第2話


「お前、誰?」


疵奈は木の上から軽々降りてきた青年に驚き逃げてしまった。


少しばかり走ったところで後ろを振り向くと、真後ろに先程の青年が立っていた。

青年は魔法使いの証でもあるローブを羽織り、その下はカッターとズボン。所々に飾り物が付いている。

疵奈は驚いて、その場で尻餅をついた。


「落とし物。」


その青年の手にはボロボロの袋があった。


「…ありがとうございます。」


紫呂しろ。あんまり持ち場から離れるとまた言われるよ。」


同じような姿をした青年がもう1人現れた。


「おう。今行く。」


「知り合いとかだった?」


「全く。」


若い2人の青年は何処かに行ってしまった。

疵奈は不思議そうに見ていたが、少しすると我に返り家に戻った。


「ただいま。」


「おかえり。」


家では母親が帰りを待っていた。


「今日はどうだった?」


「…うん。大丈夫。」


「疵奈。貴方が嫌なら転校だって考えてるのよ。」


裕福なわけではないが、貧乏でもない。

ただ何処の地に行こうともイジメが黙認されてる今は転校など無駄だった。


「お母さん。私は大丈夫だよ。幸せだもん。洗濯してくるね。」


そう言ってボロボロの袋を持ち、家の裏にある川に行った。

袋からボトボトになった制服を出し、おけに水をくんで手洗いをしていた。


「一般民って大変なんだな。」


声に驚き後ろを振り向くと、先程の青年、紫呂だった…。


逃げようにも脳内で色んな感情が渦巻いて逃げられない。


「手伝ってやろうか?」


「…いえ。」


「紫呂。」


先程一緒に居たもう1人の青年も来た。


「おう。哉汰かなた。何?」


「何じゃないよ。休憩だからって怒られるよ。」


「バレないって。」


「あっ、さっきの。こんばんわ。」


「…こっ、こんばんわ。」


「やっぱ哉汰の方がモテるからか?」


「言い方だよ。」


疵奈は目を合わせないようにしながら洗濯をしている。


「ごめんね。僕と紫呂は幼馴染みなんだけど、能力の開花が早かったから一般民の事を知らないんだ。悪気が合ったわけじゃないから。ほら行くよ。紫呂。」


「へーい。」


「…あの。」


疵奈は人見知りが激しく話したくてもうまく話せなかったりするのだが勇気を振り絞り声を上げた。

本当であれば一般民にとって憧れの存在である魔法使いの2人。話をしたりしたいと思うのが普通だ。

人見知りを克服するために1人で出歩きはするが、中々慣れなくて口を開くことはほとんどない。


2人との距離は遠かった。


話したい。でも何を話そうか…。

そんな思いがありながらも声を発してしまって慌てたが聞こえる距離ではない。


「何か言った?」


紫呂が気付いて振り向いた。


「…。」


「紫呂。」


哉汰には聞こえなかったようだ。


「ごめんね。」


哉汰が疵奈に近寄ってきて謝った。


「…。」


疵奈はまた答えられない。


2人は答えず怯える疵奈に軽く頭を下げ行ってしまった。


「…何を話せば良かったんだろう。」


疵奈は手を止め空を見上げて、その場に寝転び軽く目を閉じた。


『話せば良かったんですよ。あの者達なら大丈夫です。』


何処からか聞こえた声に飛び起き、辺りを見回すが何も見当たらない。


日も暮れ始めたので少し恐くなり、早々洗濯を終わらせると家に帰っていった。



翌日。

昨日と同じ道を通るが紫呂と哉汰の姿はなく、学校へ行った。


学校に着き、下駄箱で靴を履き替えようとしたが、靴はなぜかボトボト。


すぐ下の下駄箱も微かに濡れていた。


「天瀬!!」


「…はい。」


「物は綺麗に扱えと何度言えば分かるんだ!!靴が濡れていたら報告しろ!!」


「…すいませんでした。」


怒鳴り散らす先生の後ろには嘲笑あざわらっている女の子達。


騒ぎを聞いて他の生徒もちらほら見に来ていたが、疵奈に対するイジメは前からの事。

気にする者などいなかった。


「今日は学校の備品を貸す。自分の靴は洗って干しておけ!!」


「…はい。…ありがとうございます。」


先生は時には体罰も容赦なく与えた。

ここの学校には疵奈の味方など保健室の教員くらいしかいなかった。

だが、疵奈は校内の誰も信用していなかったので、挨拶程度しか話さなかった。


疵奈は言われた通りに靴を磨いてからスリッパを履き教室に行った。


「やっと来たの!?天瀬さん。遅いわよ。靴の件は聞いていたけど遊んでいたんじゃないでしょうね?」


「いいえ。そんなことはありません。遅くなり申し訳ありませんでした。」


「全く。貴方のせいで私のクラスが色々言われてるんだからね。昨日も途中から居なかったわね!?」


「…体調が優れなくて保健室に居ました。」


「そんな報告は受けていないわ。後で反省文を提出なさい。」


「…はい。」


疵奈は教室の端、廊下側の一番後ろ、掃除ロッカーの目の前にある机についた。

机の上にはその辺で摘んできたのか供えるように花が置いてあった。

クラスメイトや先生から嫌みを言われるのは毎日のことだった。

用があって話そうにも気持ち悪い等言われて話をまともに聞いて貰えないなんてのもいつものこと。

体育の授業もペアなど出来ず先生と組む。たまにそれすら出来ないと1人で壁相手にするしかない。

お昼ご飯ももちろん1人。いつもお弁当をひっくり返されるので、その前に逃げていた。

トイレに行くと頭から何も落とされないように傘を持っていく。

休み時間は机に伏してなるべく聞こえないふり。

そうすることで逃げるしかなかった。

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