第2話 【優雅】
周りを雑木林に囲まれた高台にひっそりと建つ、私立ひととせ高校。そこに通う四人の少女たち……春陽、夏羽、秋桜、冬乃は特にこれといって代わり映えのない日常を送っていた。地域で大きなイベントもなく、あるのは田んぼと畑、それと……喫茶店ぐらい。今日も四人は放課後喫茶店に寄り、取り留めのない話に花を咲かせるのだ。
カランカラン……
「マスター久しぶりっ! あたしはいつものジャスミンティー!」
「ぷはー! やっぱりシャバの空気は最高だぜ〜うちはコーヒーで! もちろんアイスだよ?」
「夏羽、あんたはいつ犯罪者になったのよ。私はベトナムコーヒーをお願いするわ」
「あはは……夏羽ちゃんにとって……テスト期間は刑務所だったのかも……ね。ボ、ボクも今日は冬乃さんと同じので…………お願いします」
「………………………………」
「ええ、アキくんのは一甘にしておいて。私のはいつもの甘さで」
閑散とした店内が一転し、少女たちの和気藹々とした暖かな雰囲気に包まれた。喫茶店『BRIDGE』に入った四人の少女たちは注文を済ますと、店内際奥のテーブル……彼女たちの指定席へと慣れた足取りで歩いていく。彼女たちにとって、『BRIDGE』は行きつけの喫茶店ではあるが、先週はテスト期間中で一度もここに来ることができなかった。そのため四人のテンションは大体三割増しぐらいになっており、夏羽にいたっては有り余る熱の矛先を不良行動に向けてしまったため投獄されてしまった。刑期一週間、テスト勉強の刑である。マスターはいつも通り無口で表情も読めないが、久々の常連客の来訪に少しそわそわしていることを、冬乃には見抜かれていた。
テーブルにいつも通りの配置で……春陽と秋桜が隣同士、夏羽と冬乃が隣同士で座る。四人がしばらく雑談をして待っていると、マスターが丸いお盆にジャスミンティーとアイスコーヒーを乗せて運んできた。作るのに手間がかかるためか、秋桜と冬乃の飲み物が少し遅れて到着し、彼女たちのお茶会がスタートだ。
芳醇な花の香りが漂う。花柄の可愛らしいティーカップに彼女は手を伸ばす。ジャスミンティーを一口飲んだ綿菓子の様にふんわりとした桃色髪の少女……小泉春陽は、カップを置くと明るい声音で切り出した。
「みんな、テストお疲れ様っ! 今日は飲むわよっ!」
春陽が握りこぶしを突き上げると他の面々も達成感に満ちた様子で「お疲れ様」と口にする。テンションの上がりきった夏羽はいてもたってもいられなくなり、立ち上がってアイスコーヒーのグラスを掲げた。
「ウェイウェイウェイ! テンション上がってきたっしょー! 祭りじゃ祭りじゃー!」
「あはは……夏羽ちゃん、テスト終わりの開放感でおかしくなってる……ね。えっと…………『パリピ』みたい」
「いいえ、アキくん。これは『ウェイ系』と呼ばれるものだと思うわ。頭のおかしな人という点では同じかもしれないけどね」
「なんかめっちゃ馬鹿にされてるんだけど!? ふゆのんたちひどーい!」
そう言って、赤茶のツンツンとしたショート髪の少女……蓮実夏羽が目をくの字にして隣の冬乃に抱きついた。まんざらでもない様子の冬乃であったが、我に返ると手を伸ばして夏羽を引き剥がす。引き剥がされた夏羽はキャラに似合わず、何故か急に大人しくなった。体調でもおかしくしたのだろうか。
「うちは結構ガサツなところがあるから、そーゆう風に見られそうだけどさ、全然違うからね。それに今日のうちは……」
そうして姿勢を整えると、アイスコーヒーのはいったグラスを右手で持ち、左手を底に添える。そして、ゆったりと余裕のある様子でグラスを唇に寄せた。普段の夏羽からは想像もできないお行儀の良さで、苦く黒い液体を一口。そしてテーブルにあった紙ナプキンで口元をお淑やかに拭くと、口元を押さえて皆に微笑みかけた。
「アイスコーヒー、おいしゅうございます」
「な、な、な……夏羽が壊れたわっ!?」
「夏羽ちゃん……急に…………どうしたの?」
「私が雑に扱ったばかりに……ごめんなさい、夏羽。救急車の番号は確か一七七……」
夏羽の行動が急変したのを受け、彼女を除く三人が一斉に慌て、心配し、自責をし始めた。冬乃にいたっては焦りすぎて簡単な三桁の数字すら忘れてしまう始末である。『明日は雨』というやつかもしれない。彼女たちの反応を見て夏羽は逆に困った様子で訴えかける。
「ちょっとちょっと! その反応こそ酷いっしょ〜! とにかく、うちが言いたいのは今日のうちはコーヒーとかのお洒落な飲み物を飲んでてお嬢様っぽいってこと! …………んっ! どうですか? 優雅でありますわよね。おほほほほほほ〜」
どうやら悪いのは体調ではなく頭の方だったらしい。声を作って夏羽はお嬢様のように高らかに笑う。そして、おもむろにスクールバッグから扇子を取り出し、それで奥ゆかしく口を押さえた。それをするのはお嬢様というより芸者さんであろう。夏羽の思うお嬢様像は芸者さんとごっちゃになっていた。夏羽はセンスがない。やっぱ今のなし。
