第3番 ~ゆっくりと厳かに

#1


 ベッドに腰掛けたぼくの腿の上に、膝立ちの彼女は上半身を伏せた。

 ぼくの右手にちょうど、ショーツを脱いだ美しいヒップがくるように。

 ぼくは一度、深く深呼吸すると、気持ちを固める。ゆっくりと、おごそかに。

 右手を肩の高さまで上げ、逡巡と戸惑いを消し去る。

 そして、振り上げた手で力任せに尻を叩く。

 皮と皮が鋭くぶつかり合う音が、ホテルの部屋に響く。

 彼女の高く、はかない悲鳴。


 もう一度。


 今度は少し肩を入れ、上半身をひねりながら、叩く。

 短く息を吸い込む彼女。悲鳴を出さぬよう、前歯で下唇を噛む。


 もう一度。

 いま一度。


 彼女の白く、美しい尻に、ぼくの手のひらの跡がピンク色に残っていく。

 気持ちを緩めず、ただ無言で。

 歯を食いしばって、か弱いその身体に、平手打ちを叩き込んでゆく。

 

 ―――叩くほうも、叩かれるほうも、必死。


 容赦をしてはいけない。鋭い音が鳴ればいいというものでもない。確実に痛みを残さなければ、意味がない。

 それを証拠に、彼女の内腿には、愛液のしずくが垂れている。

 叩かれる度、喉から漏れる嗚咽をかみ殺しながら、愛液と一緒に彼女は涙をにじませる。

 その尻を打ち付ける度、彼女が心を溶かしていくのがわかる。

 彼女に近づいていくのが、わかる。




 「―――わたしに、お仕置きをしてください」

 上気した頬を、ぼくの胸にこすりながら、彼女はそう言った。

 「わたし、だめな子なんです。いっぱい叱ってください」

 ベッドの中で、言われていることの意味が掴めずに、一瞬、手が止まる。

 小さな乳房。くびれたウェスト。やはり小さなヒップ。

 ややもすると少女を抱いているような気になってしまうけど、もう20代の半ばを超えたひとだった。


 都心の、大使館が点在するエリアにある昔ながらの屋敷をご実家に持ち、親御さんをはじめとした親族は、由緒ある家柄の系統だったようだ。しかしその資産にはおぼれることなく、キチンと職を得、自立した人だった。それだけ恵まれた環境にいながら、そこに甘えることなく自らに依って立つ姿に、こころ惹かれのだと思う。

 詳しく聞いたわけではないけれど、ぼくとあまり変わらない年のフィアンセが、いまは海外に長く出かけているようだ。

 年上の男性に、どうしようもなく弱いのだ、と彼女がいつか、漏らしたことがある。ひょっとしてファザコンなのかもしれない、と。

 極めて厳格で、現代ではありえないほど封建的な家父長制度のムードを持つ家庭で育った結果、ついつい年上の男性に依存してしまう傾向があるのだ、と背筋を伸ばして酒を飲みながら、彼女はそんな風に告白した。

 見た目はいささか幼い感じのする彼女だけれど、その心にはしっかりした芯のある、実に魅力的な女性だった。


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