俺がゲロ吐くまでチョコを食べさせてくるのだが、それは――

クロ

第1話チョコ!!

 今日も今日とて夕日が出ていて、吹きつける風の音はうるさい。

 そんな二月特有の冷風の音を纏わせ、夕日に向かって僕らは下校している。

 目の前にある夕日はそんなに眩しくない。

 現在の僕らは、所謂一つの何の変哲もない学校帰りだった。

 日が落ちるのがまだ早いこんな時期に夕日が拝めるということは、言うまでもなく僕達は帰宅部である。

 ちなみに僕は中学から高校二年の今に至るまで部活動なんてしたことがない。

 つまり僕は帰宅部の中でもトップエリートの部類というわけだ。

 周りを見ると、僕ら以外の帰宅部と思しき生徒が数人歩いていた。

 どいつもこいつも何度か部活に入ったことがありそうな顔をしてやがる。

 僕から比べると今周りを歩いている生徒は半端者というわけだ。

 そんなことよりも差し当たってどうでもよくないことが、今日も僕の隣で起ころうとしていた。

 正直、気が滅入る。

 「お兄ちゃん――」

 僕に向かって甲高い声がかけられた。

 冒頭で言った僕らの『ら』に当たる部分の人物が執拗に話しかけてきている。

 気が滅入る理由は二つある。

 その二つの内の一つは、僕に話しかけてきている人物が変わっているからだ。

 どのように変わっているかというと――


「お兄ちゃん! 私のチョコ食べなさいよ、今すぐに」

「なんだよ唐突に」

「唐突も煙突もないの、早く食べなさい、今すぐに。そしてこんなに美味しいものを食べたのは、フカヒレスープに入ってるなんかコリコリしたもの以来だ!って言いなさい!」

「俺はチョコは苦手だってもう何年も言ってるだろ? あとフカヒレ云々の話いるか?」

「そんなのは関係ないから食べなさいよ! せっかく徹夜して作ったんだから……」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないわよ! とにかく好き嫌いしないで食べればいいのよ!」」

「攻守交替、お前が食え」

「しないから! だいたい私が食べてどうすんのよ!」

「それになんで俺にチョコなんてくれるんだよ?」

「勘違いしないでよね、べ、別に、初めて作るチョコだからちょっと毒見して欲しいだけなんだから」

「初めての手作りなのに、俺が食べてもいいのか」

「いい気になってるんじゃないわよ! ただの毒見なんだから、変な風に取らないでよね!」

「やめろ、やめろよ! 具体的にどうやめろかっていうと、ツインテールの先っちょで俺の眼球を突く事をやめろ! 今すぐに!」

「あれ喧嘩するときのルールは目潰しのみっていう条約結んでなかったっけ?」

「そんなとんがったモノでつつかれる方の身になってみろよ! そして、そんなハイセンスなルールは設けていない!」

「おりゃ! 目ががら空きよ! 」

「えいかくッッッッッ! 目が! 目がー!」

「まるで目がゴミのようね!」


 ――このようなことを独りで言っちゃうくらい俺の隣にいる人物は変わっているのだ。

 僕の口から自然と溜息が出るのも頷けるだろう。

 そして僕の隣の人物は、声は高いが男だ。

 妹をこよなく愛する男だ。妹の自慢話を僕に話す事を趣味とする男だ。

 名前は他紙(たがみ)という。変わった名前である。

 まるで何かの誤字がそのまま名前になったような印象を最初は受けたが、口に出して呼ぶ分には問題がないので字面はどうでもいい。

 それに、ルビがあれば読めるしね! 一回しかルビは打たないので、名前を覚えてないと文章が意味不明になるので気をつけて!

 ちなみに今は妹とのラブラブ温泉編を鼻息を荒くしながら、甲高い声で語っている。

 他紙の一人芝居の中身は、アルカロイドを多量に含む薬でトリップしないと語れないような内容なので割愛させてもらう。

 何か妹とのイベントがある度に僕に一人芝居を交えて話してくるほど、妹が可愛くてしょうがないらしい。

 他紙より一歳年下でツインテールの巨乳、普段は口も悪くツンツンしてるが朝は必ずベッドの上に乗って起こしに来て、誰も見てない所では時折、抱きついてきたりするお兄ちゃんっ子の妹が他紙は可愛くて仕方ないらしい。

