⑪神とて迎えを ~勇人と女神~

「ただいま、っと」

「へっ、へっ、へっ……!」


 散歩を終えてコロと一緒に帰宅。

 女神の奴は『夜風にあたりたい』とのことなので公園で別れた。夜の一人歩きはナンタラカンタラじゃなかったのか?


「まったく、あいつの気まぐれにも困ったもんだよなぁ~コロ?」

「ウォン」


 コロの足をきれいに拭いてやり軽くブラッシングしてから、浴室に向かい湯を張る。そういえば今日はドタバタしてたから制服のままだ。


「ブレザーは……肩がケバケバだな」


 朝イチのトラック転生のさいに擦れた上着を何度かはたいたりしてみるが、どうにもボロくなってしまっている。


「コッチはダメか」


 俺は脱いだブレザーを『リサイクル』と書かれた箱に放る。天使先輩を通じて請求すれば制服含め衣服の代金は国から出るとはいえ、勿体ない。

 とはいえボロい制服で登校すれば当然先生から注意を受けることになる。俺自身は女神や天使先輩のように高位トンデモ存在ではないから当然なのだが、理不尽じゃないか?


 そう思いながら続いて


「まーでも、俺も女子なんだし、仕方ないか?」


 洗面台の鏡を覗くと身長170近くの釣り目の女がこちらを見返している。

 ハネッ返りの強いセミロングの髪は先ほどの女神のサラサラヘアーとはほど遠いワイルドな雰囲気を醸している気がする。面構えは佐藤いわく『ボーイッシュだけど、宝塚系じゃなくて可愛い系』らしい。

 しかし、佐藤のように華奢でなけりゃ、天使先輩みたいに手足がスラリとしている訳でもない。なんというか体育会系な身体つきだ。『可愛い』や『セクシー』の前に『バネがありそう』という感想が聞こえそうだ。


「胸はあるんだが、ううむ……」


 自前の膨らみをぽよぽよと触ってみる。しかし、俺が望んでるのは『女の子らしい可愛らしさ』であって『女らしい色気』とかはまだ要らないんだよな。


 ぽよぽよ、ぽよぽよ 


「げぇっ⁉ ボタン⁉」


 よくよく見ると胸元、シャツの第二ボタンが取れていた。もしかして朝からずっと取れてたのか?


「おいおいおいおい! 嘘だろ? 誰も教えてくれなかったぞ?」


 いくらガサツが目立つ勇人さんだってこれは恥ずかしいぞ!


「まさかあの駄女神、わかってて胸に顔埋めてやがったのか……!」


 だとしたら、許せん。もう一回殴ろう!


 結城さんちの夫婦はその子がお母さんのお腹にいるときにあまりに元気だから男の子に違いないと思っていた。

 生まれる前に二人が考えた名前は勇人。結城勇人 ―― 二人はその名前をとても気に入っていた。

 だからなのか、女の子が生まれても割とあっさり彼女の名前は勇人になった。

 あまり女の子を意識せずに育った勇人ちゃんはお父さんが亡くなってからお母さんの『とにかく元気に育って欲しい』という願いに忠実にスクスクと成長した。

 それでも流石におかしいと本人も思い始めた時分、女神が彼女の前に現れた。

 そこからいまよりも荒っぽくタマの取り合いをしていたせいか俺はそこらの男子よりよっぽど男らしく育ってしまい、いまに至る。


「うぎぎぎ……‼」


 そんな俺だってコレは赤面する程度には恥ずかしいんだ。


○●○●○●


「あ~♪ あー、あー、ああ~♪」


 湯船に浸かりながら気の抜けた発声を繰り返す。やっぱりお風呂はいいよなぁ!


「あ~♪ あー、あー、ああ~♪」


 浴室にお気楽な歌声が響く。

 今日は初めて佐藤とのカラオケだった。最初は女子二人でゲーセンやカラオケに行くことに難色を示していたものの佐藤も結構ノリノリだったな。特にカラオケ。しっとりとした綺麗な声だったし、選曲が女の子らしいのもポイント高いよな。

 ちなみにポイントとは『女子ポイント』のことだ。

 

「そういや、天使先輩ってどんな歌を歌うんだろう?」


 あの先輩が歌ってる姿が想像できない。というかカラオケとか行ったことあるんだろうか? 意外と洋楽とか歌ったら似合う気もするな。それとも讃美歌か? 天使的には。


「気になるなぁ~! 今度、絶対誘おう……!」


 そんなことを考えていたら俺はハタと気が付いた。本人が言うには数回しかカラオケに行ったことのない佐藤だったが、その歌唱力はかなり高かった。少なくとも俺にはそう思えた。