少々カオスな夏羽ワールドに苦笑いを浮かべる秋桜と冬乃だったが、いつメンふわふわピンク担当のゆるふわ少女は違った。エセお嬢様然とした夏羽の態度に乗っかり、春陽はティーカップを持つと立ち上がる。
「確かに! あたしたち、高校生のクセに結構優雅な放課後を送っていると思うわっ! あたしも気分はお嬢様ねっ! おほほほほ〜」
「ハルっちさんもそう思いますか? 気分はもう上流貴族ですわ、おほほほほ」
賛同者を得て、勢いづいた夏羽は再び高らかに笑い声を上げる。類は友を呼び、友ができると正常な判断ができなくなるのだ。秋桜は店内に他の客が来ないかビクビクしていた。
「おほほほほほほほ〜!」
「おほほほほほほほほほほほほほ!」
歯止めの効かなくなった二人は、しばらくの間右手で飲み物を持ち左手で口を押さえて高笑う。そして彼女たちは互いに目配せし、息を揃え……
「「ルネッサーンス!!」」
どこぞのお笑い芸人よろしくワイングラスを、もといカップとグラスを重ねた。店内にカチンッと気持ちの良い高音が響く。夏羽は自分のグラスの持ち方が様にならないと感じたのか、グラスの底を持ってはみるが、バランスを崩しそうになったためやっぱり取っ手を持つことにした。おっちょこちょいな上流貴族である。
夏羽の行き過ぎたパフォーマンスを細い目で見ると、純白ロングの清楚な少女……白鳥冬乃はメガネをクイっと上げると冷静にお調子者二人にツッコミを入れた。
「んっ! 放課後カフェに寄るのは本当なら優雅かもしれないけど、夏羽たちのそれは優雅とは程遠いわね」
「あはは…………この盛り上がり……だと、お茶会よりも…………宴会みたい……だね」
秋桜は控えめに彼女の意見の補足をする。あまり騒ぐタイプではない彼女は、お騒がせな春陽と夏羽を見て、苦笑いと愛想笑いの中間のような笑みを浮かべていた。可愛い。秋桜の態度に不満があったのか、彼女のお姉ちゃん(自称)こと春陽はカップを置いて唇を尖らす。
「何よ、アキまであたしたちの敵だって言うのー! ブーブー!」
「そうだそうだー! お姉ちゃんを困らせる妹なんてダメっしょー!」
「その通りねっ…………待って、お姉ちゃんを困らせる妹……いいじゃない! 可愛い! 萌えねっ。アキはもっとお姉ちゃんを困らせてもいいんだからねっ!」
「えぇ…………ボクはどう反応すればいいのさぁ…………」
お団子をこしらえた橙髪の幸薄そうな少年もとい少女……藤守秋桜は目をくの字にして困った様に声を上げた。やっぱり可愛い。冬乃は秋桜のその様子を見ると、助け舟を出すこともなく一人微笑んでいた。彼女もこちら側の人間なのである。
春陽と夏羽はひとしきりお嬢様ごっこをし終えると、ゆっくりと腰を落とし冷静さを取り戻す。具体的には声のトーンがいつも通りに戻った。貴族仕様でない。
「うち、気付いちゃったっしょ……今のうちは全然優雅な上流貴族じゃない! どちらかと野蛮人じゃんね!」
「あたしもそう思うわっ! でもおかしいわね? 放課後にお茶会して、あたしはジャスミンティーなんてお洒落な飲み物を飲んでるのに、思ったほど優雅じゃないわ?」
「思ったほど、どころか品も何もかも全くなかったと思うのだけど」
「ふゆのん酷いっしょ〜!」
今度は夏羽が目をくの字にしてそう言った。最近目をくの字にするのが女子高生の間で流行しているようである。主語を大きくし過ぎた。
春陽は自分が思っていたより気品高い自分になれていなかったことに首を傾げる。春陽の疑問、それこそが彼女たちのお茶会の真の始まりを運んでくるのだ。
「やっぱりおかしいわね……お茶会をするだけじゃ優雅とは言えないみたいだわっ」
「あはは…………ハルお姉ちゃんと夏羽ちゃんは…………形だけだったから……かもね」
「形だけじゃないっしょ! ちゃんとカップも貴族持ちしたじゃんね!」
「ふふふ……それを形だけって言うのよ、夏羽」
春陽は収集のつかなくなった会話に終止符を打つように、パシリと手を小さく叩く。そして、彼女は冬乃に目配せをし、いつもの用意をするように訴えた。それに応えて冬乃が緑色の自由帳をスクールバッグから取り出しテーブルの上に置いたのを見計らい、春陽は口を開いた。
「とにかく、今日の話題が決まったわねっ! 今日は『優雅』について考えて行きましょっ! 上流貴族になるためにもっ!」
桃色の髪を揺らしティーカップを高く掲げると、そう告げる。
こうして今日も彼女たちの日課が始まるのだった。
*
「まずは『優雅』の定義の確認ねっ。夏羽、いつものお願いっ!」
「ルネッサーンス! 伝家の宝刀、電子辞書登場~真っ赤だから三倍速く検索できるじゃんね?」
「いや、その理論はおかしいわね」
