⑧結城さんちの夕飯 ~駄女神を添えて~

「聞いてよ、勇人っ! アイツったら奢ってくれたけどドコ連れてったと思う⁉」

「天使先輩か? どこ行ったんだ?」


 俺と女神、母さんを加えた三人が食卓について手を合わせ終えると、待ってましたとばかりに女神が口を開いた。まったく、うるさい奴だ。

 でも俺より先に帰っていたし、もしかしたら何かあったのか?


「立ち飲み居酒屋よっ⁉ 女神と天使が客もまばらな時間から立ち飲みしてたのよ⁉ わかるっ⁉」


 なんだ、ただサクッと飲んで帰って来ただけか。

 というか奢ってもらっておいてケチつけんなよ。


「別に立ち飲み居酒屋だっていいんじゃないか? なんかマズイのか?」


 こればっかりは高校生にはわからないことだ。なんとなく薄暗くて騒がしくて少し汚いイメージがあるけれど。それと天使先輩のイメージとは合わないな。


「料理は美味しかったわ! 問題はアイツよ、アイツ!」


 奢ってくれた先輩にケチをつけるなよ。

 けど、もしかしたら天使先輩の酒癖が悪いなんてこともあるのか?

 ちょっとそれは嫌だなと思っていると女神が『釣れた釣れた』と言わんばかりに口角を釣り上げた。


「そう、アイツの飲み方は問題よ。いい、勇人? アイツはね……」 


 そう言って前のめりになる女神。ピッと伸ばした人差し指が俺の鼻先に触れそうになる。おい、近いぞ。


「アイツは店の隅っこに陣取って、ウイスキーをストレートでやりながらナンパしたりされたりしてる男女をニヤニヤと眺めながらつまみをコリコリと食ってたのよ! 趣味が悪いわっ‼」

「……まあ、楽しみ方は人それぞれ、じゃないか?」


 天使先輩の意外な(?)一面に驚きはしたけど、そんなに問題か?

 そう思っていると女神は『オーマイガッ!!!』と自身の額をぴしゃりと叩いた。おい、女神。


「ダメよ勇人、分かってないわ。こういうことが分かってないと、いい大人にはなれないの」

「お、おう……」


 おっかしいなぁ、この女神は異世界に俺を連れ去るべく現世に俺を迎え殺しに来てるんだけどなぁ? なに言ってんのかよくわかんないなー!


「あーゆー場所で飲むならハイボールでしょっ⁉」

「……そっすか」


 こだわるとこ、そこ?


○●○●○●


「ふふ、母さんは女神さんの言うことちょっと分かるなぁ」

「でしょう⁉ お母様っ‼」


 するといままで終始無言でニコニコしていた母さんが会話に参加してきた。おまけに母さんは女神の意見に賛同している。


「夕方の仕事上がりや一日の終わりの時間帯にパァーっと飲むならビールやハイボールの方が『らしい』わね。賑やかな場所なら尚更、ね」

「でしょう! でしょう!」


 そう言って母さんは不意に向かって右の無人の椅子を見つめた。


「…………」


 我が家の食卓の座席配置は少し変わっている。

 便宜上東西南北で説明すると『南に母さん』『北が調味料スペース』で『東は無人』、『西に俺と女神』という配置になっている。おかげで随分と窮屈だ。

 じゃあ女神か俺が無人の東側に座ればいいようなもんだがそうはいかない。無人の東は亡き父さんの座席だからだ。さすがの女神もそこへ座ろうとはしない。


「ナンパに、ハイボールか」

「酒場の華ですよねぇ‼」


 もしも、俺が異世界転生などしてしまえばこの食卓は母さん独りになってしまう。おまけに母さんのことだからそこに新たな面子を加えることもしないだろう。それは、駄目だ。

 俺は隣で盛り上がる二人をよそに絶対転生なんかしないと胸に誓うのだった。


「母さんと父さんの出会いも立ち飲み屋でのナンパだったわぁ……!」

「ええっ⁉ マジっすか⁉ で、やっぱりお飲み物はぁ~?」

「「ハイボール‼」」


 キャッキャウフフ


「…………」


 我が家にはシリアスが長持ちしない呪いでもかかってんのか?

 あと、母さん。ソレ初耳なんだけど?


「お酒の話もナンパの話も勇人には早いでしょう?」


 不服そうな俺に母さんが妙に色っぽいウインクをしながらフッと笑う。


「おおぅ、勇人もナンパに興味がおありでぇ~?」

「そりゃ、お年頃だもの~」


 キャッキャウフフ


 母さんは娘が増えたかのような調子で女神と盛り上がっている。


「……ない……断じて、ない」


 俺はうつむき、握りこぶしを作って恥ずかしさをどうにか潰そうとした。

 そんな俺の様子を楽しそうに二人は盛り上がる。


「またまたぁ~⁉」

「またまたぁ~⁉」


 キャッキャウフフ


「……ッ‼」


 大人 ―― 実の母親だって時にこんな話題で盛り上がることがある。

 そんな当たり前を知り、恥辱にもだええながら俺は少し大人になった。

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