絶望への覚悟
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
私は、震えた。
魔女の言わんとしていることが。
分かってしまったから。
ドクンと、心臓が跳ねる。
そして、背筋に。
何か冷たいものが、走ったような気がした。
「・・・・・わ、わた、し・・・?」
「ええ、そうよ。姫様の番」
一瞬の間を置いて、もう一度。
「今度は騎士様のために、姫様が頑張る番・・・・・よね?」
「そ、それ、は」
どういう意味、と聞こうとしたことろで、私は口をつぐむ。頭の中で分かっていながらも、実際にそれを魔女の口から聞かされるのが、恐ろしかったから。
「騎士様は本当によく頑張ったわ。姫様のために、あなたのためにね。まさか姫様がその思いを踏みにじるなんてこと、しないわよねぇ?だって、ふかーーーい絆で、結ばれているんだから・・・」
「・・・・・・っ!」
魔女が、私の頬を両手で包む。温かいという感覚は一切なく、むしろ心臓を鷲掴みにされたような冷えた感覚が、全身を覆った。
「できるわよね、姫様?」
「わたし、に・・・・・何を、しろって言うの・・・・・」
意を決して、私は聞く。
「簡単よぉ。私の遊びにちょっと付き合ってくれればいいの。騎士様と同じようにね。そしてその遊びに最後まで付き合ってくれたら、認めてあげるわ。姫様と騎士様の絆は、本物だってことを。だけどぉ・・・」
私の頬から手を離し後ろに回り込んだかと思えば、今度は後ろから私の首に手を回す。そして耳元で囁いた。
「もし姫様が私の遊びに耐えきれなくなって、音を上げたら、姫様の負け」
「ま、け・・・・・?」
「ええ、もうこんなのには耐えきれないと思ったら、姫様はこう言うの。『もぉ嫌です!こんなことは私じゃなくてシルファにしてくださぁい!』って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「もしそう言えたら、姫様で遊ぶのは止めにしてあげるわ。その代わりに姫様のお願い通り、騎士様をここに連れてきて騎士様で遊んであげる」
・・・・・・魔女のその言葉に、私は絶句する。
まだ何をされた訳でもないのに、私は。
恐怖に竦み上がる。
「な、なんで、こんなこと」
「だから言ったじゃない。二人の絆を確かめるためよ」
「そ、そんなことしなくたって、別に」
「んー?」
私は。
強気な態度を、とれなくなっていた。
そんな態度をとった時、魔女が。
どんな風に笑うのかが、怖かったから。
「どうしたの姫様、さっきはあんなに元気だったのに」
私の心を見透かしたように、魔女が言う。いや、実際にそうなのだろう。私の首に触れている魔女は、私の心臓の高鳴りを、誰よりも理解していた。
「こんなことしたって、意味はないわ・・・だからお願い、やめて・・・・」
私は声を絞り出す。こんな存在にお願いをするのは嫌だったが、それよりも恐怖心が勝った。
「んー?何?やめてほしいの?」
「・・・・・」
私は無言で頷く。
「どうして止めてほしいの?そもそも姫様は何をされると思っているの?」
私に答えさせたいのか、魔女は尋ねる。反抗する気など起きず、私は素直にその問いに答えた。
「痛いのは、嫌・・・・・辛いのも、嫌なの。だから、お願い・・・」
「あれー?でも姫様は騎士様のためなら何でもできるのよね?騎士様のためなら、代わりにどんな苦痛でも恐怖でも、受け入れられるのよね?」
「それは、そうだけど・・・・・でも、嫌なものは、嫌、なの・・・・・」
もちろん魔女の言う通り、シルファのためならどんなことでも耐えられる自信はある。だけど、受ける必要のない苦痛を受けるようなことは、誰だって避けたいと思うだろう。
こんなことに、一体何の意味があると言うのか。
私とシルファの絆を確かめたい?
何故、こんな者に。
そんなことをされなければ、ならないのか。
「・・・安心して姫様、私の答えは決まっているわ。そんなもの、ただの建前だから」
と、またも私の心を見透かして魔女が言う。
「姫様がどんなに痛いのが嫌でもね、辛いのが嫌でもね」
後ろにいる以上、顔は見えないはずなのに。
笑顔にゆがむ魔女の顔を、見た気がした。
「私が楽しいからするの」
「—————————」
けらけらと、魔女は笑う。
私は悟る。何を言っても、どうにもならないと。
「ねえ姫様、どうする?別に今言ってもいいのよ?これから始まることが怖いなら、今のうちに言っても全然構わないわ。『こんなことは私じゃなくてシルファにお願いします』って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ボタボタと、私の額から汗が滴り落ちる。吐きそうになる感情を抑え込んで、私は答える。
「嫌・・・・・シルファには絶対に、辛い思いなんてさせたくない・・・・・」
「素晴らしいわ姫様。その意気込みがどこまで続くのか、是非見させて頂戴。沢山私を楽しませてね」
そして、私は。
シルファが見てきた地獄を。
この目で、見ることになる。
この体で、味わうことになる。
私は、
私は。
いつまで自分を、嫌わずにいられるだろう。
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