最悪が始まる

「・・・あら、そう。やっぱり騎士様壊れちゃったのね。残念だわぁ、

 あははははは!」


「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」


 もし私が、傷を負っていなかったなら。


 なりふり構わず、やつに掴みかかっていただろう。


 痛みとか、死にそうだとか、そんなことどうでもよかった。


 それができないことだけが、ただただ恨めしかった。


「どうして、こんな・・・・・・どうして、彼女に、こんな酷いことをしたの・・・・・!!」


「何のことかしら。私は酷いことなんてやってないわよ?」


「ふ、ふざけないで」


「だってぇ、私は楽しいことしかやってないもの。酷いことなんて心外だわ。騎士様も泣き叫ぶくらい喜んでくれたわよ。ねえ、騎士様?」


「あ、ぁ・・・ああああああああああああ・・・」


「ふふ、ほうら」


 シルファの姿を見て。


 やつは笑う。


 のうのうとそんなことが言えることが、私を震わせた。


 怒りと。


 そして、恐怖を感じた。


 こんなことで笑えるのが、恐ろしかった。


 こんな人間が、存在するなんて。


 知りたくなかった。


 信じたくなかった。


 ・・・・・いや。


 やつは、人間ではない。


 それは、魔女を名乗っているからとか、そんな話ではなく。


 こんなやつを私は、人間だとは認めない。


「あく、ま・・・」


「悪魔じゃないわ、魔女よ。この世で最も強くて、気高くて、誇り高い。世界の理をひっくり返す力を持った、最高の魔女」


「何が、強い、よ」


 お前の何が、気高いんだ。


 お前の何が、誇り高いんだ。


 人の痛みさえしれないようなやつは。


 どんな力を持っていたとしても、強いなんて言わない。


「あんたなんて、ここで、終わりよ。どうやって入ってきたのか知らないけど、じきに兵士達が、来る。あんたに逃げ場なんて、ない・・・・・」


「兵士?ああ、さっき殺しちゃった人たちのことかしら」


「・・・・・・は」


「歯ごたえのない人たちだったわぁ。遊ぶ価値もなさそうだから魔法でポン!って殺しちゃった☆」


「なん、ですって」


「ちーなーみーにー、この城を爆破させたのも私よ。私の魔法すごいでしょ?騎士様にも使ってあげたことあるのよ」


「・・・・・!」


 私は戦く。


 もしやつの言葉が本当なら、それは、あまりに恐ろしい。


 本当に、やつは。


 凶悪な、魔女だ。


「どうして、私たちの国を、襲うの・・・?隣国の刺客、とでも言うの?」


「いいえ、そんなんじゃないわ。確かに最初は雇われたからちょっと力を貸してあげたわ、さきの大戦の時にね。だと言うのにあっさりあなたたちに負けちゃって・・・私が力を貸してあげたと言うのに情けない話だわ。まあそのおかげで騎士様に出会うことができた訳だから、その件は不問にしてあげたわ」


「なら、どうして」


「そんなの、決まってるじゃない」


 やつは心底楽しそうに言う。


「騎士様に会いに来たのよ。私の愛しき、騎士様にね」


「ひ、ひ、ぃいい・・・・・・・!!」


「それは、つまり・・・・・」


 私はすぐに、その言葉の真意を察する。


「彼女にまた、酷いことをするつもりなの・・・・・!?」


「だから酷いことはしないって言ってるじゃない。ただちょっと、私の遊びに付き合ってもらおうと思ってただけよ?」


「ふざけないで!!」


 私は最後の気力を振り絞って立ち上がる。そして部屋に置いてあった剣を手に取った。


「あら、姫様。無茶しない方がいいわよ?本当に死んじゃうわ」


「私は、誓ったの。もう絶対に、シルファに辛い思いはさせないと・・・。何があっても、彼女を守ると・・・!」


「そうは言うけど姫様。姫様は剣なんて扱えるの?持っているだけで精一杯なんじゃない?」


「それが、何だって言うの・・・差し違えてでも、あなたを、殺してあげるわ・・・!絶対にシルファは渡さない・・・どこにも連れてなんて行かせない!!」


「まあ怖い。でも・・・とっても素敵だわぁ・・・本当に、素晴らしいわ・・・!」


 やつは。


 私の言葉に、顔を紅潮させた。


 まるで感じ入るかのように、恍惚とした表情で私を見る。そしてそれは、実際に間違いではないように思えた。


「でもね、姫様。私は別に騎士様を連れて行くなんて一言も言っていないわよ?」


「・・・なんですって?」


「もちろん最初は騎士様を連れて行って、騎士様に遊んでもらおうと思っていたんだけどぉ・・・・・」


 やつは頬に手を当て、じっくりと私を見る。


「姫様を見て、気が変わっちゃったわぁ」


 そして、言う。


「やっぱり今回は、姫様に遊んでもらうとするわ・・・!」


「・・・!?わた、し?」


 ズキン、と頭が痛む。血と一緒に、私の意識も流れていく。もう立っているのも、限界だった。


「姫様は騎士様のためなら何でもするのよね?」


「それが、なに」


「確かめてみたいわ、その、絆」


「なに、い、って」


 膝をつく。意識を保っていられそうになかった。やつが、何かをしたのか、それとも単純に傷のせいなのかは、分からない。


「最高に楽しい時間を過ごしましょう、姫様?」


 そして私は、意識を失った。それとも私は死んだのだろうか。


 分からない。でも。


 これから何か恐ろしいことが起こるような。


 地獄が、始まるような。


 そんな気が、した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る