冷静にツッコミを入れる冬乃を他所に、夏羽は電子辞書を慣れない手つきで操作し始める。日本語入力で、『ゆ』と『う』と『が』を人差し指で打ち込むと、画面を正面の席に座る春陽の方に向けて電子辞書を差し出した。動きが怪しい取引に見えなくもない。
「こんな感じっぽい」
「ふむふむ…………なるほど、なるほど」
春陽は辞書に書かれた『優雅』の欄に注目してそれを読み上げた。
【優雅】[名・形動]しとやかで気品があること。また、そのさま。
俗事から離れて、ゆとりのあること。また、そのさま。
それに合わせて秋桜は、冬乃が持参したいつもの自由帳の一ページに丸文字で言葉の定義を書いていく。仲良し四人組で一番字体が可愛らしい彼女は、書きあげた『優雅』の定義を誇らしげに眺めていた。字が可愛いければ性別関係なく女の子である。よって秋桜は女の子。AED証明終了。世界の男女比率壊れる。
言葉の定義を確認したところで一同首をひねったり顎に手を当てたり爪を噛んだりしながら思案する。
「しとやかで気品がある……? 気品ってどういうことかしらっ?」
「きっと気高いとかの意味っしょ! つまりライオンじゃんね」
「あはは……でもライオンはしとやかではなさそう……だね。どちらかといえば……獰猛かも」
「『気品ある』を一言で表すなら上品という言葉がいいかもしれないわね。でも、そのお上品というのも、考えだすと少し難しいわけだけど」
冬乃は渋い顔をしながらそう言った。学校の成績も良く、核心的な意見を落とすことの多い彼女であるが、今回のお題については少し苦戦しているようである。夏羽は彼女のそんな気持ちを知る由もなく、能天気に表情を明るくする。
「なるほどふゆのん頭いい〜! それよりうちは『そのさま』が気になるっしょ! なにこれ、殿様の親戚?」
「『その様』よ。その様子って意味。夏羽の感性はいつも明後日の方向に向かっていて斬新ね。私は嫌いじゃないわ」
「でも殿様は優雅っしょ! あっ、バカ殿様は違うかも……?」
「あはは……あの人はコメディアンだから…………除外して考えた方がいいかも……ね?」
バカ殿様と言って今どれだけの人に通じるのかが甚だ疑問である。秋桜は聡明で博識であるため、夏羽のボケを見事に華麗に拾ってみせた。いや、この世界ではバカ殿様は一般常識なので拾えて当然であった。そういうことにする。アイーン。
冬乃はズレかけた話の筋を元に戻し、続いて疑問を投げかける。
「一つ目の定義にも疑問が残るけど、私としては下の定義の方が分からないわね。こちらは私たちが良く使ってる意味の『優雅』とはかけ離れているもの」
「俗事から離れて……ってところだよね……? これは……ボクも少し違和感を感じるかも……」
「ねえ、ねえ、アキ? 俗事ってどういう意味? お姉ちゃん分からないわっ!」
「ええっと…………日常生活みたいな意味だったかも。ボクもちょっと記憶が曖昧だった……ごめんなさい」
「だったらうちが調べるっしょ! 俗事……ぞくじ……この字って『ぞくじ』って読むんだね。『よくじ』に見えない?」
「多分夏羽は浴槽とか沐浴とかの『浴』と混同しているのだと思うわ。一応『浴』も『俗』も常用漢字だったはずよ。中学校までに習ってるのは間違いないわ」
「ぐぬぬ……何も言い返せないっしょ……!」
まったくである。この場に聡明で博識な秋桜と冬乃がいなければ夏羽はキーボードに無限に『よくじ』と打ち続けるも漢字が出てこず、最終的に『人谷 漢字』と検索をかけて読み方を調べていたことであろう。まあ、電子辞書ではそれができないが。察してくれ。
苦虫を噛むような表情をしていた夏羽はなけなしのプライドを握りしめ言葉の意味を調べた。
「くっ……出てきたっしょ。これじゃんね」
夏羽が秋桜に電子辞書を向けると、彼女は筆を走らせすぐに言葉の意味を写し終えた。
【俗事】[名]世俗のわずらわしい事柄。日常の雑事。
ノートに書かれた秋桜の文字を、春陽はゆっくり丁寧に読んでいく。そして、これまでの悩ましげな表情から一転、パァと花が咲くように笑みを浮かべた。
「世俗のわずらわしい事柄……日常の雑事……なんとなく分かってきたわっ! 今ならアキの言ってた意味も分かる。簡単に言えば日常生活のあれこれってことねっ!」
「う、うん。それと人間関係のこととかも……入って来るかもね」
「なるほど人間関係ねっ…………もしかしてアキは人間関係が煩わしいって思ってる!?まさかお姉ちゃんのことが嫌いにっ!?」
「ち、違うよ! ハルお姉ちゃんのことは…………でもたまに……ベタベタしすぎかも……」
「んっ〜〜〜〜! アキがあたしのこと嫌いになっちゃった〜! もう明日からどう生きていけばいいのか分からないわっ! こうなったらアキの家で家族会議するしか……!!」
「ふええ……もっとややこしくなるからそれは勘弁してよぉ……」
秋桜は頭を抱えて発狂するお姉ちゃんの腕を掴むと弱々しく必死の抵抗をした。そもそも他人の家で家族会議とはこれ如何に。姉弟漫才にキリがついたところで、夏羽はスッと手を挙げて発言する。
