⑬すわっ⁉今日もトラック転生ッ⁉

「よっ! 佐藤、おはようっ!」

「うん、おはよう勇人」


 いつもの待ち合わせ場所で今日も佐藤は俺を待っていた。

 白い肌に華奢きゃしゃな身体つき、風に揺らめくスカート姿はどこか蜃気楼のような儚さがある。ほほ笑む仕草も柔らかく女の子らしい。


「……連れてかれずに済んだみたいだね?」

「おう、バッチリだ」


 それでいて佐藤は突拍子もなく昨日の話の続き(?)を始める。佐藤も変わってるよな。まあ、その通りになりそうだったといえばそうかもしれないけど、それはコッチの話だ。


「なにせ素直な勇人さんは道すがら指さし確認しながら帰ったんだからな!」

「え? ええ……?」 

 

 そう言って右ヨシ左ヨシとやってみせると佐藤がひき笑いを浮かべた。おい、マジ引きはやめろ。

 まあいい、今日の俺には隠し玉があるんだ。いつものように佐藤に手玉に取られるばかりの勇人さんでないことを教えてやる。


○●○●○●


「佐藤 ―― 悪魔だろ?」

「へぇ⁉」


 会話がひと段落してしばしの無言の後、俺は前置きもなしに佐藤に問いかけた。

 佐藤はギョッとして両手を胸の前にあげたポーズで固まっている。これは図星だ。


「どうだ、正解だろ?」

「え、えっと……」


 おおっ、あの佐藤が目を泳がせているぞ!

 昨日風呂場で発声練習をしている時にふと頭に浮かんだ単語。

 

 悪魔


 きっと昨日別れ際に佐藤の奴はこう言ったに違いない。


「昨日お前がはぐらかした台詞は『例えば、悪魔とか』だろう?」

「…………」

 

 逢魔が時に人をドコかへ連れていく存在。天使がいるんだから配役としては悪魔がぴったりじゃないか? 我ながらいい推理だと思う。


「どうだ?」


 勝ち誇って俺が問いかけると、佐藤は意外にも大きなため息をついた。


「ふぅ、勇人って馬鹿だよね」

「えぇ~?」


 なにそれ? なんだこの既視感のあるディスりは⁉

 それからしばらく『じゃあ、正解は?』と佐藤の周りをチョロチョロするがなかなか教えてくれない。そうだ、佐藤って基本的にSだった。昨日のカミングアウトでM疑惑が浮上したけど、こいつはしょっちゅう俺をからかってニンマリするような奴じゃないか。


「悪魔とは言ったよ。けど、勇人の回答は正解じゃない」

「ええ~、そこまで当たってるなら教えろよ~!」

「……ふふ、なんだと思う?」


 そう言って佐藤はニンマリ笑うばかりだ。

 こうしていつも通りの登校風景が繰り広げられるのだった。

 

「もう、勇人はしょうがないなぁ」


 けれど、今日は少し違っていた。

 佐藤が足を止め俺を見つめる。その瞳は母さんが俺と目を合わせるときと少し似ていた。


「……なんだよ?」


 物事っていうのは天秤が傾くみたいに突然変わっていく。

 思いもよらない物が秤に乗せられ、時に降ろされて変わってしまう。

 俺はそのことを知っている……つもりだ。

 だけどこの時、誰が何を秤に乗せて、天秤がどちらに傾いたのかはいまだに分からない。

 天秤を動かしたのは女神か俺か天使先輩か、それとも佐藤か。


「あの時、僕はこう言ったんだよ、勇人 ――」


 それはそれは楽しそうに佐藤が口角を釣り上げた。

 そしてその言葉が紡がれてゆく瞬間、俺の瞳に佐藤の背後から迫るトラックが映ったのだった。

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