第17話


“起きて。”


疵奈が声に気付き、恐る恐る目を開けると、そこには自分にそっくりな女性が立っていた。


「誰?」


“私は貴方。”


「疵奈?それとも国の創造者?」


“名は忘れた。”


「…そっか。名前が何かの引き金みたくなってるの?」


“あるかもしれないね。精獣達は名前さえも隠していたから。話をして良い?”


「ごめんなさい。どうぞ。」


“いくつか貴方には失礼なことをしました。”


「…。」


“1つはご両親。貴方の本当の両親は中枢の権力者です。一般民として産まれた貴方を迷宮の森に捨て、前の両親が拾いましたが何故か惨殺され、路地で座り込んでいた貴方を今の両親が拾いました。中枢の者は貴方を死んだものと思っているので今の両親が殺されることはありません。”


「…それは貴方がやったんですか?」


“はい。違うと言えば違うかもしれませんが、私が貴方の力を簡単に解放出来ないようにしました。”


「…どうして?」


“中枢の者は城とは敵対している者達。私でも何処に産まれるかは見当が付きません。”


「なら貴方のせいじゃない。力の制御も仕方なかったんだよ。」


“後は貴方の本当の記憶。私が知る部分は返すことが出来ますが、一番大切な記憶を城に隠しているはずです。そこに私の意志と受け継ぐべき力があります。”


「どうやって探せば良いの?」


“それは私にも分かりません。”


「…何とかする。」


“お願いします。その記憶が無ければ、結界は崩壊し、世界は壊れてしまうでしょう。生き残るのもどう足掻こうと貴方方4人だけ。他の者達は死ぬしかないのです。”


「何でそんなことするの…?」


“元々この世界を造ってしまったのは私の兄と妹。禁忌を重ね造りあげた世界。私は禁忌を重ねた2人の後始末をする使命があります。”


「そんなの間違ってるよ!!産まれた人はそれぞれ意志がある。感情がある。産まれただけできっとその人は奇跡の人なんだよ。貴方だってそうだよ。禁断の果実を食べて、未練を残し今まだここにいる。未練を残したまま死んじゃったって事でしょ?もっと楽しい生活が送れたはずだって思ってたんでしょ?それを私が世界を壊すことで本当に成り立つの?絶対無理じゃん!!自ら命を経てば、それだけの苦痛や未練はどうなるの!?」


“…長年、我慢して我慢して生きてきました。楽しいことは何もなかった…。”


「何で我慢したのさ!!」


“貴方に何が分かるというのですか!!”


「分かんないよ!!人の痛みなんてその人にしか分からない!!分かりたくもない!!けど、その痛みは生きてるって事でしょ?いつかその痛みをしのぐだけの楽しみがあるって事でしょ?誰しも痛みだけじゃ生きられない。痛みは本当の貴方が生きろって言ってたってことじゃないの?助けを求められなかったなら仕方ないし、ずっと苦しんでたのを気付けなかったのはごめんなさい。でも生きていて欲しかった。貴方が生きていれば変わったこともあったはずだよ。」


“たった1人だったのよ。”


「誰かが貴方にそう言ったの?貴方は独りだって。」


“違う。けど兄さんと妹の邪魔はしたくなかった。”


「きっとお兄さんと妹も後悔してるよ。話してくれなかったって。」


“話そうとしたわよ!!”


「けど諦めちゃったんでしょ?心がもたなくて。」


“そうよ!!何が悪いの!!”


「悪くないよ。貴方は悪くない。そしてお兄さんや妹も悪くない。ただ諦めないで欲しかった。」


“…私は何も持っていなかったのよ。私が全て悪かったのよ。それだけ。”


「そんなことないよ。いつだって誰だって話して欲しかったはずだよ。貴方が辛いって言葉を聞きたかったはずだよ。」


“もういい。”


「逃げないでよ!!今逃げたらまた同じ事の繰り返しでしょ!?楽になんてなれないよ!毎回思ってるはずだよね!!次こそは変われるって!!声に出してよ!」


“その程度のこと声に出したとて何も変わらない。”


「なら今すぐやって。そこまで言うなら簡単なはずだよね。」


“もちろん。”


「なら早く。」


“…変わりたい。”


「声が小さいよ。」


“…変わりたい!!”


「なら待っててよ!!私が追い付くから。今度こそちゃんと笑えるようにしてあげる。」


“たかだか小娘が。”


「そんな小娘に頼ったのはそっち。それに貴方は私。今まで何人と話し合ったかとか、出逢ったとか、貴方の傷も痛みも全く知らない。けど教えてあげる。信じる者は救われる。信じ続けたんでしょ?必ず守るよ。」


疵奈の前に立っていた女性は微かに目を潤ませている様に見えた。


「泣くの速くない?」


“泣いてなどいない。”


「ねぇ。独りだったんでしょ?ずぅーっと。」


“そう。”


「これからは独りぼっちとか言わないでよ。私が馬鹿みたいになるから。」


“貴方の働き次第ね。”


疵奈は優しい微笑みを向けると、その変な空間から出ていた。


だが、まだそこは現実の世界ではない。


『おかえりなさい。』


「零。貴方もありがとう。」


『いいえ。僕は主の傍にいられる事が何より幸せです。』


「もうどこも行かないから。帰ろう。私達の本当の家に。」


『はい。』


疵奈はそれだけ言うと、気を失ったように倒れた…。

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