 他にも色々と言っていたがもう忘れてしまった。覚える必要がないからだ。

 要はツンデレなのだろう。

 正直、話を聞いてるだけで気が滅入る。

 こういうのもシスコンというのだろうか。多分言わないんだろうなー。少なくとも僕は言わない気がする。


「お前も俺の妹に会いたいか? だが、ダメだな。いや、どうしようかなー? お前は俺の友人だしな」


 他人がどのような事を思考し、どのような嗜好を持とうが勝手だけど、僕を巻き込まないで欲しい。

 とりあえず無言で他紙の頭を殴ってみる。グーで。


「ぶったね、二度もぶった。妹にしかぶたれた事ないのに」

「今までどんな生活してたんだよ、お前」

「えへへへ……」


 気持ちの悪い笑みを浮かべられた。

 恐らく……妹と過ごしてきた今までの生活を思い出しているのだろう。

 笑顔が気持ち悪いので他紙の口にグーで手をねじ込んでみる。

 なぜだか、こうすることが最優先事項な気がしたからだ。


「ぐももも……」

「なになに、グーはやめて! チョキにしてだって」


 他紙と俺との付き合いは長いから言葉にしなくともわかる。主に脳内で理解できる。俺がどんな答えを出しても正解なのだから。


「おええええ!」

「そりゃえずくだろ、チョキになんかしたら、のどちんこにメガヒットしたからな。パーならギガヒットしてたとこだから、お前はラッキーだったな」

 

 唾液と胃酸に塗れた手を他紙の制服で拭いておく。ポテトチップスを食べた後のように。


「だいたいチョキにしろなんて言ってないからよ!」

「めんごめんご、キモかったからついやっちゃったんだ」


 他紙に慣れた僕ですら、ここ最近の他紙の言動には不愉快な気持ちを抱かざるを得ない。

 好きな物を食べる、という単純な行為も、度を過ぎれば醜悪に見えるように。

 耳を打つ他紙の妹についての言葉も度を過ぎると嫌悪を覚える。


「そんなんだから誰からもチョコをもらえないんだぞ?」


 僕に他紙が勝ち誇ったような表情を向けてくる。つまり自分は妹からもらえるということなのだろう。

 今の段階で確定されているのは、今年のヴァレンタインデーは誰からもチョコを貰えないということだけだ。

 ここ何年も貰ったことはないので慣れっこになってしまっているが、やはり悲しいものがある。

 だけど、そんな事よりも悲しいことがある。

 一つだけ。

 友人に真実を伝える事。


「今日もさ」


 他紙が夕日をバックに俺の前へ立ちはだかる。


「どうした?」


 自然、足を止める羽目になる僕。


「妹が」


 僕らに目を向けることもなく、通り過ぎていく下校中の生徒達。


「うん」

 

 ただ頷く僕。


「俺がゲロ吐くまでチョコを食べさせてくるのだが、それは――」

 

 他紙が嬉しそうに話す言葉に対して、僕は大きく息を吐きだし、言葉を紡ぐ。


「それは――妄想だ」


 他紙に妹も弟も兄も姉もいない。

 一人っ子だ。


「そっか……俺ゲロ吐かないんだな」

「ああ、黒いゲロは吐かないし、チョコを食べる事もないんだよ」


 他紙は納得した様子で頷く。不思議と清々しい顔をしていた。

 それでも他紙は来年も再来年も彼は変わらず僕に同じ事を言うだろう。

 僕には、僕にだけはその事がわかってしまう。

 他紙とは物心が付いた時からの長い付き合いなのでわかる。

 もしかしたら、僕が生まれた瞬間から僕の中にいたのかも知れない。

 気が滅入ることの内のもう一つは、僕に友達などおらず、隣には誰も歩いていない事かな。

 カーテン越しの夕日は幾何学模様の部屋の壁紙を赤く染め、二月の風が窓ガラスを叩き、ガタガタといった音を作り出す。

 そもそも僕は学校にも行ってないし、ここ数カ月、外にすら出ていない。それどころかまだカビ臭い布団の中だ。

 僕の中での間違いのない真実は、今日がヴァレンタインデーということだけ。


「……」

 

 僕は頭から再び布団を被り、瞼を下ろした。

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俺がゲロ吐くまでチョコを食べさせてくるのだが、それは―― クロ @ugu062

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