偶然が刺さる
「さ、ここが貴方の部屋よ。私も入るのは久しぶりだわ。どうかしら?」
促すように、私は彼女の方を見る。すると彼女は私の手を離れ、ふらふらと一人で部屋の中へと入っていった。まるで、何か不思議な力に引き込まれるかのように。
彼女の部屋は、殺風景だった。余計なものはほとんどなく、ベッドに机に椅子に、そして彼女が成し遂げてきた功績を称える勲章が飾ってあるばかりだった。騎士の証である甲冑や剣もあったが、本当にそれ以外の余計なものは数えるほどしかなく、生活感はあまり感じられない。
「・・・相変わらずね、貴方の部屋は」
しかし、それはずっと昔から変わらない。ストイックに強さを求める彼女は、不要なものを切り落として前に進んできた。だからこそ彼女は強かったし、だからこそ、弱いところもあった。
だからこそ私は、彼女に。
・・・・・。
その時、廊下で話し声が聞こえた。僅かに開いている扉の隙間から覗いて見ると、先ほどの二人が歩いていた。
「ったく、必要な書類忘れてくるとか何考えてんだ」
「だから悪かったって言ってるだろ。お前なんて前に戦場に剣持ってくの忘れたろ」
どうやら何かを忘れて戻ってきたようだった。というか戦場に剣を忘れるってなんだ。そんなことがありえるのか。
「しっかしよ、シルファ殿のこと、どう思う」
「どうもこうも、別になんとも思わねぇよ。・・・まあどちらかと言うと、今のままでいてくれた方が、俺は嬉しいがな」
「・・・・・な」
何を、言っているんだ?
「尊敬してるんじゃなかったのかよ」
「もちろんしてるさ。だが尊敬してるってことはつまり、どう足掻いても敵わないってことなんだよ」
「次の騎士団長選抜戦のことか」
「ああ。もともと昔から、彼女が次期団長で間違いないって言われてたんだ。まともにやって勝てやしねーよ」
「でもこれで彼女がもとに戻らなかったら、次期団長は俺のものってか?」
「絶対って訳じゃないけどな。それでも彼女がいなくなれば、可能性が出てくる。だから俺としては、彼女がああなってくれてありがたい話さ」
「野心家だねぇ」
「なんなら、死んでてくれた方がよかった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
その言葉に私は絶句する。さっき見た二人の笑顔が、吐き気を催す邪悪に変わる。
そんなことを、思っていたなんて。
「・・・ま、それは流石に冗談だが」
「冗談って顔してないぜ?」
「さ、どうかな」
「・・・・・・・・・」
そのまま二人は歩き去って行った。今すぐにでも部屋を飛び出して二人の後を追いたかったが、足が動かない。言葉にできない感情が、私を支配していた。
人が心の中で本当はどう思っているのかなんて、分かりはしない。でもそれならせめて、知らないままでいたかった。偶然にも聞いてしまうこんなシチュエーションなど、必要なかった。私はもうあの二人を、真っ直ぐな気持ちで見る自信がない。彼女が今の話を聞いていないことだけが、唯一の救いだった。もし今の話を彼女が聞いていたらどうなっていたか、想像もしたくない。
「どうして彼女が、責められなければならないの?」
小さく呟いた。彼女がいたからこそ助かった命は、数え切れないほどある。何ならあの二人だって、何度も彼女に命を救われているだろう。そんな彼女に「死んでいてくれた方がよかった」などと、どうしてそんな言葉が吐けるのか。
私には、分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます