3章
第18話 幹部ミサ会
「また全裸パーティをやりたいって?」
「幹部ミサ会よ! 変な事言うなバカ!」
上戸 麻子は顔を真っ赤にして怒鳴る。
先のミサ会以来、麻子はやたらと僕に怒鳴るようになった。
真っ暗だったとは言え、お互い裸で抱きつく形になったんだ。怒るのは無理もないけど、不可抗力なんだし。
今回、というかこれからは全裸にはならないから桃華も安心して呼んでいいと言う。
ただ会長の羽衣は都合が悪く今回は出られないそうだ。まあ彼氏もできて忙しいだろうし、毎回夜中に抜け出すのも大変だ。
麻子と有栖としては、エリザのご機嫌を取って羽衣にあやかりたいのかもしれない。
エリザはいつものすまし顔で別に構わないと承諾した。
そんなわけで、また僕らは夜の学校に集った。まあ、パジャマパーティみたいなもんだ。
誰かの家に集まってもいいんだろうけど、会長達は夜の学校に忍び込むスリルに味を占めたらしい感がある。
有栖と麻子はフリフリの、ほとんど下着同然の格好で体に軟膏をすり込む。見せ下着というやつらしい。
玲はパジャマ姿で、桃華と僕は来た時の服装のままだ。エリザは、普段通りの裸族の姿だ。
机を円卓のように並べて囲うように座り、中央に小さなオイルランプが灯してある。
ランプは筒のような物に入れられているので、教室の天井が薄く明るい。
僕達は顔がぼんやり見える程度で、ほとんど暗闇同然だ。
ギギギッと椅子が軋む中、エリザ特製の軟膏の香りが立ち込めた。
「ホントこれいい香りよねえ。肌もキレイになる感じ」
「我の血統に代々伝わる軟膏だ。俗に言う『ふぇろもん』を発しているので香水としての効果も高い。古来より魔除けとしても使われてきた」
「ホント?」
魔除けと聞いて玲が軟膏を手に取り、パジャマを脱いで塗り始める。
「もっともムッツリスケベには、こんな物使わなくてもイチコロだが」
誰の事だい?
ひとしきり塗り終わると麻子が立ち上がって言う。
「今日は会長がいないので私が代行です。ここにいるのは皆エリザに幹部として認められている人達。あ、あと新しい決まりで、幹部ミサ会に出るクラスの人は皆敬称抜きの名前で呼び合う事。私達はみなソウルメイトよ」
桃華以外にも名前で呼べる女子ができるとは、幹部ミサ会も悪くないな。
「ところで麻子」
「アンタはスレイブでしょ! 名前で呼ばないで気持ち悪い」
なんだよそれ。なんでスレイブだとダメなんだよ。意味も分かんないし。
「だいたい何? これがどういう会か分かってんの? 玲を見なさい」
麻子は立ち上がってこっちを指さす。顔が下から照らされているので結構怖い。
玲を見ると軟膏を塗った部分をすり込むように撫でている。片方の足を立ててあられもない姿だが、子供なので見苦しい事はない。
しかし何だ。僕に脱げと言っているのかこの脳みそ筋肉女は。
「男子で服着てんのアンタだけよ」
他には玲しかいないじゃないか。同じく服を着ている桃華は少しバツが悪そうな様子だけど麻子は気にしていない。
「いいよ。合わせてもいいけど、それなら名前で呼ばせてよ」
名前で呼ぶなとか言いながら、何でそこだけ合わせなきゃならんのだ。
案の定、麻子はぐっと言葉を詰まらせる。拳を握りしめてわなわなと震えていたが、
「いいよ。じゃ脱いで」
どっかと椅子に腕を組んで倒れ込む。ふんぞり返っているので明かりから遠くなり表情は分からない。
いやいやいやいやいや。
なんでそうなるの? おかしいでしょ。左右を見回すが、エリザも桃華も弁護してくれる様子はない。
自分で言ったんだから脱げば? と言わんばかりだ。実際そうなんだけど。
ここで謝るのもカッコ悪い。
渋々立ち上がって服を脱ぐ。パンツ一枚になった所で服を畳んだ。
「早くしてよ。みんな待ってるでしょ」
「ちょっと待ってよ! いくらなんでもおかしいでしょ」
僕は有栖と麻子の下着を交互に指さす。
麻子はいやらしい笑みで玲を指さす。
玲は隠すモノも隠さず、僕を見るとニカッと笑った。こいつはまだ子供じゃないか。
どうせ暗くて見えやしないのにゴネても見苦しいだけか。僕はさっさとエリザや玲とお揃いになる。桃華は心なし顔を背けた。
「そんで麻子。今日はいったい何の目的で集まったんだ? 麻子」