「でも、これで分かったっしょ! 俗事から離れてゆとりがある……これはきっと仙人のことじゃんね!」
「確かに、言われてみればそう受け取れなくもないわね」
「仙人ってどんな人? あたしはよく分からないわっ!」
「ええっと、真昇竜拳出せる人! あれ…………でもリュウも真昇竜出せるじゃんね。なんでだこれ」
「道着キャラは色々複雑な問題を抱えているのよ。それと格ゲーで例えるのはやめなさい。仙人はイメージだけど、山籠りしてる長髭のお爺さんってところね。なんとも言えない凄みがあるわ」
「ありがと冬乃。なんとなく察したわっ……ちょっと不潔そう。全然優雅じゃないわねっ!」
「後ろ投げからウルコン入るのは確かに汚いっしょ」
「それは意味が違う」
冬乃が流れるようなツッコミを入れたところで、春陽はパチンと手を打ち三人を見回した。少女たちの日課、その開始の合図だ。
「それじゃあこの『優雅』の定義は少し変ね。なんだかしっくりこないわっ!」
「そう……だね。本来の意味はこうなのかもしれないけど…………ボクたちの感覚とは…………ズレているかも」
「それはどうしてっ?」
秋桜の言葉に春陽が疑問を返す。疑問を返した相手は……冬乃だ。冬乃はメガネの縁を持ってクイっと上げると、真剣な表情で最初の言葉を紡いだ。
「全ての謎は『定義』の定義に隠れている」
「難しい大人は……色々考えているみたい……だけど」
「そんなの女子高生には関係ないじゃんね!」
「言葉は想いを伝えるものっ」
「ボクは知ってて……あなたは知らない……そんな何かを……伝えるもの」
「そしたら難しく考えることはないじゃん!」
「だとすれば定義とは『私たちの心に名前をつけること』でいいのではないかしら?」
「さあ、今日もノートの一ページを埋めましょっ!」
四人が各々自分のカップやグラスを手に持つ。グラスの夏羽はアイスコーヒーをグイッと気持ちよく一飲み。カップの面々はソーサーから音がしないように持ち上げ口に運び、それを一口飲むとほんの数秒の沈黙の時間に彼女たちは浸った。
「それじゃあ、『優雅』に必要な要素を考えていくわよっ!」
「『優雅』は名詞もあるけど、形容動詞で使うことの方が多いから、『優雅』単体を考えるのではなく、『優雅』とされる物事の例を上げていくのが懸命かしら? アキくんはどう思う?」
「ボ、ボクも……冬乃さんと同意見……かも?」
「ねーねー、ふゆのん。形容動詞ってなんだっけ?」
「形容動詞は用言の一つ……つまりは述語ね。『〜だ』で終わるわ。綺麗だ、正直だ、便利だ、とかがあるかしら」
「ふーん。なんだか名詞っぽいじゃんね。うちの中では漢字二文字は名詞に見えるっしょ」
「あはは……夏羽ちゃんのその感覚は…………合ってると思うよ。実際、形容動詞については、学者さんの間で意見が飛び交ってるって……聞いたことがあるから」
秋桜は苦笑いしてそう言った。冬乃もこの手の話を聞いたことがあったのか、彼女に合わせて渋い顔をしていた。二人の態度で気になったことがあったのか、未だに首を傾げていた。
「どんな意見があるの?」
「形容動詞は…………そもそも存在しないんじゃないか……って言う人もいるみたい。名詞や、形容詞と合わせられる…………って」
「なにそれ最高っしょ! この世界から形容動詞がなくなったらテストで勉強しなくていいじゃんね! うちはその説唱えてる人全力フォローするっしょ!」
「あはは……テスト勉強、少しは楽になる…………かな?」
「それはどうかしらね。新しい単元が入るだけのように思えるけど」
「ぐっ……それは想定外っしょ……!」
夏羽は冬乃の一撃をくらい、テーブルに突っ伏した。テスト明けの夏羽にとって、勉強範囲が増えるなんて言葉は、即死魔法に近い効果があるのだろう。ここまで黙りっぱなしだった春陽が話を元に戻す。
「とにかく、あたしも冬乃の意見に賛成よっ。夏羽は……死んでるから置いておいて、アキは賛成だったのよねっ?」
「う、うん。ボクは賛成……だよ?」
「分かったわっ。それじゃあ、みんなで優雅なものをそれぞれあげましょ!」
春陽がそう促すと、突っ伏したはずの夏羽が飛び起きて、真っ先に手を挙げた。精神は削られても体は元気なようだ。頭で考えるより速く、心臓にならって動いている可能性まである。
「はい! うちは、ふゆのんこそが優雅だと思うっしょ!」
「は、はぁ!? あんた何言ってるのよ!」
突如、冬乃の真っ白で雪のようにきめ細かい肌が赤く染まる。夏羽はその様子がおかしかったのか、さらに冷やかしを入れる。
「だってふゆのんは見た目も口調も行動も、全部優雅っしょ! どっかのお嬢様みたいじゃんね!」
「確か……冬乃の家って結構大きかったわよね? もしかして本当にっ!?」
「ち、違うわ! ちょっと家が大きいだけで……」
「習い事とかしてた?」
