死と忌と魚とさようなら




橋上から見下ろす川の淀みに、大きな魚が浮いていた。

死体だ。

朝日を照り返すような銀色で、形からして鯉ではない。

銀鮒というやつだろうか。銀鮒というのはしかしあれほど大きくなるのだろうか。

腕を伸ばして寸法するに、二十五センチはありそうだ。

なんとはなしに眺めていたら、横向きに浮かんでいた魚の体がぶかりと動いた。

たしかに死んでいる、その下に、何かがいるのだ。

目を凝らせば、亀だ。

臭亀、石亀、赤耳亀。いや判別はできない。

濁った淀みの中で、幾匹もの亀の影が、魚の死体に噛みついている。その度に死体はぐるり回転し、踊っているかのように捩れ、沈み、浮く。

亀は水面下で激しく四肢をばたつかせ、その場へ泳ぎ留まりながら、首を伸ばして死体を貪る。


けん命に、ひっ死に、

生きているだけの彼らがどうして

こんなにも死に近いのだろう

こんなにも穢れに近く

濃厚な死の匂いを纏っていると

僕は思ってしまうのだろう

けん命で、ひっ死で、生きているものたちへの

これは冒涜になるのだろうか


魚と亀はだんだん下流へ――――淀みの出口へ漂っていく。

そう遠くなく本流の、流れの中まで出ていって、そうしたらもっと先まであっというまに流されていくだろう。

亀はその前に、淀みの中まで戻ってくるだろうか。

けん命に、ひっ死に。

対岸の学校から、吹奏楽の音色が漏れ始めた。夏休みだろうに、熱心だ。

僕たちの上には雨が降りはじめた。

魚の死体がぐるりと回る。踊る。沈み込む。

亀のくちばしが少しづつ少しづつ死肉を啄ばんでは崩していく。

雨は疎らだけども大粒で、アスファルトにも水面にも、ばちりばちりと打ち付けている。

僕はまた、漏れ聞こえるクラシック音楽の

名前が、

分からなくなっている。



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