第3話【スポーツ】

 周りを雑木林に囲まれた高台にひっそりと建つ、私立ひととせ高校。そこに通う4人の少女たち……春陽、夏羽、秋桜、冬乃は特にこれといって代わり映えのない日常を送っていた。地域で大きなイベントもなく、あるのは田んぼと畑、それと……喫茶店ぐらい。今日も4人は放課後喫茶店に寄り、取り留めのない話に花を咲かせるのだ。


 カランカラン……

「マスター! 今日のあたしはミルクティーの気分だわっ!」

「ボ、ボクも……ハルお姉ちゃんと同じもので……」

「うちは麦のジュース! ジョッキで頼むっしょ!」

「麦茶ね。私はいつも通りベトナムコーヒーをお願いするわ」

「………………………………」

「そうね、今日は十甘でお願い…………するわ。私は本気よ」

 先ほどまで静まり返っていた店内に花が咲く。近所のひととせ高校の放課後に訪れる、喫茶店『BRIDGE』の日常風景である。メニューも見ることなく注文する彼女たちの言葉を聞くと、マスターはいつも通り、彼女たちの注文の品を手際よく作り始めた。そして注文を済ませた彼女たちは、いつものように店内祭奥のテーブルへと足を運んだ。歩きながら赤髪ツンツンボーイッシュな少女……蓮実夏羽がげっそりとした顔をしながら冬乃に言う。

「ふゆのん十甘は流石に健康に悪いっしょ……飲んでないのに胸焼けするじゃんね」

「今日はいいのよ。むしろ今日挑戦しなくていつ挑戦すると言うのよ。至高の十甘に!」

 いかにも学級委員長然とした白髪ロングの少女……白鳥冬乃は拳で天を突き上げそう言った。彼女のその姿を見て、親友の夏羽は手を合わせ彼女の生還を願った。彼女が心配するのも無理はない。なぜなら、このお店で出されるベトナムコーヒーの10甘とは、コーヒーと練乳が半々という、もはやコーヒーと形容して良いのかが怪しい代物だからだ。半分が練乳のため、練乳のコーヒー割りと言われても不自然ではない。糖質制限をしているわけではないが、普段あまり甘いものを飲まない夏羽からしたら、冬乃の飲むそれは地獄の煮え湯の様なものなのだろう。

「あはは……今の時期はたくさん運動してるから……甘すぎてもいいのかもね」

「その通りよ、アキくん。今なら何を食べても何を飲んでも0カロリー。寧ろ、プラスマイナスで考えればマイナスよ。体育祭万歳ってことね」

 いつもの4人席に着くと、先ほどの会話に幸薄な橙色のお団子少女……藤守秋桜が加わった。彼、もとい彼女は冬乃の愚行とも取られかねない行動の補足をする。そう……私立ひととせ高校は今まさに体育祭シーズン。学業が本業ともいわれる高校生が学業よりも運動を優先するこの時期は、ダイエットなどという言葉を一度頭から外し、暴飲暴食が許される時期なのだ。年頃の少女にとって、この甘い誘惑の期間を逃すわけにはいかなかった。

「その通りねっ! だからあたしも、今日はミルクティーにしたわっ! タピオカ入りのがなかったのが惜しいけど」

「あら、黒いツブツブならチョコチップがあったはずよ。マスターに頼めば特別に入れてもらえるかもしれないわね」

「……タピオカとチョコチップは全然別物だと思うわ、冬乃」

 糖分を解放して暴走気味の冬乃に、フワフワピンクのゆるふわ少女……小泉春陽がツッコミを入れる。春陽は普段は無糖のジャスミンティーを愛飲しており、どちらかといえばダイエット志向なカフェ生活をしているが、そんな彼女も今日に限ってはきちんと砂糖の入ったミルクティーを注文するなど、体育祭の魔力には勝てなかったようだ。因みにタピオカはチョコチップよりも太る。タピオカはヤバい。乙女の味方のフリして実は敵だったりする。私は太った。

 暫しテーブルを囲み談笑を交えていると、マスターは早速全員分の飲み物を作って持ってきた。テーブルの上にはカップが3つに、ジョッキとピッチャーが1つ。ピッチャーにはよく冷えた麦茶が入っており、その表面に水滴を垂らしていた。夏羽は気持ちよく一杯目の麦茶を胃に流し込むと、テンション高めに切り出した。