沈黙している所を見ると顔を引きつらせているのか? ざまを見ろ。
「私は約束してないからね」
有栖が先に釘を刺す。
「今日はスタンダードな所で、神は本当にいるのか? というテーマでいきましょう」
なんか怪しげな団体みたいになってきたな。まあ怪しいには違いないんだけど。
占いやらオカルトやら神秘的なものを探究するなら、まずは皆の考え方を知っておくのがよいだろうともっともらしい事を言うが、おそらく羽衣の考えなんだろうな。
「エリザの考えは? 神は存在すると思う?」
エリザはいつものすまし顔で当然のように答える。
「おるぞ」
まあエリザならそう答えるよね。僕も色々変な物を見たけれど、さすがに神は信じられないな。
「汝はいないと思っておるのか」
エリザは意外と言わんばかりに僕を見る。
「いるわけないでしょ。いると言うなら見せてみてよ」
そして僕を救ってくれ。せめて服を着させてくれ。
「汝も魂は見た事ないのではないか? だが魂なんて存在するわけがないと主張しても気の毒な人だと思われるだけだぞ」
それはそうかもしれないけど……、魂だって科学的に証明されてないんだし。
「しかし我らは確実にここに存在している。それだけは確かなのだ」
この世には確かに生物が存在する。だがそれはどのようにして生まれたのか。
それが複雑に進化し、人間になった。それは自然に発生した物なのか。自然とは一体何か。
酸素があり、水があり、熱があり、生物がいる。生物はDNAを持ち、成長し、進化する。
それらが何の意思も無しに勝手に発生したとは考え難い。そこには何かしらの意思が存在する。
人には理解し得ない超絶の存在。
自然の法則を決め、生物の設計図を書き、世界を作った者は確かに存在する。その存在を昔の人は創造主とか神と呼んでいるのだ。
いるとかいないとかではなく、いるから我々は存在している。
我々の存在する理由。それが神だ、とエリザは講師のように端的な語り口調で言う。
「人類がしてきた神話の論争は、各々の解釈の違いに過ぎない。自分が想像した神こそが最も真理に近いのだ、とな。その中に『今はもう失われて存在しない』というものはある。だが『そもそもそんな物は存在しない』という考え方は荒唐無稽。それは自分の存在を否定するものだ」
同い年の女の子に僕の考えを否定されているのだけれど、確かにそう言われてしまえばそうなんだろうな、と思うしかない。でも、やっぱりちょっとささやかに抵抗してしまう。
「でも、神って奇跡を起こすものでしょ? 奇跡を見せてくれなくちゃ」
「生物を創造するという以上の奇跡があるのか?」
創った者なのだから、その責任を取れと言わんばかりに救いを求める信仰も多い。
しかし親が全ての子に等しく愛情を注ぐとは限らないように、神とて自分を敬ってくれる者を贔屓する傾向はあるに違いないという考え方もある。
だがそれらも人間側が勝手に考えたものに過ぎない。人智を超えているはずの神の思想を人間が理解できるはずはないのだから。
だがその方法を試し、探るのが信仰で、それを理屈になぞらえて体系化したものが魔術なのだとエリザは言う。
「でも超常現象って言葉はあるじゃない。それってある意味奇跡だと思うけど」
有栖も僕と同じ気持ちなのか意見をぶつけてくる。
超常現象ね。確かに僕も見たけどね。
あれが神の成せるワザだと言われてもピンと来ないな。何か神なんて大仰なものを持ってきて出来る事がアレかよ、と思ってしまう。
「麻子は見た事ある?」
麻子はふるふると首を振り、「羽衣は?」とそのままバトンタッチする。
「ん? 会長は休みだろ?」
「あれ? そうだよね」
てへ、と舌を出すが下から顔を照らされた状態では不気味なだけだ。
「超常現象はあると思う?」
麻子は司会として改めて聞くが、誰とは無しに聞いたので誰も答えない。
「エリザの意見は……」
と言った所で言葉を濁す。僕も何か変だな、と感じていた。
どうしたんだろう。違和感を感じながらも、その正体が分からずに釈然としない空気が流れた。
「ねえ」
麻子が椅子の軋む音を立てて身を乗り出し、その顔を照らし出す。
「一人多くない?」
ん? そうだっけ? 幹部会のメンバーだろ?