「小さい頃にピアノとバレエはして」
「やっぱりお嬢様じゃんね! 中学の頃はそんなそぶり見せなかったのに、これが脳ある鷹は爪を隠すってやつっしょ!」
ピアノとバレエはお嬢様の嗜みである。たとえ冬乃がお嬢様でなくても、蓮実夏羽が打ち立てた『ナツハの定理』[一]より、それっぽい習い事をしていればお嬢様であることが証明される。世界のお嬢様比率壊れちゃう。お嬢様比率ってなんだ。([一]内容は夏羽の気分で変わるので記述できない。)
ここで秋桜がギクリとバツが悪そうな顔をしているのは、彼女もピアノとバレエを齧ったことがあり、飛び火からの火事を恐れているからである。
「夏羽の意見は分かったわっ。冬乃は優雅なのは分からなくもないわねっ。冬乃は他に優雅なものって何があると思う?」
「私が優雅なのは保留しておいて頂戴。私は…………そうね。バレエの話題が出たから、こういうのはどうかしら? クラシック音楽。これは一般に優雅なイメージがあると思うのだけど」
「確かに、クラシック音楽は優雅なイメージがあるわねっ。あたしもそう感じるわっ!」
「ボ、ボクもそう思う……かな? 落ち着いていて……お洒落に思えるよね。カフェ……とかで流れてそう」
秋桜がそう呟いた瞬間、他の三人は同じことを考えたのか、同時にグルリと首を回す。そしてその視線は黒いサングラスをかけた無口の男性……マスターに注がれる。マスターは話を振られそうな雰囲気を察して、すぐに店の奥に姿をくらました。逃げ足の速いマスターである。
「逃げられちゃったっしょ……」
「曲名くらい教えてくれても良かったと思うのだけど、嫌なら仕方ないわね。一応クラシックみたいよ」
「冬乃はマスターの言葉が分かるのすごいわねっ。あたしもこのお店には結構通ってるはずなのに、まだ全然分からないわっ!」
「あはは……冬乃さんの隠れた特技……だよね? マスターとの会話」
「会話というかテレパシーじゃんね」
店内で流れる緩やかな音楽を聴きながら、四人は飲み物に口をつける。夏羽のアイスコーヒーは既になくなりかけていた。例のごとくテーブルには夏羽用にピッチャーでアイスコーヒーが置かれており、二杯目のアイスコーヒーを注いだ。秋桜が控えめに手を挙げる。
「えっと……ごめんなさい。さっきクラシックは……優雅だって言っちゃった……けど、ちょっと違うの……かもしれないなって」
「それはどういうことかしら、アキくん」
「例えば……運動会でよく流れる…………剣の舞は激しい曲調で、優雅ではない……かも」
そう言われて、冬乃の顔は鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情に変わる。彼女の意見に春陽たちも驚いていた。
「それは……盲点だったわ。クラシックと一口に言っても、全てが優雅というわけではなさそうね。ありがとうアキくん」
「うちもその曲は知ってるっしょ! テテテ、テテテテ、テテテテ、テテテテ、テレテレテレテレテ〜。競争の時あれが流れるとやらなきゃ、って思うじゃんね!」
「あたしもあの曲は優雅というより、闘争心を煽るような……最初に出たライオンに近いと思うわっ!」
夏羽は上機嫌に鼻歌を歌う。少し大胆な音程をしている(婉曲表現)が、皆の頭の中には徒競走のド定番曲がしっかりと流れていた。冬乃の意見に区切りがついたところで、春陽が次に話し始める。
「難しくなってきたわね……それじゃあ、次はあたしの思う優雅なものを言うわねっ! あたしは、カップで飲み物を飲むのが優雅だと思うわっ!」
「カップで飲み物を? それはつまり、今春陽が飲んでるジャスミンティーや、私とアキくんが飲んでるコーヒーは優雅だけど、夏羽のアイスコーヒーは優雅じゃないということかしら?」
「そうなるわねっ。入れ物が変わると、飲み方が変わると思うのよ。飲み方によって優雅に見えたり見えなかったりしない?」
「ハルっちさん突然の裏切り!? 一緒に優雅になる仲間だったじゃんね〜!」
夏羽は同志からの突然の攻撃になすすべなく撃沈。景気付けと言わんばかりに、二杯目のアイスコーヒーをゴクッと一気に飲み干した。あまりの飲みっぷりの良さに、春陽もつられてジャスミンティーに口をつけた。
「ええっと……夏羽ちゃん。その一気飲みが……あまり優雅じゃない……のかも?」
「え、これ? これはグラスの飲み物の作法だから、直せないっしょ!」
「直す直さない、じゃなくって優雅かどうかの話しよ。春陽とアキくんの言う通り、優雅さは飲み方一つで変わるものね」
感心したように、冬乃は頷いた。秋桜は、これまで出た意見をノートに書き込みまとめる。ノートには、『飲み方』『クラシック』『冬乃さん』と書かれており、クラシックに伸ばされた線の先には『剣の舞は違う』と補足も入れられていた。
「まとめありがとねっ。アキは意見ある?」