「そういえば、私たちの高校って体育祭をするじゃん? でも、中学までは運動会だったっしょ? なにが違うじゃんね?」

「それって、朝の会が朝のホームルームになって違和感あるーみたいな問題よねっ。当たり前に受け入れてたから、確かに考えたことはなかったわっ! うーん、何か違うのかしらっ?」

「パッと思いついたのだと、行う競技が違うのではないかしら? 運動会では玉入れや騎馬戦があったけど、ひととせ高校の体育祭ではそれはないわね」

 体育祭シーズンにお似合いの疑問に、まずは冬乃が答える。一発目の回答であったが、彼女の言葉に春陽たちは納得したようで、「あー、それかも」と2人で相槌を打っていた。秋桜は少し考えると、口を開く。

「えっと……体育祭は体育の授業でやるような競技しかしないのかなって……思うかも?」

「なるほど、アキくんの言う通りかもしれないわね。玉入れや騎馬戦は、体育の授業では行わないわ。逆に、授業でしているテニスなどは運動会では無かったのに、体育祭にはあるもの」

「アッキーの言ってることはかなり合ってるかもっしょ! リレーは授業にないけど、50mとかは走ってるし、まあそこはいいとするじゃんね」

「流石、私のアキねっ! 一瞬で今回の謎は解決だわっ! 今日はこれでお開き!」

「えへへ……ありがとうハルお姉ちゃん」

「いやいや、お開きのところにちゃんとツッコミ入れるっしょ! うちらの宴はまだ始まったばかりじゃんね!」

 優しい空間を作り上げる姉妹(偽)に、対面に座る夏羽が少々オーバー気味にリアクションを取る。そして冬乃は秋桜に言われたことを自分の中で反芻し、何か疑問が浮かび上がってきたようだ。白髪に付けられた青いフェイクジュエルのアクセサリーが揺れる。

「運動会で行われるのが運動……つまり体を動かすこと全般で、体育祭で選ばれる種目が、体育の授業で行われる種目だとすると、それは少し不思議なカテゴリー分類よね。そもそも、体育の授業で選ばれる種目の基準とは一体何なのかしら?」

「うーん、スポーツだと思うっしょ! テニスもバレーもバスケもみんなスポーツじゃんね!」

「夏羽、でもそれだと少しおかしいわっ! マラソンや50m走はスポーツじゃないと思うものっ!」

「ボ、ボクも50m走とマラソンはスポーツ……ってイメージはないかも?」

「お、おう……そうかもしれないっしょ。確かに身体を動かすだけじゃスポーツって感じがしないじゃんね!」

「スポーツか……スポーツじゃないか…………いいわねっ! みんなはどう思う?」

 春陽は他3人に同意を求めるように、視線を送る。皆一様に頷いて満場一致のようだ。

 賛同が得られたことで、春陽は一度パシリと小さく手を叩く。それに合わせて冬乃はスクールバッグから緑色の自由帳を取り出し、テーブルの上、特に秋桜の席に置いた。全ての準備が完了したのを見計らって、春陽は笑顔で口を開く。

「今日の議題は『スポーツ』! 体育祭をもっと楽しむためにも、今日は『スポーツ』について考えて行きましょっ!」

 掲げられたいつもと異なるティーカップ。こうして今日も彼女たちの日課が始まるのだった。


 *


「まずは『スポーツ』の定義の確認ねっ……でもスポーツって定義出てくるのかしらっ?」

「とりあえず調べてみるっしょ! 電子辞書を攻撃表示で召喚!」

 いつものようにテンションの高い夏羽は、右手で赤い電子辞書を掲げた。彼女たちの日課は初めに定義の確認から始まる。そしてそれを行うのは、夏羽の仕事なのだ。自らを「ググりの鬼」と称する彼女は、人差し指で一心不乱にキーボードを叩いた。

「うちのタイピング速度は、一分一秒、そしてこの瞬間にも成長しているっしょー!」

 物語の始まりから妙に最終回っぽい台詞をいう彼女であるが、実際のところ、高校に入って初めてキーボードを触った頃に比べタイピング速度は各段に向上している。平仮名入力なのはご愛敬。頑張れ夏羽、ローマ字入力は便利だからちゃんと覚えるんだ。出だしからパロディ多めでお腹いっぱいである。

