2章

絶叫の目覚め

「シルファ!」


 勢いよく扉を開けながら、私は彼女の名を呼んだ。その声にはようやく彼女に会えるという歓喜と、彼女が無事であるのかという不安が混じっていた。


「シルファは!?無事なの!?」


「落ち着いてください、アイシア様」


 興奮気味の私を宥めるように、シルファを看ていた執事が穏やかに言う。部屋に置かれた大きなベッドの上に彼女の姿を見つけ、私は思わず駆け寄る。


「ああ、シルファ・・・よかった・・・・・!」


 彼女が助けられたことは聞いていたが、自分の目で確かめるまでは生きた気がしなかった。彼女がいなくなってから今日まで、ずっと。死んだ方がマシとさえ言えるような、そんな日々だった。


 彼女の手を握ると、確かに生者の熱を感じることができた。久々に触れたその熱に、思わず頬ずりをしてしまう。しかし、本当に無事なのかどうかは、まだ分からなかった。


「彼女の、容態は・・・・・?」


 恐る恐る、聞いてみる。私の目に映る彼女の姿には、傷らしい傷は見当たらない。しかし捕虜となった者がどのような仕打ちを受けるのかは、私も少なからず理解している。だから、覚悟はしていた。


「それが、拷問を受けたと思われる傷は一切ありませんでした」


 だが、私の想像はあっさりと否定される。


「本当に?何も?」


「ええ、シルファ様がおられた場所には確かに、拷問が行われた形跡があったのですが、彼女自身にはその形跡は見られませんでした」


「ということは、無事なのね?本当に大丈夫なのね!?」


「少なくとも、命に別状はございません。じき目を覚まされるかと」


「よかった・・・本当によかった・・・・・!」


 間違いのない無事を確認して、二度目の安堵の息を漏らす。押さえられない感情が溢れ、涙が零れた。


 もしかしたらもう会えないのではないかと。


 ずっと、不安だった。


 生きた気がしなかった。


 私の大切な人。


 その人に私は、囁く。聞こえないことが分かっていながらも、語らずにはいられなかった。


「貴方のおかげで、この城に戻ってくることができたわ。ありがとう。この戦に勝利することができたのも、この国を守れたのも。全部貴方のおかげよ」


 優しく、頭を撫でる。今まで何度、彼女にこんな風に撫でてもらっただろう。だからこれは、そのお返しだ。


「みんな貴方の帰りを待っているわ。もちろん、貴方が目覚めるのを一番に待っているのは、私なのだけれど」


 早く、彼女の声が聞きたい。私の話を聞いてほしい。いつものように、抱きしめてほしい。


「勝手に私の側からいなくなっちゃって・・・。今度こんなことがあったら許さないんだから」


 怒ったような拗ねたような、ちょっと意地の悪い口調で語る。


「アイシア様は本当にシルファ様のことがお好きなのですね」


「ええ、当然じゃない。だって彼女は私の・・・」


 私の。


 大切な。


「・・・・・ん、」


 そのとき、彼女の瞼が僅かに動いた。まるで私の声に呼応するかのように、彼女は今この瞬間に、意識を取り戻しかける。


「シルファ・・・?シルファ!」


 それに気づいた私は、力強く彼女の名を呼ぶ。大きなベッドの上に身を乗り出して顔をのぞき込む。すると彼女は、ゆっくりと目を見開いた。


「・・・・・・・・・」


 彼女と、目が合う。私の存在に気づいたようだった。彼女が私を認識するほんの数秒の間、沈黙が流れた。


 1秒。


 2秒。


 3秒。


「シルファ、わた・・・」


「ひ・・・・・・・・・いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

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