親愛を超えて

「お腹が空いているなら、一緒に食べましょう?少しくらい何か食べておかないと。嫌なら残したって構わないから」


 言いながら私は彼女の手を取り、テーブルへと誘い出そうとする。しかし彼女がその手を握ることはなかった。


「・・・分かったわ。貴方が安心すると言うなら、ここで食べましょう。わざわざ移動する必要もないわよね」


 私は食事を彼女がいる部屋の隅に持っていき、その場に座る。行儀が悪いと怒られてしまうかもしれないが、彼女のためならそんなこと、どうでもいいとさえ言える。


「さあ、食べましょう!もちろん食事も、私が食べさせてあげるわ」


 自分で食べようとはしない彼女の代わりに、私はシチューをスプーンで掬い、軽く冷ましてから彼女の口元に持っていく。しかし、美味しそうな湯気を立てるそれを見て、彼女の表情が変わる。そして拒むように顔を背けた。


「ひっ・・・!いやっ・・・・・・!」


「!どうしたの、シルファ。何が嫌なの?」


「ぁ、熱いの・・・・・熱いの、いやぁ・・・・・」


「熱い?熱いのが嫌なの?」


 そう聞くと彼女はこくこくと、首を縦に振る。それを見て私は慌ててシチューを冷ます。彼女が熱いものを拒む理由はもちろん分からないが、当然私は全て、彼女の望み通りにする。


 湯気が消えるくらいまで冷ましたところで、私は再び彼女の口元にシチューを運ぶ。


「ごめんなさいね、シルファ。ほら、ちゃんと冷ましたから今度は大丈夫よ。さ、口を開けて?」


 そう言うと彼女は「口を開けて」という言葉に僅かに抵抗したようだったが、恐る恐る口を開いてくれた。


「ありがとう。さ、ほら・・・」


 彼女の口の中にシチューを流し込む。だがしかし、彼女はシチューが口の中に入り込んだ瞬間、大きく咳き込んだ。


「うえっ・・・げ、ぇ・・・・・!」


 そして、すぐに吐き出してしまった。


「シルファ!大丈夫!?どうしたの・・・口に合わなかったかしら・・・。ごめんなさい、美味しくなかっ・・・」


「ご、ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・!」


「大丈夫、大丈夫よシルファ。謝らなくていいの。貴方は何も悪くないわ」


 背中をさすって、彼女を落ち着かせる。


「謝るのはこっちの方よ。ごめんなさいね、美味しくなかったわね。今作り直してもらうから」


 しかしそう言うと、彼女は首を横に振った。


「どうしたの?美味しくなかった訳ではないの?食べるのが嫌な訳ではないの?」


 そう聞くと、今度は首を縦に振る。


「じゃあどうして・・・・・」


 答えない彼女の代わりに、私は自分で考える。もしかしたら、食事さえ食べられないようにされてしまったのだろうか。だとしたら、なんて酷い。こんなの、あんまりだ。食べたくても食べられないなんて、そんなの・・・・・。


「・・・・・シルファ、大丈夫よ。私が、食べさせてあげるから。ちゃんと、貴方が食べられるように」


 私は再びシチューを掬い、今度はそれを自分の口に運ぶ。そして私は彼女の頬を両手で包み、彼女の唇にキスをした。そのまま口の中に含んでいたシチューを彼女に口移しする。


「ん・・・・・ふぁ・・・・・」


「・・・・・・・・!」


 彼女は少しだけ驚いた表情をした。だけどすぐに口の中に侵入してくる異物に嫌悪感を示す。吐き出しそうになる彼女の背中を、私は口を合わせたまま優しくさすってあげた。ゆっくりと、ゆっくりと。すると彼女の体の震えが弱まり、体の力が抜けていくのが分かった。表情も穏やかなものになり、そこでようやく彼女はごくん、と喉を鳴らした。


「・・・・・」


 唇を離すと、私は自分の心臓が高鳴っていることに気が付いた。それは、彼女が私の願いを汲み取ってくれたことに対する喜びが故の高鳴りだったが、それだけではないことを、私は悟った。


 私は彼女を、愛している。


 それは、親愛という思いだけでなく。


「・・・偉いわ、シルファ。そう、それでいいの。全部私が、食べさせてあげるから。今のを繰り返せばいいの。さあ、もう一度・・・」


 私は再びシチューを口に運び、彼女に口移しをする。すると彼女は一回目よりも随分すんなりと、シチューを飲み込んでくれた。それを何度も、何度も繰り返す。彼女は私を拒むことなく、されるがままに食事を飲み込んだ。気付けば私は、彼女に食事を食べてもらうことよりも、キスをすることに夢中になっていた。全ての食事を食べ終わると、私は酷く名残惜しさを感じた。

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