「ボクは……今日はない……かも。強いて言うなら、最初に夏羽ちゃんが言ってた……バカ殿様は優雅じゃないなって……思うくらい」
「否定形で定義をするのはあまり好まないけど、全体像を掴むのにはいいと思うわ」
「それも重要なことよねっ。一応書いておいてっ」
春陽の指示通りサラッとバカ殿様についての記述を終えると、その隣に彼の似顔絵を秋桜は描き始めた。デフォルメされた可愛らしいその絵を対角に座る夏羽は覗き込むように見ていた。
「例は出したところだし、そろそろ具体的に定義を考え始めましょうっ!」
「そうね…………でも今回の議題は難しい気がするわ。なんというか、フワフワしているというか……結局これは概念的な話になってしまうじゃない。名詞であれば比較的簡単だったのだけど」
「そう……だね。出てきた例も…………何か共通点があるか考えてみたけど…………ちょっと見つからない……かも」
冬乃は冷静に今回の議題に難点を告げる。このことについては、秋桜も感じていたのか、同じように力の抜けた表情を浮かべ、若干お手上げムードだ。一同難しい表情を浮かべる中、桃色フワフワ系女子こと春陽だけは若干の笑みを浮かべていた。彼女にはこの状況を打開する案があったのだ。
「ふふふ……今回はあたしの頭の回転が絶好調だったようねっ! アキが戸惑うのも今なら分かるわっ! ジャスミンティー最強っ!」
「なになに!? ハルっち分かったの!? 教えてほしいっしょー!」
「あはは……ジャスミンティーの力はすごいね」
春陽の中でジャスミンティーはどんな存在だというのか。ジャスミンティーには心を落ち着かせる効果があるため、リラックスした状態の方が意見が出しやすいということなんだろう。春陽式思考法だ。本にして売り出せば印税でどれだけのジャスミンティーが飲めるのかは定かではない。春陽はノートに書かれた『クラシック』を指差し、話を続けた。
「この『クラシック』だけ、仲間はずれなのよっ!『冬乃』『飲み方』はどちらも、人に関する事柄じゃない? だから、今回の議題は人に対する意味での『優雅』とモノに対する意味での『優雅』の二種類が出てくるんじゃないかと思うのっ!」
春陽がドヤ顔でそう告げると、冬乃は首を捻って暫くの間物思いに耽った。そして、ノートに書かれていた辞書通りの定義を確認し、生唾を飲み込む。
「春陽の言ってることは私も正しいと思うわ。定義を見て頂戴」
【優雅】[名・形動]しとやかで気品があること。また、そのさま。
俗事から離れて、ゆとりのあること。また、そのさま。
「あっ……そういう……ことだね」
「そう。今回、そもそも辞書で意味を調べた段階で、二通りの定義が出てきていたわ。形容動詞は用言で、被修飾語となる名詞は生物・非生物で二分できる。そこもヒントになっていたのね。すごいわ、春陽」
「…………そそそ、そうよっ! 冬乃もよくあたしの真の考えに気付いたわねっ! ジャ、ジャスミンティー最強っ!」
「あはは……ハルお姉ちゃんも、そこまでは考えていなかったの…………かもね」
「ちょっとアキ! お姉ちゃんのかっこいいシーンを無駄にしないでよねっ! でもとにかく、これで話し合いは次に進められるでしょ?」
春陽は勢いでその場を収めると顔を赤くして、議論を続行するように促した。真意は定かではないが、無事に議論の方向性を決めることができたため、春陽の功績は実際のところ大きいのだろう。議論の場において、より斬新で具体性のある案を出すことを求められることがあるが、春陽のように、抽象的でざっくりとした話の方向性の案を出すことも重要なのである。
「それでは、まずはモノに対する『優雅』について考えて行きましょうか?」
「そうしましょうっ! 具体例がクラシックだけだと足りないかしらっ?」
「それなら…………振袖……はどうかな? 成人式のとか…………優雅だなって思う……かも」
「でも、派手なだけの人もいるっしょ? アッキーが最初に言ってたパリピみたいな」
「確かに夏羽の言ってることは分かるわね。でも大丈夫よ。例外があっても問題ないわ」
「そう……だね」
秋桜が相槌を打つ。冬乃はフェイクジュエルの髪留めを少し触り髪を払うと話を続けた。
「春陽の話を聞いて気付いたのよ。今回の議題で挙げられた例は必ずしも『優雅』にならなくてもいいんだって」
「ん? どういうことじゃんね?」
「ええっと……ハルお姉ちゃん、『優雅』って言葉を使うとき……どうやって……使う?」
「優雅なクラシック音楽、優雅な振袖のように使うわねっ!」
「あっ! うちも分かったっしょ!」
「そう。『優雅』は飽くまで、形容するための言葉なの。だから、対象全てが『優雅』じゃなくてもいいのよ。寧ろ、その対象の中の『優雅』なものがどうであるのかを考えることが出来るから、ちょっと不完全な例の方がいいかもしれないわ」
