絆に誓う

「アイシア様、ここは医療に心得のある者に任せましょう。もしこれが本当に洗脳のようなものであったなら、治療が必要です」


「・・・待って、お願いがあるの」


「はい、何でございましょう」


「シルファと、二人きりにさせて」


「どうされるおつもりですか」


「・・・・・・・・・」


「恐れながら申し上げますが、我々に手の負える問題ではないかと・・・。ここは、専門の知識を持つ者に預けるのが、最も早くシルファ様を救うことができると拝察いたします」


 執事の言うことは最もだった。確かに、彼の言うことが正しい。だけど今の私は、そんな理屈を受け入れられる状況になかった。


「お願い、二人きりに、させて」


「・・・できません。今のシルファ様は、自分を見失っております。その様な状況でアイシア様と二人きりにさせるのは、非常に危険です」


「彼女が、私を傷付けると言うの?」


「恐れながら、その可能性もなくはないと」


 正論を前に、言葉が出てこない。彼を説得させることのできない私は、自分の中で封印していた禁断の方法を使う。


「命令よ、下がりなさい」


「・・・・・・・・はい、かしこまりました」


 彼は少しだけ驚いて、私の言葉を聞き入れた。私が「命令」を出したのは、数えるほどしかない。しかもそのうちのほとんどがシルファに対するものだ。断れない命令など、出したくはない。その思いで、私は命令を出すようなことは今までしてこなかった。だから私が「命令」と言ったことに、執事は驚いたのだった。


「何かございましたら、すぐにお呼びください」


 それだけを言い残して、執事は扉の向こうへと消えた。部屋には私と、シルファだけが残される。私は彼女を、真っ直ぐに見つめる。


「・・・シルファ、大丈夫よ。ここには、私と貴方しかいない。貴方を傷付ける者は、誰もいないわ」


 私の言葉が届いているのかは分からない。だけどそれでも私は、彼女に優しく語りかける。


「ひ、ひい、ぃ」


「大丈夫よ」


 私は、その場に座り込む。


「貴方が来ないでと言うのなら、私はこれ以上近づかないわ。だから、怯えなくていいの」


「・・・・・・・・・ぁ、あ」


 彼女の心が穏やかになれるように、私は言葉をつなげる。できる限り優しく、優しく。


「大丈夫、何も心配はいらないわ。私は、貴方を傷付けたりしない。何があっても、私は貴方の味方よ」


「・・・・・・・・・・」


「私は貴方に触れないし、近づくこともしないわ。貴方が嫌なことを、絶対にしない。もっと下がってほしいならそうするわ。後ろを向いてほしいなら、もちろんそれも受け入れる」


 私は今までずっと、彼女に支えられて生きてきた。


「嫌なことがあるなら、してほしいことがあるなら、何でも言って。私は全部、貴方の望み通りにするわ。貴方が心を取り戻すまで・・・ううん、貴方が心を取り戻しても、ずっと」


 だから、


 だから。


「貴方のためなら何でもするわ。どれだけ時間がかかっても、私は貴方と一緒にいる。いつまでだって、ここにいるわ」


 今度は、私の番。


 私が、貴方を助ける番。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 肩で息をしていた彼女の息遣いが、ほんの少しだけ穏やかになる。それを見て、私は嬉しくなる。


 彼女の心の中にはまだ、私がいる。


 彼女自身がいる。


 だからきっと、取り戻せる。


 ずっと私の側にいてくれた、彼女のために。


「大丈夫」


 大丈夫。


 私がずっと、側にいるから。


 何も恐れないで。


 何も怯えないで。


 あなたを傷付けるものも、あなたを怖がらせるものも。


 全部私が、守ってあげるから。


 貴方がずっと、私にしてくれていたように。


 今度は私が、守ってあげるから。

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