僕は円を作る人影を指差しながら数える。
僕にエリザに桃華、玲と有栖、麻子と羽衣。別に間違ってないと思うけど。
あれ? なんか今おかしかったかな?
僕は左右を見る。エリザと桃華。明かりは弱いので薄暗いが、隣にいる僕はよく分かる。
「玲?」
「んん?」
玲が身を乗り出して顔を照らす。
麻子はほぼ対面に顔を照らし出している。
「アリ……、じゃない。黒瓜さん?」
有栖は恐る恐る顔を見せる。
影はあと一つ。
「会長? ……じゃないよね?」
ギギギッと軋む音と共にその影が明かりに近づく。
「きゃあーっ!」
幹部女子は一斉に悲鳴を上げて椅子から転げ落ちるように逃げ出す。
姿を現した七人目は、眼球と歯を剥き出し、ポッカリと開いた頭から脳を半分覗かせていた。
よっ、また会ったな、と軽い挨拶を交わすエリザを押し退けるように七人目、人体模型に詰め寄る。
「お、お前! 何やってんだよ! なんで動いてんだ!?」
人体模型はギギギッと挨拶するように片手を上げる。
『ソレが、ボクもワカラナイんだ。気が付いたら動けるようになっていてネ』
「誰か魔術式方陣から動かしたのだな」
「なんで落ち着いてんの!」
「何を慌てておる。一度動き出したのだ。また動き出しても不思議はあるまい」
いや動き出す事自体不思議だから!
女子達は腰を抜かしたように這いつくばり、玲は机の陰から顔を半分出す。
「あ、あ、悪魔だ! おねえちゃん、やっつけてよ!」
『シツレイな。どこからドウ見てもニンゲンじゃないか』
まあ要素的には人間だけどね。
「大丈夫だよみんな。こいつは危険じゃない」
「お、お、お、お知り合いなの?」
有栖が震えながら搾り出すように言う。
『イカニモ。ボクとこの男は魂をぶつけて殴り合った仲だ。いわゆるソウルブラザーと言うやつサ』
こんなのに言われても嬉しくないけどね。
『トコロデ……』
人体模型はギギギと僕に顔を向ける。
『ボクのカンゾウ知ラナイ?』
「知るか! なくしたのかよ」
やや呆れる。
『ジャア、ボクはオイトマするネ。祓ってもらわなくてもイイヨ。昼間はジッとしてるカラ』
人体模型はヨッコラセという感じで立ち上がる。
有栖は尻もちをつきながらも後ずさって道を開ける。
『ウブな子達だね。男子の裸なんて見慣れてるダロウニ』
裸過ぎだろ。僕は皮膚までは脱いでない。
人体模型はそのまま教室を出て行った。夜な夜な自分の肝臓を探して学校を徘徊する人体模型か。立派な七不思議だな。
僕はへたり込んだ桃華を助け起こして椅子に座らせる。
あとの二人は……、下着姿の女子に触れて後で怒られても嫌だからほっとこう。
やれやれという感じで椅子に座り直す。
有栖と麻子も膝をガクガクさせながらも椅子に戻った。
さて、と仕切り直すようにエリザが口を開く。
「先程の、超常現象はあると思うか、という質問の答えだが……」
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