 しかし、それはあるいはこういう可能性を示唆しているのかもしれない。


「もしかして、俺が音痴なだけ、か?」


 友達とカラオケに行った経験が片手で足りる俺にはその判断がつかなかった。


「いや! その可能性は高いっ! 自分の歌唱力を把握出来てない時点で、女子高生としてはお察しレベルってやつじゃないか!?」


 湯船のなかで頭を抱える。やっべぇ! 冷や汗出てきた。そう考えると今日もマズイことのオンパレードだった気がしてきたぞ。


「女子高生がカラオケでアニソンばっかって、イカン、よな……!?」


 いや、だって仕方ないじゃん?

 女神が来てから安らぎの地は自宅だけで、必然的に趣味がインドア気味だし?

 アニメ、ゲーム、漫画、好きだし? アニソンって熱いし? サイコーだし!

 女神とカラオケ行くときはフルタイム、フルコーラスな調子でアニソン歌うし?

 いや待て、あいつは参考にならん。


「こうなったら、今日から発生練習だっ! 女子高生感を取り戻さなくてはっ!」


 こうして俺の入浴時発声訓練が始まったのだ。


「あ~♪ あぁ~、あーーっ♪ ああ~♪」


○●○●○●


「おっせぇな、あいつ」


 寝巻に着替えてベッドの上で漫画を読みながらゴロゴロして1時間以上が経つ。それでも女神の奴は帰ってこない。部屋はさすがに別々だが帰ってきたら必ず一声かけてくるあいつが顔を見せないってことは帰宅していないということになる。


「なにやってんだか」


 枕に顎を乗せてベッドわきの目覚まし時計の時刻を眺める。そろそろ寝る時間なんだけどな。

 俺は独りイヤイヤする子供のように頭を振ってからため息をついた。


「あ~、調子狂うなぁ」


 そして、枕とタオルケットを掴むと自室のある二階から階段を下って行った。


「コロ、コロ……!」


 まづ一階のリビングで丸くなっているコロを揺さぶって起こす。コロはパチリと目を開くと俺をしばらく眺めてから『仕方ないなぁ』といった表情を浮かべてから玄関へとテチテチと歩いて行った。

 う~ん、飼い主なのにこのあしらわれてる感、なんだろうな。


「ぅぉっ……!」


「あー、はいはい」


 コロに促されて玄関に向かい、床に座るとコロが俺の膝に頭を乗せる。

 俺がまだ子供の頃は立ち位置が逆だったけど、いまじゃコロが俺の足元に収まってしまう。


「ころぉ~、ころぉ♪」


 柴犬の毛が密な額をわしわしと撫でまわす。サラサラの髪もいいけど、もこもこの毛並みもいいよな。

 コロの額に自分の額を軽くぶつける。慣れ親しんだケモノ臭が妙に落ち着く。


「ころぉ~、ころぉ♪」


 そうしているうちに俺はいつの間にか寝落ちしていた。


○●○●○●

  

「……ぅ、……っと」

「……ォンっ!」


 触れる感触、頬に。

 音、強く響く、叫び。


「……ん、んんぅ」


 起きなければ。そう感じて目を開くとそこには瞳を閉じてこちらに迫る女神の顔があり ―― 俺はその口元を鷲掴わしづかみにした。


「ぶおぅっ!?」

「おぅ、おはよう。何してんだ、てめぇは?」

「びゅうぼ……! びゅ~と!」


 あぶねぇ、危うく寝込みを襲われるトコだった! セクハラ的なニュアンスで。

 捕まったカニみたいにジタバタもがく女神を放してやる。油断も隙も無いな。


「人がわざわざ出迎えてんのに、なにしようとしてんだ、お前は?」

「いやぁ、出迎えてくれる勇人の愛情深さに愛しさがこみ上げてきてねぇ……‼」

「はっはっはっ、反省の色はないようだ」


 俺は女神の顔を両手で掴む。


「痛いっ! いたたた、だって! こういう場合いいぃっ! ふっ二人は幸せなキスをしててててっ! 終了だってぇ! お決まりだもんッ! のぁぁっ⁉」


 なにが終了だ。続くんだよ! この騒がしい毎日は!


「勇人さーんっ⁉ 結城、勇人さ~ん? なんで、そんな満面の笑みで私をシバこうとしてるの⁉」

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