「一応出てきたっしょ! 普段使ってる辞書に載ってなかったから焦ったけどね」

「でかしたわ、夏羽! それでどんな定義だったのかしらっ?」

 夏羽は電子辞書をくるりと反転させると、皆に画面を見せる。そこに書かれていることを確認し、秋桜は可愛らしい丸文字でノートに定義を書き写した。


【スポーツ】[名]広義の運動競技のこと。


「今回の定義は短いわね。そして、広義と書かれている通り、この定義は本当に広い範囲でスポーツを表していると思うわ。そもそも、端的な文章は局所的な意味合いを持つことは稀よね」

「でも見て、冬乃! 今回は補足説明も書かれているわよっ! なになに……『元々は遊戯を指していたが、最近だと競争要素の強い運動競技をさすようになった』だそうよっ」

 さらなる説明を見つけ、春陽は目を輝かせる。彼女の言葉に合わせて秋桜はその説明も書き入れていく。中々に長い説明であったが、彼女は電子辞書を見ることなく聴覚情報だけで文章を再現する。妹にはお姉ちゃんの言うことを忘れないという特技があるのだ。秋桜の暗記教科の点数が高いのは春陽との勉強会をしているからだったりする。春陽の点数については触れないでおこう。

 2人の会話を聞いた夏羽は何かたぎるものがあるらしく、再び電子辞書を右手に手を挙げた。

「元々は遊戯を指していた……これってつまり遊戯王はスポーツじゃんね! デュエル開始ィィィ!! 電子辞書を裏守備表示でセット!」

「全く違う! それに、セットする場合カードの中身はいう必要ない」

「ふゆのんそれは的確すぎっしょ……」

「あはは……ボクは詳しくないから雲を掴むような話だけど……カードゲームはスポーツじゃない……と思うかも? 確かに競争要素は……あるけど……」

「あっきーナイスアシスト! うちはそういうことが言いたかった! ……のかもしれないっしょ!」

 夏羽の調子のいい態度に、秋桜は苦笑いを浮かべた。それかけた話を春陽が軌道修正する。

「補足説明にも書かれていたけど、競争要素+運動というのが重要な要素になってくるのは間違いなさそうよねっ! 例えば、カードゲームは運動が入っていないからスポーツじゃないわねっ。でも……」

「どうしたの……ハルお姉ちゃん?」

「妙に引っかかるのよっ。さっき、マラソンはスポーツじゃないってあたしとアキは言ったじゃない? でも、マラソンは競争要素と運動を兼ね備えてるわっ!」

 春陽の言葉に冬乃がピクリと反応する。青い髪飾りのついた白い髪を小さく払うと、口を開いた。

「あら、本当ね。因みにマラソンがスポーツだと思えないのは私も同じよ」

「うーん、うちはマラソンはスポーツな気がするじゃんね。ハルっちたちはマラソンはスポーツじゃない派なんでしょ?」

 彼女の問いかけに、一同首を縦に振る。どうやら、『マラソン』に関しては意見が割れてしまっているようだ。このようにあることで 意見が割れてしまった際、とことん議論することも大切であるが、一度置いておいて、議論が温まってきた後にその話を持ち出して整合性をとるという方法もある。そのことを彼女たちは分かっていた。

「ならば、マラソンについては一旦保留するしかないわね。とにかく、全員何かしらの違和感を感じていることは間違い無いわ」

「じゃあ、やっぱりこの『スポーツ』の定義は、説明も含めてちょっと変だわっ!」

 春陽はそう言って周りに目配せをする。幾度となく繰り返した彼女たちの日課。他の3人も当然それを把握していた。全員の準備ができたところで、冬乃はメガネの位置を調整し、真剣な面持ちで始めた。


「全ての謎は『定義』の定義に隠れている」

「難しい大人は……色々考えているみたい……だけど」

「そんなの女子高生には関係ないじゃんね!」

「言葉は想いを伝えるものっ」

「ボクは知ってて……あなたは知らない……そんな何かを……伝えるもの」

「そしたら難しく考えることはないじゃん!」

「だとすれば定義とは『私たちの心に名前をつけること』でいいのではないかしら?」

「さあ、今日もノートの一ページを埋めましょっ!」


 各々が自分の飲み物を手にすると、それに口をつける。夏羽はいつも通り、ゴクゴクと気持ちのいい飲みっぷりで冷えたお茶を飲み干す。春陽たち3人は、小さな口でカップから一口。豊潤な香りと魅惑的な甘さが口の中に広がり、頬を染めた。体を動かすことの多いこの時期特有のプレミア感をはらんだ、いつもよりも糖分多めのお茶会のリスタートだ。

