3章

答えられない心

 震える彼女を、私はできる限りの優しい眼差しで見つめる。それしか今の私には許されていない。もし彼女が望むのであれば、今すぐにでも彼女を抱きしめ、暖めてあげたい。だけど、彼女が望まないのなら、私は何もしない。つまりそれが、彼女の望みだから。


 何もせず、一人にしてほしいと。


 私に何もしないでほしいと。


 彼女がそう望むのなら、私はそれを受け入れる。


 あれから数時間、私とシルファの距離が縮まることはなかった。相変わらず私は彼女から距離を取って、独り言のように喋るだけだ。だが少なくとも、彼女は悲鳴をあげることはなくなった。私の一挙一動にビクリ、と体を震わせはするが、目覚めた時のような絶叫をあげることはなかった。とは言え私が近づけば、また同じことを繰り返すだけになるだろうけれど。


「シルファ、お腹は空いていない?必要ならここで食べられるように持ってくるわ。何か食べたいものはある?」


「・・・・・・・」


「何でも言って頂戴。どんなものでも用意させるわ。大丈夫よ。何か言ったからって貴方を傷付けたりしないわ。望みがあるなら、何でも言って」


 そう言っても、彼女は何も答えない。今までもずっと、私が何を聞いても答えることはなかった。まるで自分の意思を持つことを、禁止されているかのようだった。


 再び沈黙が流れるかと思ったその矢先、部屋の扉がノックされた。そのノックの音に、彼女はビクッ、と体を震わせる。


「ひっ・・・・・!」


「大丈夫よ。何でもないわ。怖がらないで、ね?」


 僅かなノックの音で恐怖に竦み上がる彼女を、私は必死に宥める。効果があるかは分からないが、できる限りのことはしたかった。


 私は彼女を刺激しないようにゆっくりと立ち上がり、扉の方へと向かう。


「誰?」


「私でございます」


 扉をノックしたのは、さっき私が追い出した執事だった。


「二人きりにしてと言ったでしょう?」


「申し訳ございません。ですが、ご無事を確認させていただきたかったのです。お許しください」


「いいわ。私は大丈夫よ。用件はそれだけ?」


「いえ、もうひとつ。もうすぐご夕食の時間ですが、いかがいたしますか?」


「・・・そうね、この部屋で食べるから持ってきてくれるかしら。もちろんシルファの分も」


「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」


「あと、次からはノックをしないでほしいの。シルファが怖がるから。食事を持ってきたら扉の前に置いておいてくれればいいから」


「・・・かしこまりました」

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