第2番 ~ゆっくりと悲しげに
#1
「―――ホモセクシュアルなんですよ」
マグロのぶつ切りをつつきつつ、チューハイグラスのなかの梅を転がしながら、彼はさらりという。
年の頃は40代後半。
ぼくとひとまわりぐらいの差があるか。禿げた頭と、縁なし眼鏡。白いものが混じったあごひげ。顎の肉が少したるんで、何かのロゴマークのプリントされたTシャツを着ている。
おそらく、彼もいわゆる普通のサラリーマンではないのだろう。
サラリーをもらって暮らすような目つきをしていない。眼光はあくまで穏やかで、ゆるりとした物腰であるものの、その昼行灯の裏には、もっと鋭い何かを隠し持っているような気配がする。ぼくのようなフリーランサーか、あるいは会社経営か。そんなところだろう。
「ほら、あなた、この店の常連っぽいし、親しくなって他の人から聞かされるの嫌ですからね。先に言っちゃいますけど」
といって、彼は小さく笑う。ぼくは、はぁ、としか答えられずに返答に窮する。
「あぁ、でも口説こうなんて思ってるわけじゃないですよ。あなたがノンケなのは見ればわかりますし」
彼の目じりの皺は、より深くなる。
ぼくらは互いに行きつけにしてたこの小さな焼き鳥屋で、偶然隣り合わせに酒を飲んでいた。
夏の土曜の夕方。
カウンターの奥では、大将が額に玉の汗をかきながら、ぼくらのネギマやら砂肝やらを焼いていた。
焼き上がったぼくらの串が、間違えてたがいちがいのところにいってしまい、大将と笑い合ってそれを交換して。
そこからぼくらは、一緒に飲み始めたというわけだ。
「お住まいは?」
「二丁目です」
「じゃ、この店挟んでトイメン(対面)ですね。わたし、三丁目なんですよ」
「近所ですね」
ご近所同士が行きつけの焼き鳥屋で始めて交わす会話。礼を逸せず、でも親密に。
「二丁目のどのあたり?」
ぼくはある寺の名前を答えた。彼にはそれで、すぐに話が通じた。レストランやバァといった雑誌やネットに載っているランドマークでなく、寺の名前で話が通じてしまうのは、彼が本当の地元民だからだ。
「三丁目はどの辺ですか?」
答えて彼は、小さな教会の名を告げた。なるほど。あそこらへんか。
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