永遠の絆
青葉 千歳
1章
無言の代償
抉り取られた右目の中に、熱湯を注がれる。もはやその感覚は痛いと表現すべきなのか、定かではない。だが少なくとも、気が狂うような感覚であることは間違いなかった。できればこの世のものではないと、夢の出来事だと、そう思いたい。
「djplっっう゛ぇfjbp」
それでも私がくぐもった悲鳴しか上げることができないのは、私が強いからではなく、口が塞がれているからに他ならない。絶対に開けることができないように塞がれた私の口の中には、眼球があった。もちろん私の、右目の眼球だ。飲み込むことも噛み砕くこともない私は、舌の上で自分の眼球を味わう羽目になる。嫌悪感を超越した何かが私に吐き気を催すが、それさえ許されない私はその吐き気を忘れるように、ただ悲鳴を上げるだけの人形になる。
「騎士様、ご気分はいかがですか?」
私の目の中に熱湯を注ぐ張本人が言う。かつてはその問いに「人の痛みも知れないとは、無駄に長生きしてる割に何も学んでこなかったんだな」と皮肉を返す余裕があったのだが、もうそんな言葉を吐く余裕も、精神も、勇気もない。繰り返す拷問に心をすり減らし続けた私は、いつしか泣き叫びながら命乞いをするだけの、やつの玩具になった。何も言い返せない私を見て、やつは嬉しそうに顔をほころばせる。
「自分の目の味はどう?美味しい?お望みならもうひとつあるわよ?」
「ん゛ーーー!!」
いやいやと、首を振る。その意思表示が何の意味も持たないことを分かっていても、体は反応してしまう。
本当に、嫌だから。
それがやつを喜ばせるだけだと分かっていても、どうしようもなかった。そもそもその質問に、意味なんてない。頷こうが、首を横に振ろうが。全てはやつの気分次第だ。
最も。
やつは私の嫌がることをするのが、生きがいのようだけれど。
「はーい、じゃあ左目に指が入りまーす」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」
顔を上に向けられ、全身が硬直する。後ろ手に縛られた両手が、椅子を引っ掻いた。くちゅ、ぐちゅ、という音と共に激痛と虫唾が全身に走る。
「〜♪」
やつは楽しそうに、私の目の奥で指を泳がせる。少しずつ視界が狭くなり、やがて視神経が完全に途切れ、何も見えなくなった。
「ほら見て騎士様!綺麗に取れたわよ。あ、ごめんなさい。もう見れないんだったわね、ふふふ」
「・・・・・・・」
痛みとか、目が見えなくなったこととか。そんなことよりも、やつのその発言が、血液を逆流させる。こんな生き物が私たちと同じような姿をして生きていることが、ただただ悲しかった。一体何があれば、こんな腐った心が生まれてくると言うのだろう。
「じゃあ目が見えなくって可愛そうな騎士様に、ご褒美をあげましょう!」
ぐいっ、と頭をつかまれ、顔を正面に向けさせられる。
「はい、お口あーんして?」
「ん、ん、んん・・・・・・!」
血の涙を流しながら、私はどうしても嫌だということを語らずに伝える。そんな私にやつは、優しく冷徹に言い放つ。
「だめよ、騎士様?私の言うことが聞けないの?それじゃあ、お仕置きしないといけないわねぇ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
震えながら、私はゆっくりと口を開ける。既に口の中にある眼球を落とさないように、慎重に。
「はーいよくできました♪流石騎士様はいい子ですねー。でも、次からは一回で言うこと聞かなきゃだめよ?じゃなきゃ・・・分かってるわよね?」
耳元で、囁かれる。恐怖に身を竦めた私はコクコクと、痙攣するかのように首を縦に振る。子供を諭すような優しい物言いが、私には恐ろしくてたまらなかった。
「じゃあこれを騎士様のお口の中に・・・はい、入れました!」
ねっとりとした糸を引く眼球を、そのまま口の中にねじ込まれる。眼球は思っている以上に大きい。それを二つも口の中に押し込まれた私は、頬を膨らませてなんとか落とさないように保つ。
「どう?美味しい?美味しいわよね?」
一択の質問を投げかけられ、私は首を縦に振る。
「そうよねぇ!そんなにほっぺた膨らませちゃって・・・もう、騎士様ったら欲張りなんだから」
涙を流したくなる。だけど、それさえ許されない。
「ちゃんと味わってね?さっきも言った通り、飲み込んだり吐き出したりしたらお仕置きだから、ね?」
そうやってやつは私に、口を塞ぐ魔法をかける。絶対に、口を開けないようにする。やつの持つ力があれば、実際に私の口を塞ぐことは可能だろう。だがやつはそれをしない。私が、私の意思で、やつの命令に従っていることに、快感を感じているのだろう。支配欲を、満たしているのだろう。そしてあわよくば私がミスをして、お仕置きできる機会を待っている。いや、むしろそっちが本命なのだろう。お仕置きされたくなくて必死になってる私を見て、その必死さが報われずにお仕置きされる私を見て、楽しみたいのだろう。
だから私は、絶対に口を開くわけにはいかない。この必死になっている様を見て笑われるくらい、もはや何でもない。この眼球を吐き出さなければお仕置きされないと言うならば、たとえ窒息死することになっても私は口を開かない。むしろ死ねるのなら喜んで死のう。
とはいえ。
死んでも、救われる訳ではないけれど。
それでも、ほんの少しの間だけ、何もない時間を過ごすことができるから。
だからどうかこのまま、死・・・・・
「えいっ☆」
「おぼぉええっうぇえっげえええええええええええ」
反応する暇もなく、気づけば私は吐いていた。
何が起こったのか分からなかった。それでも胃の中のものを全て吐き出す。何なら胃そのものが吐き出たかと思えるくらいの衝撃だった。
「え、げ、ぇ・・・・・がっ、は・・・・・ぁ」
吐き気はすぐに収まったが、瞬間的な衝撃は理解不能なものであったがために、私は一瞬放心状態に陥る。
だけど、すぐに。
現実に引き戻される。
「あら?騎士様?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「何をしてるのかしら?」
やつは私の足下の吐瀉物を見て言う。いや、正確にはやつが見ているのは吐瀉物ではない。やつは私が吐いたことなど、どうでもいい。問題なのは。
私が、やつの命令に背いたこと。
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