無邪気という名の…煌めき持つのは、キミと、私。‐2
澄んだ青い空。
その下で光也は後悔と緊張が入り混じった顔をしながら、目の前の千波と書かれた表札と向き合っていた。
携帯ゲーム機で行った男友達衆との対決の流れは、実に呆気ないものだった。
周りは『一番の強敵となる光也を皆で協力して倒す』という団結を見せ、その光也は今回のゲーム対決に乗り気で無かった為に思う力を発揮出来ず足元を掬われる形で最低スコアに止まり、即ち――敗北を喫してしまったのだ。
女友達が女子の情報網から得た千波叶羽の住所から、今こうして彼女の家の前へと来ているのである。
少し離れた場所から友達が物陰に隠れている。光也がちゃんと罰ゲームをこなせるかを監視しているのだ。
そう、これは罰ゲーム。中学一年生の彼ら皆が自らの無邪気さを重ねて、織って紡いだ末に生じた罰ゲーム。
彼らの会話に出てきた、小学校時代のイジメが原因で不登校になった千波叶羽という存在。その存在の重みを持て余したから撥ね退ける、という勝手極まりなく当人の気持ちを考えない残酷な行為。
「やってやるさ!」
光也は両手に握り拳を作り気合いを入れて、そのまま間髪入れずに行動を起こした。それが勝手で残酷な行為だという事には思い悩まず、右手の人差し指をぴんと突き出してインターホンを押したのだ。
――掛かって来い、千波叶羽!――
掛かっていってるのは自分の方なのに、そんな風に思っていた。そもそも叶羽に対して、まるで敵と戦うみたいに思っていたのである。
会って、話をするだけだというのに。
暫く無言の時が流れて、光也は疑問を抱いた。
――もしかして、留守か?――と。
学校にも行かず何処かに遊びに行っているのだとしたら、とも思う。
そうだとしたら光也の中で叶羽の印象がまた変化する。
――イジメを苦に学校に行くのを嫌がってるってのは分かるけど、それなのに遊びに行くのはなんかせこくないか?――
そんな風に考える。融通が利かない少年なのだ。
「……何?」
突然女の子の声がして、光也は慌てた顔をした。
千波家のドアが開いていて、そこに大きな目を虚ろにしている正真正銘の、身長こそ低いが光也と同じ年頃の女の子が立っていたのだ。
彼女が千波叶羽だった。入学式から三週間位はまだ学校に来ていて、しかもこのような特徴的な見た目だったから光也も顔は憶えていた。
光也は声が出ていなかった。インターホンではなく、直にこちらを出迎えてくるとは想像していなかったからだ。
「同じクラスの子だよね? だから、出たんだけど……」
女の子は光也の胸の名札や学年組章に視線を寄こしながら、そうゆっくりとした口調で話している。語尾が消え入りそうな事が、不安げなのだと光也に理解させた。
「あ、俺、七井光也!」
つい声を張り上げてしまっていた。
「う、うん……」
叶羽は虚ろな目を驚きに見開く。元々は大きな目だからぎょろりとした眼光と共に、独特な威圧感を光也に向けて放っている。
「あ、ごめん!」
「な、何が?」
「いや、えっと……」
「……?」
光也は叶羽の見た目にビビってしまっていた。
叶羽は光也の突拍子の無さに困惑していた。
光也は手振りを大きくしながら真剣な顔で伝える。
「なんかぼーっとして眠たそうだから、寝てたのかなって思って! インターホンの音で起きちゃったならごめん!」
光也には叶羽の虚ろな表情が、寝むそうに見えていたのだ。インターホンを押してからの反応が遅かったのも遊びに行っていたとかじゃなく、きっと寝てたからだと今ではそう思っていた。
変に疑ったりした分余計に謝っている。こういう所も融通が利かない。
「いや、全然眠くないけど」
「はぇっ!?」
「昨日は夜十一時には寝て、朝は七時にちゃんと起きたから」
「健康的!」
――見た目は寝むそうな癖に!――光也は叶羽に対し心でそう付け足していたがこれに関しては一切の悪意は無く、純粋に瞬発的にそう思ったのだった。
また、叶羽は光也の事をこう思っていた。
――あ、アホなのかな?――と。これも悪意は無く、この短時間での光也の仕草言動を見てとても素直な気持ちで抱いた、彼への感想に他ならなかった。
叶羽は実は二階にある自分の部屋に居た時から、窓の外に見えていた光也の様子を窺っていたのだ。
一人虚ろに過ごしていた所に現れた少年……最初は勿論警戒していたが、インターホンを鳴らす前に彼が両の握り拳で気合を入れるポーズをするのを見た時直感的に、こいつはきっと可哀そうな奴なんだと思って心のガードを緩めてしまった。
叶羽には、空回りしている奴は皆可哀そうに見えていた。
「ママに、毎朝ちゃんと起きて朝ご飯は食べないと承知しないって言われてるから……」
「そ、そうなんだ……」
「うん……」
「あ、今お母さんは居るのか?」
「ううん、今は仕事……。だから、私が出た……」
叶羽が俯き加減に告げるのを見て、光也にも気付けた事が有る。
――外に出てくるのだけでも、本当は嫌だったのかもな。――
「それで、何の用なの?」
叶羽は再び顔を上げて、探るように光也を見た。
「ああ、それなんだけど……」
光也は叶羽の大きな目に射竦められる感触を味わっていたのである。だから救いを求める思いで友達が隠れている方へと視線を動かしてしまった。
「……キミの友達なら、もう逃げたよ」
「――!」
叶羽に先手を打たれるように言われて、光也の心臓が跳ね上がる。
「私、二階の部屋から見てたから、キミの他に友達が隠れてるのも知ってたの。だから外に出てすぐにそっちの様子も窺ったんだけど……」
叶羽はそこで表情を変えて、光也はそれを見て驚いた。
「私が見た途端に、逃げてっちゃった……」
そう言った時の叶羽は、屈託の無い笑顔をしていたのだ。
笑って目が細められた事でぎょろりとした印象は薄れ、代わりに本来の中学一年生らしいと言える、他の女子に負けない可憐さが姿を露わになっていた。
「隠れたり、逃げたり……でもちょっかいは掛けたり……。私への反応とかそういうのでさ、七井やその友達がどういうつもりでここに来たか何となくは分かるよ……」
一瞬の可憐さはまた奥へと隠れて、虚ろに、寂しげに、臆病な顔となって光也に告げる。
「あ……」
光也は叶羽の表情に、何故か心が苦しくなった。
「私って、変――」
「あ、あいつら、逃げるなんて汚いぞ!」
咄嗟に叫んでいた。
「えっ?」
叶羽が小さい悲鳴を上げて、言い掛けた言葉が途切れる程の威勢の良い声である。
それで良いと光也は思った。
――なんであろうと、この子にさっきの言葉の続きをそのまま言わせちゃあ駄目だ!――
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