 一区切りついたところで、春陽がいつものように切り出した。

「それじゃあ、みんなが思い浮かべる『スポーツ』を挙げてみる……と言いたいところだけど、今回はさっきの補足説明をヒントに考えていこうかしらっ?」

「補足説明? ああ、さっき電子辞書に書かれてた、競争+運動ってやつっしょ!」

「そうよ、夏羽! おそらくあたしたちが求めているスポーツ像には、この2つの要素は入ってくると思うのよねっ」

 春陽はビシッと人差し指を立てたまま腕を突き出しそう言った。毎回このような議論を続けていくにつれて、春陽の進行も効率的になってきている。ただ闇雲に例を挙げるよりも頭を使った考え方だろう。

「私もその意見には賛成よ。そして、その2つの要素だけでは、私たちの求めている定義には足りない。だから……」

「競争も運動も入っててスポーツだと言えるのを探すってことっしょ!」

「ふふふ、そういうことよ。付け加えるなら、競争+運動だけどスポーツに思えないものも探した方がいいでしょうね」

「オーケー、分かったわっ! それじゃあ、競争+運動の要素を持ったスポーツといえるものとそうでないものを一緒に発表してもらおうかしらっ!」

「よーし、いっちょやってやるっしょ!」

 その言葉をきっかけに一同は思考を始める。頭を捻り、記憶を手繰り、自分の中にある言葉のイメージに合うものを探しているのだ。春陽に至っては「ウンウン……」と効果音を口に出しながら唸っていた。彼女は擬音を口に出す癖がある。

 しばらくして、全員の考えがまとまったところで春陽が音頭をとった。

「早速、発表していくわよっ! まずは、アキからっ!」

「う、うん……ええっと……ボクはサッカーはスポーツだと思う……かも。あと……アーチェリーは……スポーツじゃない……かな?」

「いい案ねっ! アーチェリーは思いつかなかったわっ」

 そう言って、春陽は秋桜の橙色の髪をワシワシ撫でた。頭のお団子が崩れてしまわないか不安になる動作であるが、彼女のお団子を毎朝作っているのは他ならぬ春陽であるため、そんなヘマはしないのだ。

「アッキーいいじゃんね! アーチェリーってあれっしょ、弓道のお洒落版? 確かにスポーツには思えないっしょ」

「別名洋弓ね。差し詰め西洋の弓道と行ったところかしら。春陽、次私が発表してもいいかしら?」

 アーチェリーについて補足すると、冬乃は手を挙げて意思表示をした。

「いいわよっ。冬乃、お願いねっ」

「私は、卓球はスポーツだと思うわ。そして、バレエはスポーツじゃない」

「卓球ねっ。卓球って地味だけど、なんだかスポーツの印象があるわよねっ」

「逆に、バレエは華やかさがあるけどスポーツではない。つまり、私が言いたかったのは、今回の議論は華やかさについては関係ないのではないかしらということよ」

 冬乃は意見を言い終わるとカップに一口。ほとんど練乳を飲んでるというのに澄ました顔をしておられる。頭撫で撫での刑から解放された秋桜は彼女の発言を聞き取り、しっかりとノートに書き留めた。

 ここまで2人の発言を聞いて、夏羽は何かに気づいたようだ。少々企み顔をして、夏羽は元気よく手を挙げた。

「ふふふ……はいはいはーい! うちもうこれ分かっちゃったっしょ! 因みに、うちが考えてたスポーツは野球ね!」

「野球……少し展開が読めた気がするわ。夏羽、一応どんなものがスポーツなのか教えてくれる?」

「えっ……もしかしてうちが考えてるのこれ間違い!? ちょっと言いたくなくなってきたっしょ……!」

 冬乃に誤りであることをほのめかされ、夏羽は狼狽する。しかし、冬乃以外は彼女が言おうとしていること、春陽と秋桜はわかっていない様子で、純粋な眼差しを向けていた。この目に勝てるほど夏羽は冷たい人間ではないのだ。

