彼女は喋らない

「や、・・・ち、ちがっ・・・・・・・・こ、これ、は」


 息を切らしながら、一刻も早く弁明をする。ぼたぼたとよだれを垂らしながら、私は震える声で言葉をつないだ。


「私言ったわよねぇ、吐き出しちゃだめって・・・・・」


「だ、だからっ、これはちが、ちがうの・・・!これは・・・これはぁ・・・・・!」


「悪い子ね、騎士様。もう立派な大人なのに、約束も守れないなんて。そんな悪い子には、お仕置きが必要よねぇ?」


「ひ、ゃ・・・・・いや、いやぁ!」


 まともな言葉など、出てきやしない。


 出てくるのは、哀願。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!許して、許してくださいお願いします・・・!!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」


 やつが、何かをした。それは間違いない。だけどそんなことはどうでもよかった。


 やつが何かをして。


 私が吐いた。眼球を吐き出した。


 ただ、それだけ。


「騎士様?騎士様は何に謝っているの?ちゃんと言ってご覧なさい?」


「だ、だめって・・・吐き出しちゃだめって言われたのに吐き出してしまいました・・・!約束、破り、まし、た・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・!」


「うんうん、そうよね、約束破っちゃったわよね。じゃあ、約束破ったらどうなるの?」


「それは、それ、は」


「約束破ったら、どうしなきゃだめなの?」


「・・・・・・・・・・ば、・・・・・・ばつ、を、」


「罰を?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うけ、る」


「えぇ、その通りよ、騎士様。よく分かってるじゃない」


「・・・・・・・・・・・・」


「じゃあ『許してください』は、おかしいわよね?それじゃあまるで、私が酷いことしようとしているみたいよね?」


「・・・・・・・・・・・・・は、い」


「それじゃあ、なんて言うの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 絶対に、逃れられないと。分かっては、いる。既に何度も、味わっている。


 痛みを、屈辱を、絶望を。


 だからと言って。


 素直に言えるほど、私は。


 強く、ない。


「・・・・・約束を、破ってしまい、申し訳、ありま、せん・・・・・どうか、約束を守れない、悪い子の、私、に・・・・・・・・・・ぉ、お仕置き、して、くださ、い」


「・・・・・分かったわ。騎士様がそこまで言うのなら、してあげるわ」


 満足げに、やつは。


 笑った気がした。


 もちろん。


 見えや、しなかったけど。


 やつが、私の正面に回る。ぐちゃ、という何かが潰れる音がした。


「あ、ごめんなさぁい。騎士様のおめめ、踏んじゃった」


「・・・・・・・」


「ねえねえ、どっちの目を踏んだと思う?」


「・・・・・」


「答えて騎士様?」


「・・・・・・・・・・右」


「だいせいかーい!すごいわ騎士様。じゃあそんな騎士様に慈悲をあげましょう!もしかしたら本当は、お仕置き嫌って思ってるかもしれない騎士様に、特別よ?」


 私は僅かに首を動かし、縋るような表情でやつを見た。


「私の質問に答えられたら、お仕置きしないであげる」


 それを聞いた瞬間、それがいつものであると理解し、私は諦めた。


 ほんの一瞬。


 ほんの一瞬だけ、心が揺らいだ気がしたけれど。


 私はその揺らぎを、奥歯の底の底で噛み締める。


 押さえ込む。


 そんな自分を、恥に思う。


 最低に思う。


 やつ以上に、屑だと思う。


 そうやってそうやって。


 私は自分を保つ。


 間違ってもそれを口にしないように。


 間違っても自分を嫌いにならないように。


 間違っても大切な人を、失わないように。


「姫様の居場所、教えて?」


 その問いに私は、はっきりと答える。


「いや、だ」

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