憧れを待つ

「怯えなくていいわ。ここはもともと、貴方が生活していた場所なんだから。覚えていない?この景色」


 城の廊下を見渡す。彼女は私が産まれる前から、この城に、この国に仕えていた。だから彼女の方がよっぽど、この景色には見覚えがあるだろう。もちろん今の彼女は、そんなこと分からないだろうけれど。


「印象に残っているものを見れば、何か変わるかもしれないわね。そうだ!まずは貴方の部屋に行きましょう!」


「・・・・・・・・?」


 私のその提案に、彼女は戸惑いの表情を見せる。


「貴方の部屋になら、きっと色々あるはずよ。もしかしたら貴方が貴方を取り戻す、きっかけになるかもしれない」


 言いながら私は、彼女の部屋の方へと歩き出した。戸惑いながらも彼女は、それを拒もうとはしなかった。


 彼女と共に城内を歩いていると、ある二人の騎士とすれ違った。できれば誰かに会うことは避けたかったが、当然そんなことは無理だ。


「おや、アイシア様ではありませんか。最近お見かけしないと思っていたのですが・・・どうされたのですか?」


「気にしないで頂戴。私には私の生活があるのよ」


「これは失礼いたしました。差し出がましいことを申してしまったことをお許しください。何せしばらくの間、姫様の麗しいお姿を見ることができなかったものですから」


「相変わらず歯の浮くような台詞を言うな、お前は」


「まったくだわ」


 彼の発言に私ともう一人の騎士が呆れる。彼の会話はこれは通常なので、本当に飽きるほど聞いた台詞だ。いい言葉はたまに言うからいいと言うのに。


「ところでそちらの方は・・・・・」


 と、彼がそう切り出した。シルファは会話が始まった時から、いや、会話が始まる前から、二人から隠れるように私の後ろに回り込んでいた。


「もしや、シルファ殿では!?」


 とは言え、騎士の中で最も有名な彼女がどう隠れたところで、その存在感を消すことはできない。誰よりも強く、誰よりも美しい彼女は、騎士たちにさえ憧れの存在なのだ。よもや見間違えることもないだろう。


「シルファ殿!戻られたと言うのはお聞きしていましたが、もうお体は大丈夫なのですかっ!」


 彼は興奮気味に彼女に詰め寄ろうとする。すると彼女は「ひっ!」と私にだけ聞こえる小さな声で悲鳴をあげた。だからと言う訳ではないが、私は近づいてくる彼を制止する。


「姫様?」


「彼女はまだ、大丈夫とは言えない状況なの。だからお願い、そっとしておいてほしいの」


 その言葉を聞いて、彼らはシルファの方を見る。ガタガタと震えながら私にしがみつく彼女の姿を見て、二人は察した。


「そうですか・・・やはり噂は本当だったのですね」


「噂?」


「ええ、シルファ殿は心に傷を負ったと。そう、お聞きしました。はじめはあのシルファ殿に限ってそんなことあるわけがないと思っていたのですが・・・そのご様子を伺うに、どうやら本当のようですね」


「・・・・・ええ、そうよ」


 私は少しだけ俯いて答える。二人もその事実を知り、悲しみを露わにした。


「残念です・・・シルファ殿は本当に勇敢な方で、我々の憧れだったのに・・・」


「悲しむことはないわ」


「え?」


「大丈夫。彼女は必ず、自分を取り戻すわ。どんなに時間がかかってもね。だって彼女は、誰よりも強いんだから」


 私は明るく、笑顔でそう答える。二人は一瞬だけ戸惑った表情をしたが、私の言葉に頷いてくれた。


「そうですよね。シルファ殿ならきっと、またあの勇敢なお姿を見せてくれますよね」


「ええ。私も彼女の笑顔が見たいもの。立ち直ってくれなきゃ、困るわ」


「・・・ふふ、相変わらず姫様は、シルファ殿のことがお好きなようで。妬いてしまいます」


「なあに、それ?」


「私も姫様にそれくらい愛していただきたいです」


「残念ながら私の愛は重いのよ。シルファにしか受け止められないわ」


「はっはっは、シルファ殿が羨ましいです。では我々は仕事がありますので、これで」


「ええ、気を付けて」


「いえ、城内での内政の仕事ですから、危険なことはありませんよ」


「あら、そう」


 最後にそんな会話を交わして、二人は歩いて行った。


「ごめんねシルファ。怖い思いをさせてしまったわね」


 彼女の頭を撫で、謝罪をする。その言葉に首を横に振る彼女は「気にしないで」と言ってくれているようで嬉しかった。


 それからすぐに、私たちはシルファの部屋に辿り着いた。私はその部屋の扉を開ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る