「えっと…………物を使って勝負しているかどうか……です」

「夏羽それって…………」

「あはは…………アーチェリーは違うって……話したばかりだったね」

「わああああああ! 完全に見落としてたっしょおおおお!」

 顔を赤くしてその場で項垂れる夏羽。彼女は猪突猛進な性格で結論を先走ることがある。しかし、彼女がズバズバと胸の内に秘めた意見を言ってくれることで議論が進んでいくのもまだ事実なので、彼女の存在自体がもろばぎりのようなものだ。成功率はまあまあ低めに設定されている。

「最後にあたしねっ。夏羽の意見をさらに困らせてしまって、ちょっと言いにくいのだけど……あたしはボクシングはスポーツだと思うけど、50m走はスポーツじゃないと思うわっ!」

「ボクシングは良い案ね。夏羽にあんなこと言ってしまった手前言い出し難かったのだけど、私自身、スポーツと物は切っても切り離せないものだと結論づけそうになっていたの」

「えー! ふゆのんもうちと同じ意見だったの!?」

「いいえ、運動+競争+物がスポーツの最低要素になってくるのかと思っていたのよ。夏羽と似た意見であることは間違いないけれどもね」

 いまいち夏羽は理解できていなかったので、秋桜はノートにベン図を書き彼女に差し出した。『運動+競争+物』の四角の中に『スポーツ』と『スポーツじゃない』の四角を重ならないように描かれた簡単なものであったが、夏羽は納得してくれた様子であった。因みに夏羽はベン図を知らない。

 全員の意見がまとまったところで、秋桜がノートに『スポーツ』『スポーツじゃない』と大きな枠を作って整理した。その図を見て、冬乃は顔をしかめた。

「これから、この2つの集合の共通点や相違点を考えていくことになるわけだけれど……これは何かしらね。さっき言った通り、物を使っていることにヒントがあると思いきや、例外があるわ」

「う、うん…………ボクは技術の問題かな、とも思ったけど……みんなが言ってくれたスポーツ…………じゃなくて競技?は……全部技術が必要……だよね?」

 普段核心的な意見を落とすことも多い2人も少し困った様子。見かねた春陽は自分も何か意見を言おうかと思い「ウンウン」と頭を捻るがいい案は浮かんでこなかったようだ。しかし、ノートをもう一度見返すと、あることに気づいた。

「夏羽、スポーツじゃない例を挙げてないわっ! もしかしたらヒントになるかもしれないから何かないかしらっ?」

「あっ、完全に言いそびれてたっしょ。でも、うちが考えてたの完全にネタだよ?」

「それでも何かあるかもしれないから、お願いするわっ」

「後悔しても知らないからね? うちはストリートファイターはスポーツじゃないって言おうとしたっしょ! だってストファイはe-Sportsだけどスポーツじゃないじゃんね!」

 軽くドヤ顔で彼女はそう言った。夏羽は運動神経抜群で運動することが好きであるが、それと同時にこう言ったサブカル要素に強い女の子なのだ。そういった面から男子にも人気が高く、告白されることが頻繁にあるが、彼女の朝活(古戦場ではなく5kmマラソン)に耐えられず大抵覇極ッする。サイゲ脳か?

「夏羽の言ってること、2人はわかる?」

「あたしは何となくだけど分かるわっ! 夏羽の好きなゲームはゲーム界ではスポーツの扱いを受けてるってことよねっ?」

「う、うん……ボクもハルお姉ちゃんと同じくらいの理解……かも?」

 ゲームに疎い彼女たちは、分かる範囲で言葉を紡ぐ。因みに、冬乃はあまり自分からゲームをする方ではないが、夏羽が好きなので自動的にその手の知識が蓄積されている。夏羽がゲーム好きなので、だった。失礼した。

 ゲームの話題になったので、春陽は自分のやったことのあるゲームについて尋ねる。

「ねえねえ、夏羽っ! マリオはe-Sportsになってないのかしらっ? あたしもマリオなら結構得意なのっ」

「うーん、マリオはe-Sportsになってなかったと思うじゃんね。でも、ネット上でクリアタイムを競うRTAってのをしてる人は結構見かけるっしょ!」

「そういうのがあるのね。記録を競うから50m走のようなものねっ。面白そう! アキ、今度やってみましょっ!」

「う、うん……ボクも……ちょっと興味あるかも」

 春陽はそう言って、お隣さん兼幼馴染兼妹の肩を叩く。肩書きが多い。2人は小さい頃から家族ぐるみで仲が良く、もう家を繋いでしまってもいいのではないかというくらいの関係になっていたりする。二世帯住宅である。どちらかといえばシェアハウスに近いか。

