#2

 ホテルの部屋の鍵を閉め、ゆっくりと彼女を抱いた。

 髪を撫で、そっとくちづけし、おもむろに官能の扉を開いた。

 触れば切れそうなほどシャープなラインの、黒いワンピース。

 背中のホックを外すと、驚くほどキメの細かい肌が現れた。

 人差し指を当てて、ゆっくりと背骨をたどってゆく。彼女の身体が小さくさざめく。

 ブラジャーのホックを外し、そのままウェストまでワンピースのジッパを下ろしてゆき、その肌を愛でる。

 彼女は両手を顎にあて、目を閉じて小さく、硬くなってゆく。


 最初それは、緊張なのだと思っていた。

 消して焦ることなく、ゆっくりと、ぼくは彼女を開いていくつもりだった。

 しかしその小さな違和感は、行為が進むにつれ、大いなる段差として彼女の身体に現れた。


 だいじょうぶ?、と聞くことがためらわれた。

 それは無粋だろうと思いつつ。しかし。

 どうしたのだろう、何を恐れているのだろう。

 その段差を気持ちとして理解した時、彼女の身体を探る指が、凍った。

 彼女にも、それがわかった。

 ふたりは性行為の途中で、言葉を失った。

 目を閉じていた彼女は、目を開き、ゆっくりとこちらに向き直った。

 性的興奮に身体を上気させながらも、それとは別の、羞恥の感情が、その表情を占めていた。

 抱き締めるぼくの手が、困惑でゆるんだその時、彼女は、言った。


 「―――わたしに、お仕置きをしてください」



 彼女はぼくの胸に頭をつけ、瞳を覗き込まれないように顔を伏せた。

 「お仕置き?」

 彼女はうなずく。

 「それって。。鞭とかロウソクとか、そういうの?」

 「お尻を…」消え入りそうな声で、彼女は答えた。「お尻をぶって、ください」

 「そういうの、、経験ないんだけど…」


 ぼくも、戸惑った。成人した一般男性としてビデオや雑誌、あるいはネットからの情報として、“そちらの世界”への野次馬的な知識はぼくにもあった。

 でも。それを見るのと自分でやるのはずいぶん違うことだ。ましてやそういう興味がそもそもないぼくが。

 胸に耳を当てていた彼女は、こちらを見ると、悲しげに微笑んだ。

 「感じるんです。そういうのが…」

 ぼくは物心ついてからこちら、男女の区別なく、人を叩いたことがない。

 叩かれたことはある。が、怒りや悲しみ、どのような感情をベースにしたところで、それを暴力というカタチで表現したことはなかった。

 正直に、ぼくは彼女にそれを伝えた。

 彼女のリクエストに答えることは、ぼくにはできない、と。

 その時ぼくのモノは力を失い、うなだれていた。


 彼女はそれを手に取り、そっと口にふくんだ。そして何も言わず、ゆっくりとやさしくフェラチオをした。その繊細な舌使い。目には見えない地下の水脈を探るように、丁寧に小刻みに舌が動いてゆく。

 彼女の行為は、いつかあの狭い焼き鳥屋でホモセクシュアルの友人が教えてくれたのと同じ意図を持っていた。水を流し、水を止め、渦を巻かせ、渦を放つ。やがてぼくのモノはいま一度、勃起を取り戻した。

 彼女はその小さな口の中に、それを含んだままぼくを見上げ、そして、一度口から出すと、言った。


 「あなたに、お仕置きして欲しいんです」


 その言葉に操られるように、ぼくはお仕置きを彼女に施した。

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