不死の延命

 カツン、という足音が響いただけで、私の体は竦み上がる。どんなに遠くても、どんなに小さくても、私の耳はその音を聞き逃さない。たとえ眠っていたって、私はその音で目を覚ますだろう。できることなら目覚めないでほしいと思った、悪夢のような現実に。


 ・・・いや。


 悪夢そのもの、だろうか。


「ご機嫌よう、騎士様」


 やつが、私の目の前に立つ。足音の正体など確認する意味もない。ここに来るのは、私のことが、私を痛めつけることが大好きな、やつだけだから。


 狂人、だけだから。


「やめ・・・やめ、て・・・もうやめてえええええええええええええ」


 それとも狂人は。


 私の方?


「どうしたの騎士様、そんなに叫んだりしちゃってぇ・・・」


「もういや!もういやあああああああああああああああああ!!許して!許してえええええええええええええええええ!!」


 頭を抱えながら、ガタガタと震える。まだ何をされた訳でもないのに、絶叫し、涙を流す。


 これから起こることを考えるだけで、私は。


 心が壊れてしまう。


「殺して!殺して!もう殺してよぉ!!お願いですから殺してくださいいいいいい!!」


 自分をここまで追い詰めたその相手に、自分の死を懇願する。これほど無様で、滑稽なことはないだろう。ましてやこれ以上の屈辱など、ありはしない。私の騎士道としてのプライドがほんの少しでも残っていたのなら、そんな言葉は口に出していないだろう。きっと奥歯で、噛み殺していただろう。必ずこの者に報いを受けさせてやると、奮い立っていただろう。


 だけど今はどんな屈辱を受けようが、どんな羞恥を受けようが。何も感じずに死ねるのなら、喜んで生き恥を晒すつもりだった。

 

「なあに?そんなに死にたいの?」


「はいぃ、お願いします、お願いしますぅう!!もうお願いですから殺してくださいぃ!!」


「おかしなことを言うのねぇ、騎士様は」


 やつは私の耳元に顔を近づけて言い放つ。



「うう、うぅううぅ〜〜〜!そうじゃ、そうじゃ、なく、てぇ・・・・・!」


「そうじゃなくて?」


「・・・・・・・・・・・・・もう、、で・・・・・・」


 そう言うとやつは嬉しそうに。


「やーだ♡」


 と、笑顔を綻ばせて、言う。私の視界は、は、その笑顔を捉える。それが恐ろしくて、たまらない。


「うぅ・・・うぅううう〜〜〜〜〜」


 今の私は、唸るように泣くしか能がない。手足を縛られているわけでもないし、脅迫されているわけでもない。なのに私は、反撃しようなどとは微塵も思わない。考えない。そんなことはもうとっくに、私の頭の中にはない。


 ただ助かりたい。


 死にたい。


 死んだまま、


「大丈夫よ騎士様。どんな姿になったって、私が元通りに戻してあげるから。何も心配することなんてないわ。そうでしょう?」


「そん、な」


「今回だってほら、ちゃんと元に戻ってる。よく見えるでしょう?目も耳も、両手両足も。だからほら、次も死ぬまで可愛がってあげられるわ。ねえ、騎士様」


「ああ・・・・・あああああああああああああああああ!!」


 私はこれで。


 12回、死んだ。


 そして12回、生き返った。


 やつの、魔法によって。


「私の魔法もなかなかのものでしょう?みんなはこれを『無間地獄』って呼ぶんだけど・・・もっと可愛い名前ないかしら?騎士様考えてくれる?」


「ひっ・・・・・・・ひっ、ぃ・・・・・」


「じゃあ次までに考えて頂戴ね!」


 やつの言う「次」が何を指すのか、私には分かっていた。


 次、死んで。


 生き返るまで。


 無間地獄。


 文字通り、無限に続く地獄。やつは、死者を蘇らせる力を持っていた。それは人類が踏み入れてはいけない禁断の領域で、神の領域だ。やつは、その領域を土足で踏み荒らす。いや、そんな力を持っているやつはもう魔女でも奇人でもなく、神なのかもしれない。だけどもしやつが神だと言うならば、あんまりじゃないか。


 私たちは今まで。


 こんなやつに、祈りを捧げてきたのか。

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