 姉妹円満な空気が流れる中で、春陽は何かに気づいたようだ。目をキラキラさせて、その場で立ち上がり口を開く。

「そうよっ! 今ので分かったわっ!」

「ハルっちわかったの!? でもうちが言ってたのゲームの話じゃんね?」

「いいえ、いいのよそれでっ。これまで挙げられてきた、スポーツじゃない例を見て」

 春陽は、ノートに書かれた秋桜の文字を指差す。『アーチェリー』『50m走』『バレエ』が丸四角で囲まれている。

「これら全部、直接対決してないのよっ! 例えばアーチェリーなら、矢を的に当ててその特点を競うじゃない?」

「あっ……確かに直接対決していない……ね。バレエも同じように演技をして……その得点を競う……って言ってもいいよね?」

「ええ、おおよそそれであっているわ。審査基準があってAやBとかの評価になるけれどもね」

「流石ふゆのん、バレエ経験者なだけあるっしょ!」

 そう指摘され、冬乃は頬を僅かに赤く染めた。冬乃的にはベタすぎるお嬢様系の習いごとをしていたことを極力表に出したくないのだ。

 ところで夏羽、そこの橙お団子も経験者だぞ。秋桜は悟られないようにそっと身を潜めた。

「春陽の意見は概ね同意するわ。ただ、ゲームと聞いてより相応しい考え方を思いだしたのだけど発表してもいいかしら?」

「いいわよっ。実を言うと、私もさっき言った後に、50m走は隣同士で走るから、直接対決に入ってしまうのではないかと心配になったのよねっ! もっと良い表現があるなら教えてほしいわっ」

「ええ、それも解決できるわ。ゲームには大きく分けて二種類のゲームがあるの。それは静学ゲームと動学ゲーム」

 先生が解説をする様に、眼鏡を一度クイッと上げた後、人差し指を立ててそう言った。

「何それ、ルビーとサファイア、ブラックとホワイトみたいな感じ?」

「それはポケモンね。そうではなくてゲームの種類のことよ。相手の行動と自分の行動が同時に行われるものが静学ゲーム。相手の自分が順々に行動を行うのが動学ゲーム。言い換えるなら、相手の行動で自分の行動が変わるか変わらないかということね」

「そういう考え方が……あるんだね。じゃんけんは静学ゲームで……大富豪は動学ゲーム……かな?」

 秋桜は自信なさげに言うが、あっているようで冬乃は首を縦に振った。夏羽はいまいちついて行けていないが、いつものことだろう。我慢できなくなった夏羽は目をくの字にしてうったえる。

「結局なんの話っしょ! うちにはちょっと難しすぎじゃんね!」

「大丈夫よ、もっと簡単な話をするから。とにかく私が言いたいのは『相手との駆け引き』の有無よ」

「駆け引き…………それよっ、冬乃!」

 春陽が興奮気味に立ち上がる。冬乃のそれは、これまでのみんなの意見を全てまとめるものだった。ミルクティーをゴクリと飲むと、カップの底が見えた。冬乃は周りを確認すると、秋桜たち3人もそろそろ飲み物がなくなるようだった。

「アーチェリーもバレエも50m走も、運動+競争要素があるけど、相手との駆け引きがないわっ!」

「卓球とボクシングは、リアルタイムで相手の出方を見てから行動することになるわね。だからスポーツ」

「野球もサッカーも同様っしょ!」

「これで今日の定義は完了……かな?」

「そうねっ! アキ! 仕上げは任したわよっ!」

 その言葉を受け、秋桜は本日の議論の仕上げにかかる。意見はもうまとまっているので、それを緑色の自由帳に書き入れるのだ。本日の1ページには、日付、タイトル、スポーツとそうでないものの集合、それに今回の例外であったマラソンもまとめられており、一番下の開いたスペースに再定義されたスポーツの定義を書き込んだ。