明るい曲、激しい曲など、同じ名詞を形容する言葉は複数ある。別に複数あっても変なことではないのだ。夏羽の疑問が解消されたところで、議論が再び始める。最後の一押しの頭の回転を得るために、秋桜は糖分たっぷりのベトナムコーヒーを一口飲んだ。
「優雅な振袖、と言われたらどのようなものを思い浮かべるかしら?」
「あたしは、模様や色合いが落ち着いているものを思い浮かべるわっ。おしとやかとも言える…………って、これは元の定義と同じじゃないっ!」
「そうね。でも、それでいいのではないかしら? 元の定義通りの感情を抱くことは普通の事だわ」
「それもそうねっ! 中々やるじゃない電子辞書っ!」
当たり前である。
「あはは……ボクは単純に綺麗な振袖を思い浮かべる……かな? これも気品があると言われれば…………そうなのかもしれない…………けど」
「そしたら、元の辞書とほとんど意味は変わらないってことじゃんね! 編集社に喧嘩を売らないスタイルうちは嫌いじゃないっしょ」
「私も、モノに対する定義は元とほぼ同じでいいと思うわ。気品より、綺麗の方が私は好みだけれど。これで、半分定義完了ね」
冬乃が話をまとめると、秋桜はこれまでの流れをノートに書き入れる。ノートには依然として可愛らしいバカ殿様が笑みを浮かべ、定義の欄に書かれていた『形容動詞』には線が引っ張られており、用言であることが強調されていた。続いて春陽が進行を取る。
「結構あっさり行ったわね。次は人に対する『優雅』の定義について考えましょうっ!」
「既に出ている例は…………『冬乃さん』『飲み方』『バカ殿様』……で最後のは優雅じゃない例……だね」
「これだけあれば、もう人に対する定義は考えることができそうね。そういえば、私のことを優雅といったのは夏羽だけど、どうしてそう思ったのかしら?」
冬乃が夏羽に期待を込めた眼差しを向ける。もしかしたら彼女は答えに当たりをつけていて、それを確証に変えようとしているのかもしれない。彼女の質問を受け、夏羽は自分の発言を思い出しながら述べる。
「えっと、見た目も口調も行動も全部優雅ってウチは言ったっしょ!」
「見た目は……置いておいて、行動が優雅というのは大切だと私は思うわ。もう一つの例『飲み方』も行動でしょう?」
「確かにそうだったっしょ……じゃあ、ウチはふゆのんの行動のどんなところが優雅に感じたんだろう……?」
「自分の気持ちが分からなくなることってあるわよねっ! 夏羽の心の中は分からないけど、『飲み方』についてだったら、あたしは夏羽の飲み方がちょっとお行儀悪いなって思ったわっ!」
「ハルっち酷いっしょ〜! だからコーヒーのがぶ飲みは作法なんだって……って、あれ? ウチもハルっちと同じこと思ってたかもしれないじゃんね」
夏羽が首を捻ってそう呟く。彼女は自分の気持ちに気付き始めていた。他の三人は夏羽の次の言葉を待つ。そろそろ三人の飲み物は無くなりかけていた。そして、暫く経った後、夏羽は覚醒したようにゆっくりと立ち上がった。何か闘争心を煽るBGMが彼女たちの脳内に流れ出す。
「分かったっしょ。ふゆのんは良い子なんだ。良い子でお行儀がいいから優雅に見えたんだと思うじゃんね!」
自信に満ち溢れた彼女の姿はどこか勇ましさを感じられるものであり、なぜか周りの三人は「おー」と感嘆の声を上げた。今日の夏羽は一味違うのだ。夏羽の意見に、他の三人も賛同する。
「お行儀がいいのは、あたしが普段思い浮かべる優雅な人のイメージにとても近いわねっ!」
「ボ、ボクもそう思う……かな。夏羽ちゃんも上品に紅茶を飲んでいたら…………優雅に思えるかも」
「なにそれひど……」
「確かに夏羽でも、夏羽でさえ、お行儀よくしていたら優雅に見えなくもないわね」
「はっきり強調して言っちゃうふゆのんの方が酷いっしょ!」
秋桜と冬乃からいわれのない非難を浴び、夏羽は目をくの字にして抗議した。女子高生の流行りなので仕方ない。春陽はティーカップに手を伸ばすと、すでにそれが空になっていることに気付く。カップからはほのかに花の香りがした。春陽は本日のまとめに入ろうと、パシリと手を叩いた。
「とにかく、人に対する定義もこれで良さそうねっ! 夏羽今日は大活躍じゃない!」
「ハルお姉ちゃんの言う通り……今日の夏羽ちゃんは…………一味違うね」
「苦しゅうない、苦しゅうない! でも待つっしょ! ウチの快進撃はとどまるところを知らないじゃんね! まだ俺のターンは終わってねぇ!!」
「一人称がブレているわよ」
語尾もブレていた。燃えたぎるパワーにより再び全身に炎を纏った夏羽はピッチャーに入った残りのアイスコーヒーを飲み干すと、高いところから冬乃を見下ろし言葉を続けた。
「ふゆのんは見た目関係ないって言ってたけど、うちは優雅には見た目も関係あると思うっしょ! だって、バカ殿様はメイク失敗してるし! バカ殿様がお行儀よくしてても優雅じゃないじゃんね!?」
