④そうきたか⁉トラック転生
「ふぁぁ……!!」
午前中最後の授業は体育。マラソン大会に向けて校内ランニングをしている最中だが思わずあくびが出てしまう。
朝の騒動に続いて苦手な教科続きだった午前の〆がランニングなのだから仕方ない気がする。だけど理由はそれだけじゃない。
「はっ、はっ……!」
俺の隣では佐藤が息を切らせながら走っている。体力がないのでペースはかなりゆっくりだ。
「ゆ、勇人。僕に、合わせる、必要……ないよ?」
「ばか言え、ほっとけるか」
「……ありがとう」
魔法で全快したとはいえ、朝から1キルされてるんだ。メンタルが参ってしまっても不思議じゃない。
俺は前を見て佐藤と歩調を合わせて走ることに集中しようとした。
「…………」
「…………」
無理だ。
正直に言おう。俺は佐藤と離れたくないのだ。字面だけ見ると乙女チックだが、そういうことじゃない。
俺は『地雷原のように危険な俺の周囲に居てくれる佐藤が離れていくことが怖い』のだ。
いくらギャグ時空補正がかかるとはいえ日常的に死ぬ生活なんて誰だって嫌だろう。少なくとも俺が佐藤の立場ならとっくに距離をとっている。
まったく、乙女チックどころか女々しいことこの上ないじゃないか。こんな俺が転生先で勇者だなんてあの女神の見立ては間違いなんじゃないか?
「……っ、と……」
「…………」
佐藤には一度ちゃんと聞いたほうがいいんじゃないか? こんな危険な生活は止めにするのもアリだぞ、って。
いやしかし、コレは俺が楽になりたいだけか?
「勇人っ!」
「えっ?」
肩を叩かれ気が付くと佐藤は俺より先行していた。どうやら考えに没頭して足が止まりかけていたみたいだ。
「どうしたの?」
「あ、あの、いや……」
心配そうに俺を覗きこむ佐藤の瞳に俺の心は揺れる。何か言え、俺!
言いたいことはあるんだ。でもそれは口から出てはくれない。
かといって誤魔化しを口にすることも出来なかった。それがこの綺麗な瞳を濁らせてしまうのを見たくないから。
「え、えっと……」
「……あっ、勇人っ!!」
それでも俺は何かを口にしようとした。だけどそれが何かは俺にも分からない。
当然佐藤に突き飛ばされたからだ。
ギュウウゥゥゥンッ ザッ!!
俺が尻もちを着くと同時にけたたましい機械音が通り過ぎていき ―― 佐藤の脚が宙を舞った。
「は?」
突然のことに頭が真っ白になる。宙を舞う佐藤の細くて白い脚を目が追う。
切断。そう、脚は何かに切断されていた。視界になにかおかしな物が映り込む。
俺たちが走っていたトラックにパニック映画に出てくるサメの背びれのような物が出現していた。
地面から銀色で回転している何かが生え出て疾走していく。それに触れた人をバラバラに切り裂きながら。
「……回転丸ノコ?」
くそ! 完全に不意をつかれた。またあのクソ女神が仕掛けてきたんだっ!
いや、そんなことよりいまは佐藤だっ! 俺は佐藤へ手を伸ばそうと立ち上がる。
「さ、佐藤……!」
「すわっ⁉ これもトラック転生っ⁉」
「……は?」
俺の呼びかけを無視して佐藤は奇声をあげた。切断された脚に構わず膝立ちして俺を見つめニッコリ笑う。
「しょうがないなぁ、勇人は。アドリブが……効かないんだから」
「佐藤?」
「新しいパターンが来るとすぐ死にそうになるんだから……目が、離せないよ」
「さ、佐藤、早く……コッチに」
「ハァハァ、駄目だよ。僕らはリスポンするけど勇人は1キルで終わりなんだから。感情に流されちゃあ駄目だハァハァ」
「それはそうかもしれないけど、とにかくこっちに来いよ?」
俺が手を伸ばしても佐藤は首をフルフルと横に振る。いや、諦めんなよ? あと、やけにハァハァして頬を紅潮させてるのは気のせいか?
「もしかしたら……勇人は気にしてるかもしれないけど、僕はこのスリルと危険に満ちた生活、嫌いじゃないよ?」
「…………」
前から薄々そんな気はしていたけど、佐藤はこの生活を愉しんでいるらしい。ちくしょう、こいつも
そんなことやっているうちに回転丸ノコがすぐそこまで迫っていた。くそっ! 今日はなんて日だっ!
「それでも! いまは『いのちだいじに』でいこうっ⁉ なっ⁉」
俺の悲痛な叫びに佐藤はニッコリ笑ってサムアップを返した。
「それでも僕は『ガンガン逝こうぜ』……‼」
そしてそのまま佐藤はバラバラになった。
「ちくしょぉぉぉっっ!!!」
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