【スポーツ】[名]駆け引きのある運動競技のこと。


 新しく定義されたそれを見て、4人は満足そうに笑みを浮かべた。飲み物はすでにからになっている。楽しい時間もこれにて閉幕。

 マスターに挨拶をすると、彼女達はカフェを後にする。すでに日は落ちかけており、オレンジ色の光が彼女達を包んでいた。学校が終わってから随分と座ったまま話をしていたので、身体が固まってしまったのか夏羽は大きく伸びをする。

「ふー! 今日も楽しかったっしょ! これで明日の練習も頑張れるじゃんね!」

「そうね、明日も十甘を飲めると考えると運動も案外悪くないように思えるわね」

「冬乃……流石にアレを毎日はやめておきなさいっ……せめてタピオカミルクティータピオカ抜きチョコチップ入りくらいが丁度いいと思うわっ」

「それはもうタピオカミルクティの面影ないっしょ!」

 馬鹿話をしながら駅へと向かう4人。そんな中、ノートを最後に確認した時あることを思い出した秋桜が口を開く。

「ええっと……そういえば、マラソンって……どうなるのかな?」

「あっ! 忘れてたわっ! ナイスよ、アキっ。確か、夏羽だけ意見が違かったやつよねっ」

「完全に忘れてたっしょ! でも、今回の定義だとマラソンはスポーツになるじゃんね?」

「んっ? そうかしらっ? あたしはそう思えないのだけどっ……」

 最後の最後で再び齟齬が生まれる。しかし、冬乃は彼女達の疑問を解消する答えを既に持っていた。

 髪を払い、眼鏡をクイッと上げると誇らしげに話し始める。

「春陽とアキくんは中学が違うから無理もないわね。夏羽は中学の時は陸上部だったのよ。しかも長距離選手よね?」

「夏羽そうだったのっ!? よく走ってるのは知ってたけど陸上部だったなんてっ」

「言ってなかったっけ? うち中学では陸上部だったし、なんならひととせ高校には陸上部の推薦で入ったっしょ!」

 さも当然のように夏羽はそう語る。推薦入試で高校に入る人数は一般の約10分の1以下と言っても過言ではない。結構なレアモンスターなのだ。事情を知らなかった春陽と秋桜は驚きを隠せずにいた。そして驚きの後、彼女達の頭の中に疑問が浮かんできた。

「……あれ? でもひととせ高校には陸上部って…………」

「そうなんよね。実を言うと、うちらが入った年度に陸上部はなくなったっしょ。人数足りないのに推薦で入れちゃうなんてひととせ高校はお茶目じゃんね」

「あはは……お茶目で済むのかなぁ…………」

 済むわけがない。ただ、夏羽に関しては、自主的に地域のマラソン大会に出場し、しばしば賞をもらって実績を獲得できていることから、学校側からすれば推薦で入学させたのは強ち間違いではなかっただろう。

「とにかく、夏羽はマラソンという競技についてよく知っているのよ。だからこそ駆け引きがあるということを知っていた、ということね」

「そういうことねっ! それなら、意見が割れたのも納得ねっ」

「マラソンはかなり駆け引きあるっしょ! いつスパートをかけるかとか、先にリードしてから追いつかせてさらに突き放すとか、結構頭使うじゃんね」

 夏羽と意見が食い違っていた理由が分かり、春陽と秋桜は顔を見合わせて微笑んだ。学校生活は勉学だけでなく、運動も醍醐味の1つである。勉強ができるもの、運動ができるもの、活躍する時期は違えど輝くステージがちゃんとある。体育祭シーズンの今はまさに夏羽は輝いていた。

 いつもより大きく存在感のある彼女はオレンジ色の光を受けながら走り出した。

「よーし! 駅まで競争するっしょ! 一位だった人はうちから飲み物一本プレゼント! 自販機で!」

「いきなりどうしたのよ」

「そんなの決まってるっしょ! うちが知っててみんなが知らない、そんな何かを伝えること……カフェの続きじゃんね!」

 彼女の言葉に3人はハッとする。その提案は、春陽たちが普段していることと何ら変わらない、ただ少し言葉がないだけの対話だった。せっかくの青春時代、色々なステージでの楽しみ方を知っておいて損はない。制服姿で疾走する多少の恥ずかしさなど、楽しいことを追い求める彼女たちの前では無力だった。

 カフェからマスターがひょっこりと顔を出す。彼の目から、走り出す彼女たちの背中はより一層眩しく映るのであった。

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