第20話 悪魔の殺し方

 翌日の学校帰り。

 僕はいつものようにエリザの後について屋敷の門をくぐる。

 当たり前のようにエリザは服を脱ぎ、僕が背中に軟膏を塗る。慣れたものだけど、今日は何か部屋の雰囲気が違うな。

 本棚の本がバラバラと床に散乱し、棚の扉も開けっ放しで中の物が床に転がり落ちている。

 地震があったというのも聞いていないし、そんな感じでもない。

 エリザは散乱した物の中からいつもの豊胸サプリの材料を物色し、僕がかき混ぜる。

 この散らかりようはエリザらしくないが、悪魔関係の資料なんかを探すのに必死だったんだろうか。

 床に落ちて開かれたままの本は、確かに悪魔関係の本ばかりだ。

 エリザが豪快にサプリをあおる間、部屋を見回しながら片付けてあげようか、でも調べ物の途中なら下手に触らない方がいいのかな、なんて考える。

 エリザはサプリを飲み終わり一息つく。

「スレイブよ。気が付いた事があるのだが」

 コップを置くエリザに何? と聞く。

「屋敷は泥棒に入られたようだ」

「今更!?」

 これ誰かが侵入して家探しして行った跡って事?

「何にも言わないからてっきりエリザがやったのかと」

「我も自分自身に散らかした記憶はあるか? と問いかけていたのだが。どうやらそんな記憶はないようだ」

 えらく時間かかるな。

「我は考えに耽(ふけ)ると稀に無意識の行動をとる故。だがこれまで無意識に部屋を散らかしたという経験はない。これが初めてだという可能性もなくはないのだが」

「その考察はいいよ! 早く警察に届けよう」

「それもよいが、警察が来ると部屋がしばらく使えないからな。見れば悪魔関係の本が散らばっておる。警察が何を調べていたのかを特定してくれるのなら呼ぶのだが……」

 確かに普通の泥棒じゃないな。部屋にも廊下にも高価そうな品はいくらでもあるんだ。それに全く手を付けていないという事は普通の物盗りじゃない。

「防犯カメラはないの?」

「そのような物はないな」

「なんか防犯用の設備くらいあるでしょ。こんな立派なお屋敷に」

「防犯とは盗られた後で二度とそのような事ができぬよう報復してやる事ではないのか?」

 ちょっと違うね。

「報復できても盗られた物は返ってこないでしょ!」

「今はネット一本で翌日には替わりの物が届くぞ」

 そうですか。

「うーむ、盗られて困るのはヘリオトローブにクサノオウ、ヒイラギとゲッケイジュだが、今まで盗られた事がないのでな。今回も無事だ」

 と棚に残っている瓶を確認する。今回もって……。

「あまり考えたくはないが、今回は会員関係者の可能性が高い。やはり幹部の中に、悪魔と契約した者がいる」

 悪魔を呼び出して契約し、その悪魔から逃げる方法を探しているって事?

 大昔から悪魔を出し抜いて一方的に取引を反故にするという話はあると語る。確かに童話なんかでも聞いた事はあるけど。エリザはそんな事ができれば苦労はないとも付け加えた。

「会長は? そもそも会を作ってエリザに近づいたんだし、この前のミサ会にも来なかった」

「確かに貧乳が巨乳を嫉む事は多いが」

「そんな事は言ってないよ!」

 羽衣は長身で美人だし、はっきり言って一般的には近寄り難いエリザよりも引く手数多だと思うよ。

「それに羽衣が取引したのなら、今頃巨乳になっているはずだ」

 どんだけ巨乳大事なの。世界は巨乳によって支配されてないよ。もしかして羽衣の長身にコンプレックス抱いてるんじゃないのか?

「玲は? やたらと悪魔の倒し方を聞いていたし」

「あんな子供が悪魔と取引をしたのなら、もっと分かりやすい現象が起きているのではないか? 魂を引き換えにして人体模型を動かす力を得るだろうか?」

 うーん、確かにそうか。

「他の二人にしても、動機が見えぬ。何かが不自然だ。何か根本的な事を見落としているような気がするのだが……」

 エリザは俯くように考え込む。何かもう少し手掛かりが必要だ。

「何か無くなっている物はないの?」

「一つあるぞ。銀食器だ」

 銀? なんだ、高価な物盗まれてるんじゃないか。やっぱり普通の泥棒だったんじゃ……。

「どのくらい? その……、被害額は」

「価格か? そうだな……、フランス製の『あんていく』だが価値としてはサミュエル・コルト初期作の拳銃と交換したのでそのくらいか」

「分かる物でお願い」

「売主が『べんつ』が買えると言っていたが、それで分かるか?」

 そう、そのくらいね。十分警察に届けるレベルでしょ。

「サミュエル・コルトの拳銃も銀の小刀も悪魔が殺せる武器だと言われているが、実際には拳銃ではなく弾に力があるのだ。弾のない銃はただの鉄だ。同じく銀の小刀も悪霊は倒せても悪魔には通じぬ。それでも悪魔を殺せると信じる者は後を絶たぬが」

 ワラにも縋る想いの者に「効かない」と言っても通じない。しかも悪魔を認識できるのは人間に取り憑いている時だけだから、要は人間を刺さなくてはならない。

 当然刺された人間は死ぬ。

 もし本当に誰かが盗んだナイフで悪魔を殺そうとしているのなら止めなくては。

 エリザは端末を取り出してカリユガを呼び出す。

 そして事の顛末を説明した。

『また盗まれた物の代わりを手配すればいいかい?』

「いや、今回それはよい」

 またって……。

「『暁の原石』の幹部に、我の屋敷に侵入した可能性のある者はいるだろうか」

『確実な証拠という物はないけれど、君たちの方がアリバイを保証できるんじゃないか?』

 それもそうか。帰ってから気が付いたという事は朝には何ともなかったんだ。学校には皆いたわけだから。

「そうなると……、玲のアリバイだけ無いって事になるけど」

「うむ。一応確認するが、黒瓜 玲という人間が屋敷に侵入した形跡はあるか?」

『皆無だね』

 極めて断定口調で言われた。それもそうか。あんな子供を疑うなんて自分が嫌になってくる。

 他のクラスメートにしてもそうだ。ここで考えても仕方ない。

 直接会って確かめてみないと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る