけだった。


 私は一体、何をさせられると言うのだろう。


 その恐怖と共に「どうしてこんなことをされなければならないのか」という嘆きが、いつまでも私の心の住み着いていた。私は一体、何の罪を負っただろう。何の罪で、こんなことを。


「はぁいお待たせ姫様。待たせちゃってごめんなさいね?」


「・・・・・・・」


 むしろ今の時間が永遠に続いていてくれればよかったと、私は思う。


「ねえお願い、こんなことはやめて・・・。こんなことをしても、意味なんてないわ」


 もう何度も言ったその言葉を、私は繰り返す。そうすればいつか魔女が心変わりをしてくれるのではないかと、そんな淡い希望を抱いて。当然そんな希望が、簡単に現実になるようなことはない。


「んもう、何度も言ってるでしょう?意味があるからやるんじゃないの、私が楽しいからやるのよ」


「どうして、こんなことが楽しいの?」


 根本的な疑問を、私は問う。それは本当に心の底から聞きたい疑問だった。私にはまるで、理解できないことだったから。


「こんなことって、どんなこと?」


「あなたは私を、傷付けるのでしょう?どうしてそんなことが楽しいのか、私には分からないわ・・・」


「それを言うなら姫様?私は姫様の絆が分からないわ。姫様はどうして、そんなに騎士様のことを大切に思っているのかしら?」


「それは・・・・・」


「それと同じよ。他人のことなんて分からないことだらけ。だから私が楽しいことを姫様が分からなくても、何も不思議はない。そうでしょう?」


「・・・違う。私が言いたいのは、そんなことじゃない。私にはあなたの、気持ちが分からない・・・・・!」


 人は、通じ合えるものだから。分からないことだらけでも、分かり合おうと思える。分かってあげようと思う。相手の気持ちを、感情を。だけど。


「あなたの気持ちを、分かってあげられない・・・!分かろうと思えない!人を傷付けて喜ぶ気持ちなんて、まるで分からないわ!!」


 どうしてあなたは。


 そんなことが、できる?


 分からない。


 まるで分からない。


「・・・姫様は、理由がほしいの?」


 魔女は、私の叫びに答えた。


「私が人を傷付けて喜ぶ、理由がほしいの?そんなものを得たところで、姫様は何がしたいの?」


「・・・・・・・」


「そんなものを得たところで、意味なんてないわよね?もし本当に聞きたいなら話してあげるけど、それを話したところで、私はこれから行うことをやめるつもりはないわよ?それでも聞きたい?」


 私は、頷くこともできなかった。


「姫様は別に、私に聞きたいことなんてないの。あるのはただ、私への哀願、そうよね?やめてほしいっていう思い、やめてほしいっていう願い。姫様にあるのはただそれだけ。だけどみっともなく泣き叫ぶほど、まだ姫様は壊れていないから、そんな言葉で私を諭そうとする」


「・・・・・・・・」


「私が、心変わりするように、願ってる」


 完全に魔女は、私の心を掌握していた。私の心根と寸分違わぬその言葉は、酷く私を惨めにさせる。だから私は開き直るしかなかった。


「・・・・・だったら、何だって言うの・・・・・!?痛いのを怖がることが、そんなに変!?おかしなこと!?辛い思いをしたくないって言うのも、当たり前じゃない!だか・・・」


「じゃあそんなに嫌なら言いなさい?『私じゃなくてシルファにして』って。そうすれば止めてあげるって言ってるじゃない」


「・・・・・・っ!だか、ら・・・・・!」


 そもそも私が、シルファが!!


 こんなことをされる理由が、


 ないじゃない・・・・・・・・・・!!


「まあまあ姫様、落ち着いて?そんなに叫んじゃ喉も渇くでしょう?お水用意してあげたから、それでも飲んで落ち着いて頂戴」


 言いながら魔女は、私の右手の拘束を解いた。そしてさっきまで立っていた棚の前に立ち、透明なグラスを手に持った。まさかさっき用意していたのは水・・・・?どうしてそんなものを・・・。


「はいどうぞ」


 そう言って魔女は、私にそれを差し出した。


「・・・・・ひ、い・・・!?な、なに、これ・・・・・・・!?」

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