囁き
「・・・あれも嫌これも嫌って、騎士様わがままよ?」
「だって・・・・・だってぇ・・・・・・!」
「喋ってくれないの?」
「いやぁ・・・・・喋りたく、ないのぉ・・・・・!」
「じゃあ今日も私に付き合ってくれないと」
「それもいやあああああああああ!!」
「・・・ふふふ、どっちかって言うとそっちの方が嫌そうね?できることなら喋りたいのよね、騎士様も」
「いや、いや、いや!喋りたくない喋りたくない!」
「全く、困ったわねぇ。もう面倒臭いから次の騎士様に聞こうかしら」
「ああああぁぁあああぁぁあああ!!」
私の体は条件反射のように、やつを前に恐怖を叫ぶ。その恐怖はもう自分を制御できるようなものではなく、私は自分が漏らしていることにさえ気づいていなかった。
「あら騎士様、漏らしちゃったの?ほんと騎士様は駄目な子ねぇ・・・」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ」
「謝ればいいってものじゃないでしょう?自分で綺麗になさい。じゃなきゃお仕置きよ?」
「は、はいぃ・・・!綺麗に、します、から・・・・・お仕置きは、いや」
私は地面に這いつくばって、自分の小便を舐めた。土下座のようにへたり込む自分の姿を、やつに見せつけるように。汚いだとか愚かだとか、そんなことを考える余裕など欠片もない。ただ必死に、やつの言いつけを守る。約束を守れるいい子だとアピールする。
それしか私には、することがない。
「あはは!いい格好だわ、騎士様。本当に騎士様はいつまでも私を楽しませてくれるわね。床を汚しちゃう悪い子だけど、許してあげたくなっちゃうわ」
「・・・!んっ、んん・・・・!ん、は、ぁ」
私はより必死になる。「許してあげたくなる」という言葉に、私は喜んだようだった。もう引き返せないほどに、私は壊れていた。それを自覚できる自我が残っていることが、ただただ恨めしかった。
「はいよくできました!いい子いい子〜」
地面を綺麗に舐め終わると、やつが私の頭を撫でる。その行為を心のどこかで幸せに感じるほど、私は洗脳されていた。命令を受けて、その命令をこなして、褒められて。まるで犬だった。
「騎士様は本当に偉いですね〜。騎士様はこんなに頑張っているのに、姫様は今どこで何をしているんでしょうね〜」
「は・・・・・ぁ」
「ねえ騎士様、酷いと思わない?騎士様がこんなに辛い思いをしているのに、誰も助けに来てくれないのよ?姫様も、騎士様の仲間も、みんな何をしているのかしら」
「・・・・・・・・・」
「もしかしたらお城に戻ってるとか?そして今回の戦の勝利をみんなで祝ってるかもしれないわね。騎士様は死んだことにされて、偉大なお方だったとか言われて。こうして頑張ってる騎士様のことなんて誰も考えてないの。結局みんな自分が一番なのよ。生き残れたことを喜んで、お酒でも飲んでるわ、きっと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「酷いわよねぇ、本当に。そんな連中のこと、守る必要あるのかしら。騎士様がこんなにも辛い思いをして守る価値があるのかしら」
「まも、る、かち、が」
「えぇそうよ。ないと思わない?だってみんな、騎士様のことを必要としていないのよ?」
「・・・・・・・・・・わたし、が・・・・・?」
「必要とされてないの。騎士様は。誰にも、もちろん姫様にもね。もしかしたら騎士様がいなくなって喜んでるやつさえいるかもしれない。今まさに騎士様のことを悪く言ってるやつもいるかもしれないわ。きっと姫様も一緒になって」
「ひ、姫様、が」
「守る価値なんてないわ、そんな人。騎士様が姫様のことを大事に思ってることは分かってるわ。私もその忠誠心は素敵だと思う。でも姫様はあなたのこと必要としてないって、いらないって言ってるわ」
「そん、な・・・・・・・・嘘、だ」
「嘘じゃないわ。ええ、嘘じゃない」
少しずつ、事実がねじ曲げられていく。だけど私は、それを疑えない。事実がねじ曲がっていることに、気づけない。やつの言葉が全てだと、やつの言葉が真実だと、頭が、壊されていく。
「だから姫様のために、こんな辛い思いをする必要はないのよ?騎士様が辛い思いをする必要なんてない。だから、ね?楽になりましょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「一言言えばいいの、姫様の居場所を。それで全部、解放されるわ。痛みからも恐怖からも」
「・・・・・・・・」
「さあ、騎士様?」
私は。
何のために頑張っている?
誰のために、泣き叫んでいる?
姫様?
・・・・・。
誰、だっけ。
「い・・・・・・・・・・・・・・・いやだ」
それでも。
何かが私を、押し止める。
私に、地獄にいることを強いる。
何かが。
いつまでも。
何があっても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます