5
――僕たちはお互い見つけたものを見せ合うことになった。
僕はナイフ、伊吹はオイル式のランプと鍵が入っていたと思われる空箱、三島さんはベッドに付着していた粘液とシーツの下にあった手帳。
ランプの光で照らされる中、ナイフから調べる事になった。
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「古代ポリネシアのナイフみたいだけど、それ以上のことはわかんない」
そんな事をよく知ってるなこいつ、そう思いながら僕は鞘から刃を抜こうとする。
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「あれ? 抜けないなこれ」
「貸してぇ〜」と伊吹が挑戦する。普通、そこは三島さんじゃないの?
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勢いよく刃が飛び出る。ところどころが赤黒く錆付いているのが確認できた。
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「こりゃ人を刺したことがあるな」三島さんが渋い声で言う。「血液のついた刃物をろくに手入れもせずに鞘に納めるとこんな感じになる」
こっちも何でそんな事知ってるんだよと突っ込みたくもなるが、何かに使用したことは間違いないようだ。
ナイフは見つけた僕が持つ事になり、ランプはそのまま伊吹が持って行くようだ。なんだか気に入ったらしい。
次に、粘液を調べる。
【
ものの見事に全員失敗した。
「なんだろ〜ね、ネバネバァ〜」
「さぁな、魚でも置いてたのかもしれないな」三島さんがそう言った。
おそらく『生物』だろうか? けれどわからないモノはわからない、お手上げである。
そして、皆が気になっていた手帳に目が移る。
三島さんが慎重な面持ちで、腫れ物に触るかのように扱う。なんともないのを確認した後、一ページずつめくっていく。
大半が航海の記録のようで、海野幸人のものだと推測がついた。
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「すいません、ちょっと貸してください」三島さんの
【
この『調べる』という
ペラペラめくっていくと今回の件に関連していると思われるページにたどり着く、そこにはこう書かれていた。
『とうとう盗み出す事に成功した』
『本の呪術に対抗する精神力も入れると十二人』
『呪術に対抗する方法は本にまとめる』
『借りていた金を返すと手紙を出す、これで何人かは来るだろう』
『ついに全てが揃った、秘宝庫から冠を手に入れるのだ』
【
乱れた文字で『何がいけなかったのだ、退くにも三人、進むにも三人か……』と書かれている。
「ん〜、何かをしようとして、失敗しちゃったのかにゃ?」
「呪術ってあの三島さんを襲ったヤツでしょうか?」
「かもな、断定するのは危険だが……ともかく今は行動しよう」
しかし、そう言った三島さんは、扉のところで立ち止まっている。
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「不味いな」三島さんが上を見ながら言った。
「どうかしましたか?」
三島さんの後ろから、広間を覗こうとしている伊吹を部屋の奥へ引っ張る。
「わたしも見たいのにぃ」
「天井が下がってきている……それにこれは海面のようだな。潮の香りがする」
「時間がないってことですか?」
「あぁ、急いだほうがいいな。右の部屋に行こう、二人はここで待つか覚悟してついてくるか選んでくれ」
伊吹はなぜかドヤ顔全開でついていこうとする。僕としては三島さんの言葉に甘えて欲しかったのだが……
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たしかに天井は先ほど見たよりも下がってきており、はっきりと海面だとわかる、そしてその中を泳ぐ巨大な生物がいることも。
「この感覚、やはりキョウちゃんからもらっていて正解だったかっ! むふぅ」
伊吹の奴がまたそんなことを呟いていた。
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三島さんは右の扉に聞き耳を立て慎重にドアを開けていく。
伊吹も部屋に入りランプで照らす、こちらの部屋も六畳ほどの大きさでこぢんまりとしているが中には大量の衣服が重ねられていた。
三島さんはそれらを調べだす。
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男物や女物、あわせて十数人分くらいあるだろうか。財布や鍵、スマホなどがポケットに入っている、女性用のバッグもあり中身は同じくそのままになっていた。
三島さんはその中から身分証明書を集めていた。
「まぁ、俺たちが生きて帰れたら遺族に報告くらいはしてやらないとな」
「遺族、ですか?」
三島さんは僕を見やって、少し申し訳なさそうな顔をした。
「いきなりこんなヤバイケースに巻き込みたくなかった、悪いな」
それだけ言うと、荷物漁りに戻っていく。
その姿が、否応なく想像もしたくない現実を感じさせてくる。
ここで人が死んだのか? 押し込めていたはずの恐怖がじわりじわりと心を蝕んでいくのがわかる。こんなにも大勢の人を殺してしまう何かがいて、それなのに僕たちは出口すらわからない。僕は何を相手にしているのかもわからない。僕はどうすればいいのかわからない。
恐怖に呑み込まれそうになった僕は、目を閉じゴクリと唾を飲む。そして三島さんの顔を見ようと目を開けた。
僕が見たかったものは三島さんの頼もしい姿だったはず……だが、目に飛び込んできたのは、調べ終わった財布から現金をズバズバ抜き取っている伊吹の浅ましい姿だった。
ちょ、お前!
「伊吹!」
「研究資金を集めるのも支部長の大切な仕事なんだからねっ」
僕の抗議の目をその一言でかたづける。やっぱり深淵研究会は金を巻き上げるだけの怪しい宗教団体なんじゃないのか?
伊吹の人間味を感じられない言動に少し引きながらも、僕はともかく失敗した三島さんの手伝いをすることにした。三島さんが見つけられていない何かがあるのだ。僕のこの
【
これだ、猟友会の人たちが着ているような蛍光色のベストから銃の弾が3発出てきた。
それを三島さんに渡す。
「狩猟用の弾だな。銃がないと使えないが」
少し周りを見回すと、それは容易く見つかった。「これですか?」と、壁際に立てかけられていたモップやパイプ椅子、組み立て式の梯子の束の中から、猟銃を取り出し三島さんに渡す。
「使えますか?」
「あぁ。あまり使いたくはないが、こういうのには慣れている。悪いが俺が持たせてもらおう」
なんで慣れてるんだよ、という突っ込みは生き残ってからにしよう。
三島さんは猟銃の点検を始める。
【
ガチャ、装弾数はちょうど三発だったらしく残弾はゼロになる。
「なんだ? 興味あるのか。これはレミントンっていう結構有名な猟銃だよ」
「いや、興味がある訳じゃないですよ」目の前に銃があれば見るって。
部屋からは他にめぼしい物は見つけられなかった。僕らが顔を突き合わせると、伊吹が真面目な顔で話し始める。
「さっきわたしが覗いた部屋には動物か人か判別できない死骸が沢山あったょ、この部屋を見る限り人間だね……心構えをしていこ」と先ほどの三島さんの時と同じように事前に説明をした。こうすれば『正気値』減少が軽減されるのだろうか? なんとなくそんな感じがした。
部屋を出るとすでに海面はほとんど頭の高さまで下がってきて、中を泳ぐ怪物が人形をしているとハッキリわかる。
そう、頭が魚なのに手と足があるのだ。しかもかなりでかい、動物園で見る巨大なワニくらいある。
【
【
「なんなんだ、こいつは? 爺ちゃんが話してた怪物なんですか?」
何度も何度もしつこいほどに心の奥底から湧き出してくる恐怖にイラついた僕はつい大声を出してしまった。
「神話生物なのは確かだろうな」
「キョウちゃん落ち着いて、今は探索のことだけ考えたほうがいいょ」と伊吹がさとしてきた。
クソッ、伊吹のくせに生意気な。そう思いながらも深呼吸するようにため息をついた。
ふと目を三島さんの方に向けると、三島さんが拳をほどいてニコリと笑う。
「アッキーの真似事をしないで済みそうだ」
その意味の分からない言動に別の恐怖を感じた僕は、急いで正面ドア前に移動した。
【
「やはり、何か気配がする」
そして三島さんが改めてこちらを確認した後、ゆっくりと扉を開けていく……。
無意識の中に閉じ込めていたあのおぞましい悪臭が、再び塊となって鼻腔から脳内へ侵食してくる。
全員が思わず口と鼻を手で覆う、三島さんは部屋の中を見ると同時に目を背けていた。うわ、見たくねぇ! でもそう言ってる暇もない、僕らも部屋の中へと続く。
明かりは天井に吊るされた数個のランタンが照らしているため、はっきりと室内が見渡せる。一見するとレストランの調理場のような印象を受けるが、作業台の上には、解体し潰された何だかよくわからない肉塊が散らばっていた。
その脂肪の塊が床にも無造作に転がっている。
中には引き裂かれた筋肉が脂のせいで虹色に輝いている物もあり、大きな切り傷からは、あの悪臭を発するレモン色の膿汁がポタポタと滴っている。
少しでも触ろうものならひび割れた皮はパックリと裂け、その膿汁が中から大量に溢れ出すような感じがした。
そして奥には、頑丈そうな金属製の扉が見える。
【
全員無事に成功したようだ、とりあえずよかった。自分でも心のタフさがよくわからなくなってきた。壊れたり纏まったり、それとも外のアレよりこっちの方がマシだと僕は判断しているのだろうか?
無言の中、部屋を調べる。と言っても誰も物に触れようとせず見渡すだけだ、伊吹の奴は一つ一つをよく見ようともしない、気持ちはわかる。
【
膿汁が滴る音の中、何かが息をしているような音がする。
しかもリズムよく、まるで寝息のような……。
僕は作業台の横を通り、そちらの方へ静かに近づいていく。
作業台の裏には椅子があった、そこには周りの肉塊に溶け込むように座り、いびきをたてている得体の知れない何かがいた。
大きさも人くらいなら形も人だが、それは絶対に人ではありえなかった。
緑色のゼリー状の膨らみを全身にまとい、その丸い袋の中の膿汁が息に合わせて鼓動している。
間違いなくこの異形のモノは生きていると直感できた。
【
しかし、この
その様子を見ていた伊吹が興味ありげに近づいてこようとしてくるが、僕は手で制止する。
もしかすると中身は人かもしれない、そんな絶望的な希望をもってその怪物を眺めていると、
【
パリッ! とガラスの破片が割れる鋭い音が響いた、伊吹が踏んだようだ。
そして、怪物がゆっくりと体を持ち直すのがわかる。
自分の体をまさぐり、下を向いたかと思ったら立ち上がった。
三島さんが銃を構え、射線上から離れるように僕に首を振っている。
「なんだ来てくれていたのか」怪物がしゃがれた声で話し出す。
「えーと、歳をとると物忘れが酷くてねぇ、誰だったかな? ふむ、ちょうど3人来てくれるとは嬉しいよ」
結局、全員がその怪物の姿を目撃することになった。
【
【
【
「ん? そこの坊主はどこかで見た顔だな?」
「いえ、僕には化け物の知り合いなんていませんよ」
咄嗟にそう言いつつも、伊吹のことが心配で確認すると、黄色かった髪留めが真っ赤に染まり、目をグルグルさせ、涎をジュルジュルとすすり、ゾンビのように両腕を突き出したと思ったら……。
「キョウちゃわぁぁぁん」とあろうことか怪物に抱き付こうとした。
【
「可愛いお嬢さん、可哀想に発狂したのだね、ククク」
誰もが呆気にとられてその抱擁を止めることはできなかった、そして伊吹はこともあろうかその怪物を喰らい出す。
ギャブッ! ガブリ! 口からオレンジ色の膿汁が激しく弾け飛ぶ。
先ほどまで余裕を見せていた化け物も、これには意表を突かれたようで、
「くっ、くそっ! 離せっ!」と抵抗しているうちに、壁際まで押しやられている。
「おい、少年何をしてる? 早く止めろ!」
三島さんの一言で、僕は怪物と伊吹を引き離そうとするが、
【
伊吹の怪力の前には無駄な行為だった。三島さんを見ると呆れた顔をしながら銃を構え続けている。化け物より伊吹の方が厄介とか意味がわからない。と、そこに、
【
先ほど怪物が足で踏んでいたと思われる位置に鍵があった。伊吹が見つけた箱にあったやつか!? 僕はそれを素早く拾いあげる、その時。
「キョウちゃぁぁぁん」
伊吹が僕にターゲットを変更した!
腐敗した魚の臭いを口から漂わせながら、遠慮なく僕の顔面を膿汁だらけにしてくる。そして案の定引き剥がせない。
「やれやれ」そうしている間に、怪物が冷静さを取り戻してしまった。「まぁ、こんなことくらいでは怒らんよ、ゆっくりしていってくれたまえ。何か聞きたいことがあるなら話そうかな? ククク」
「あんたは海野さんか?」三島さんが化け物に聞く。
「そうだ、海野だ。原因不明の病になってな、このような姿になってしまった」
「病気? 何かの儀式に失敗したんじゃないのか?」
「ククク、そうだったかなぁ」
そんな会話が聞こえる中、伊吹の力が弱まるのを感じる。
髪留めは赤色から黄色へ戻り切らないもののオレンジ色になり顔は紅潮し、目はギュッと閉じていた。
なるほど、この髪留めは伊吹の精神状態によって変色するらしい。
こいつ、調子を取り戻したな。なら好都合だ。
現在、僕に絡みつく伊吹と三島さんの間に怪物がいる形になっている。僕はゆっくりと伊吹を引き剥がし、伊吹ならどうするだろう? と考える。そう探索者なら……手に入れた鍵で、先へ行こうとするはずだ。
僕は静かに奥の扉に近づき、ゆっくりとドアノブを回す。鍵がかかっているようだ。
これかな?
先ほど拾った鍵を差し込む、ピッタリと合う感触が指先に走る。
やったっ!
そう思い、一気に回すと。
ガチャ! 思ったより大きい音が部屋に鳴り響いた。
あわてて後ろを向くと、怪物もこちらを振り返っていた。
「キサマラァ!!」
「動くなっ!」と三島さんが怒鳴りつける、その手にはもちろん猟銃が構えられている。
「お前が、何か時間稼ぎをしようとしているのはわかっている。みのりん、正気に戻ってるな? 少年、みのりんと一緒に隣の部屋の探索を頼む、俺はこいつを見張っておく」
僕は三島さんの指示通り伊吹と共に隣の部屋へ移動する、伊吹は顔を真っ赤にしながらピッタリとついてくる。また頭がクラクラするのはこいつのせいだろうか、悪い気はしないけど。
そして部屋に入ると、三島さんがドアを完全に閉めるように指示してきた。
不思議に思いながら、それにも従う。部屋が真っ暗になったその瞬間。
【
ドンッと鈍い音が鳴り響く、続けてもう1発。
【
そしてドアが開き明かりが戻ってくる。
わずかな硝煙のにおいと共に「さて、急がないとな」と三島さんが入ってきた。
今、撃ったのか。誰を? 海野に決まってる。なら、海野は? バクバクする心臓を抑えながらも部屋を見回す。机と本棚が並ぶ書斎、どことなく爺ちゃんの部屋のような雰囲気があった。
ただ明らかに違うのは口に猿轡をされ、両手両足を縛られた黒ブチ眼鏡の美人が床に倒れた姿勢でこちらを睨んでいることだった。
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