夏羽の言葉を受けて、三人は顔を見合わせる。各々思い浮かべる風景に多少の違いがあるだろうが、能面顔のおじさんが行儀よくしている姿を想像する。そして、暫くの沈黙の後、糸が切れたように三人は笑い出した。
「その通りねっ! あの格好じゃ何をしても優雅に思えないわっ! 全くおかしな話ねっ」
「あはは…………バカ殿様がお行儀よくしても……滑稽に見えちゃうかもね」
「夏羽の言っていることは一理あると思うわ。失礼極まりないと思うけど、これは仕方ないわね。美男美女が行儀よくするからこそ、優雅に見えているというのはあると思うもの」
冬乃は少し罪悪感を感じながらも、夏羽の言葉に同意した。一番お堅い冬乃からの賛同を得て舞い上がる夏羽は、テンションが上がりグラスを取りコーヒーを一気飲みしようと試みるが、既にそれがからであることに気付く。隣に座る冬乃のベトナムコーヒーを一口戴くと、顔を歪め「ふゆのんこれ、体壊すっしょ。甘すぎじゃんね」と言うが、冬乃はとぼけた顔で「甘くていいじゃない。甘いものは美味しいもの」と返す。その様子を冬乃と同じ飲み物を注文したことを少し後悔していた秋桜は苦笑いして眺めていた。冬乃はコーヒーにコンデンスミルクを一本丸々入れるほどの、極度の甘党なのだ。
結論が出たところで春陽が秋桜に目配せした。
「今日の結論が出たわねっ! アキ、最後の仕上げをよろしくねっ!」
「う、うん……!」
スラリと細く綺麗な指先から、ゆっくりと丁寧に本日のまとめを書き上げる。彼女が筆を止めると、完成したノートの見開き一ページを四人で囲んだ。
【優雅】[名・形動]落ち着いていて綺麗なこと。
美男美女がお行儀よくすること。
各自の飲み物は既になくなっており、春陽が初めに席を立つ。そろそろ彼女たちのお茶会もお終いの時間なのだ。冬乃がカップの下に残った最後の一滴まで喉に流しこもうとしたその時、夏羽が最後の爆弾を投下する。
「あっ、そうだ! ねえ、今回ウチ大活躍だったじゃんね」
「そう…………だね」
「あたしもそう思うわっ!」
「だから一つお願いを聞いてほしいっしょ!」
夏羽は無邪気にそう言ってなぜかかしこまって敬礼をする。女子高生の流行りか?手に持ったカップを一度テーブルに戻し、怪訝な表情で冬乃が言葉を返す。
「…………嫌な予感がするけど一応聞いておきましょうか」
「バカ殿様はダメだけど、やっぱり『殿様』は入れるべきだと思うっしょ! 最初の辞書の定義には殿様入ってたし! 何よりそっちの方が面白いじゃんね!」
「何言ってるのよ、夏羽! そんなことをしたらこれまでの論理の積み重ねがおじゃんになってしまうじゃない! それにあれは『殿様』ではなく『そのさま』よ。静的な様子と、動的な様子を同時に形容するために用いられた手法であって…………」
「難しく考えすぎっしょ! 今日のうちはMVPだからちょっとぐらいワガママ言ってもいいじゃんね!」
「その理屈はおかしいわ!」
感覚的に生きている夏羽と論理的に生きている冬乃には考え方に決定的なすれ違いがあった。それでも彼女たちは共に親友と呼べるほどの中なのであるが、自分と離れた思考の人と仲良くなるというのはよくある話である。
最後の最後で議論が崩れかける。しかし、彼女たちの中には議論の方向を上手に導くふわふわピンクのお姉ちゃんがいるのだ。春陽はパシリと手を叩いて二人の注意を引きつける。そして、屈託無い笑顔で二人に提案をするのだ。
「『殿様』を入れるか『そのさま』を入れるか、それはアキに決めてもらいましょうっ!」
「ど、どうしてボク!?」
完全に油断していた秋桜は、突然話の矛先が自分に向いたことでベトナムコーヒーの最後の一口を吹きかける。次の展開を彼女は理解できていないが、首をブンブン振ってとりあえず否定した。春陽の提案を春陽と夏羽はポカーンと口を開いて聞いていたが、少し考えれば彼女の提案の意味は分かったようで、二人の口元が緩み悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして、二人は顔を見合わせ、彼女の案に乗っかることを決める。秋桜だけは未だに春陽の言葉の意味が理解できず、肩を震わせ怯えた様子だった。三人は立ち上がると秋桜を取り囲む。そして、口を揃えてこう言うのだ。
「だってアキくんが一番可愛いからよ」
「だってアッキーが一番可愛いからっしょ!」
「だってアキが一番可愛いからじゃないっ!」
「ど、どうしてそうなるのさぁ〜!!」
こじんまりとした店内に彼女の愛くるしい悲鳴が響く。この後、彼女たちの議論はあと少しだけ続くことになるが、それはあまり『優雅』なものではなかったので今回は割愛しよう。
【優雅】[名・形動]落ち着いていて綺麗なこと。
美男美女がお行儀よくすること。また、殿様!
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