第16話 裸族の会合
エリザのお祓いが効いたのか、人体模型はあれから動き出す事は無い。
誰かが悪戯で位置を動かす事はあるが、ポーズが変わる事はなくなった。
魔法陣の跡が残されている事もあって、本当にエリザが解決してくれたんだという噂もかなり広まった。
ほとんどは都市伝説のように面白おかしく噂しているだけなんだけど、中にはエリザのマジナイに尋常ならざる信奉を抱いている者もいる。
『暁の原石』会長、家塚 羽衣もその一人だ。
「というわけで本日は幹部ミサ会です」
真っ暗な中、携帯の光で薄暗く照らされた教室で、羽衣は場を取り仕切る。
「私達は魔術クラブなわけだけど、大っぴらにはマジナイ好き女子の会って事になってるのね。でも幹部クラスになると、もっと踏み込んだ活動をしていきたいと思ってるの」
学校の七不思議なんてものはまさに恰好の題材だと言う。確かに僕も小学生の時は話題に乗っかったりしたものだけど。
両隣りに控えるのは幹部二人、上戸 麻子と黒瓜 有栖。
そしてその横に立つのが有栖の弟で、エリザの弟子志望の黒瓜 玲だ。信奉度合いで言うならこの子が一番という事になるのかな。
エリザが夜中に学校に忍び込んで探検まがいの事をしているのを玲から聞きつけ、そんな楽しい事なら自分達も仲間に入れろ、というのが本音だろう。
「第一回の特別ゲストとして他校の生徒さんだけど、宮前 桃華さんにも参加してもらっています。もちろん幹部としてですよ」
前回のミサ会にも参加していた僕の幼馴染で、気安い間柄だと紹介。桃華は控えめに挨拶する。
エリザの提案で呼んだんだけど、真夜中にそんな事ができるかと一蹴されるかと思ったらあっさり来てくれた。
エリザの言う事も、もしかしたら本当なのかと僕も少し期待している。
「まあ怪しい事しようってわけじゃなくて、肝試しみたいなものだから」
一体何をするつもりなのか、と警戒していた様子の桃華も、羽衣の言葉で少し緊張を解いたようだ。
「危険があったらエリザさんのスレイブが守ってくれるし、もし警備員がやってきても代わりに囮になってくれるから」
誰がそんな事了承した。
「この会はみんなの親睦をより深めようって目的だから、組に分かれて噂になってるホラーポイントを探索してもらいます」
「我がクジを作ってきた」
と言ってエリザは紐の束を取り出す。同じ色同士の者が組になるクジ引きだ。
エリザは僕が桃華と組になるよう細工をすると言っていた。それで夜の学校内で二人きりになり、押し倒すも結婚の既成事実を作るも好きにしろと。
そんな事はしないけど、二人きりになるチャンスを作ってくれると言うんだ。ここは素直にお言葉に甘えよう。
特に意味はないけど念を込めてクジを引く。こよりのように細い紐の先は青い色がついている。
桃華の手にあるクジを見ると、……赤!?
どういう事? と思いエリザを見るとその手には青いクジが握られていた。クジをじっと見るすました顔から心中は窺い知れないが、敢えて言うなら「……」だ。
「どうなってんの? 細工してくれたんじゃなかったの?」
皆に聞こえないように耳打ちする。
「運命の人同士が引き合うマジナイをかけたのだが……、紛い物が混ざっていたか? 奮発したのに」
不安になるような事を言わないでよ。それじゃまるでエリザが……。
「じゃあ組に分かれて――」
と場を仕切る羽衣の声をエリザが遮る。
「実は我はいつもこの軟膏を塗って散策に当たっているのだ」
美容効果も抜群で香りもよい。服がベタベタになってしまうから裸で散策する事になるが、海外では珍しい事ではないと説明する。
「幹部となる皆にも体感してもらえると嬉しいのだが……」
その提案自体は嬉しいのだが……、と皆明らかに僕を見る。エリザ信奉の羽衣ですら難色を示すのが当然だろう。
それならこうしてはどうだ? とエリザは続ける。
ペアを組み換えて僕と桃華を組ませよう。この二人は幼馴染で風呂も一緒に入った仲だと、ってそれは小さい頃の話でしょ!
僕の狼狽も余所に「それはいい」「ナイスアイデア」と皆勝手に話を進める。この三人は基本エリザの言う事には逆らわない。
「僕おねーちゃんとペアがいい」
とエリザを指名する玲に、幹部三人はエリザさえよければそれでいい、という様子だ。
ここは姉弟でペアを組むのもいいのだろうが、それじゃ全く親睦会にもならないのだろう。エリザとペアを組みたかったが、他の二人も友達の弟とは言え男子とペアを組むよりは、と互いに納得したようだ。
いや、僕と桃華は納得してないんだけど。なんか皆勝手に話を進めて口を挟む暇もなかった。
結局、僕と桃華、エリザと玲、その他三人で組になる。
組ごとに分かれて携帯を閉じると真っ暗で、僅かに月明りで輪郭が見える程度だ。羽衣がカーテンを閉めると教室内は完全な暗闇になった。
なるほどこれなら恥ずかしい事は無い。気分だけでも一体感が得られて会としては成り立っているのかな、なんて勝手に納得しながら服を脱いで軟膏を塗る。
「ねえ、まさかホントにやるの?」
耳打ちする桃華にそりゃそうかと我に返る。僕はエリザの奇行に慣れているけど、普通おかしいよね。
「いいんだよ、帰っても。僕はエリザのチームに入るけど」
ぐ……、と息を詰める気配がするとしばらくして衣擦れの音が聞こえだした。
なんかズルい気もするけど、今更やめてどうなるものでもない。強引だけど確かに望む展開には違いない。今日の所はエリザの強引さに感謝しよう。
軟膏を塗り終え、桃華にも渡そうと音を立てて机に置く。手探りの気配を感じたので置いた軟膏を気配の方へ押し出した。
手に温かい感触が当たり、互いにビクッと手を引っ込める。
バカか僕は。見えなくても体が触れたらヤバイじゃないか。
手と手が触れただけだというのに下……もとい顔が爆発するように熱くなる。
気まずくなって、しばらくの間お互いにじっと動けないでいた。
「あの……、背中に塗ってあげようか?」
バチーンと顔に衝撃。真っ暗なので狙ったのではなくその辺一帯に手を振り回しただけで、当たり所が悪くかなり痛い。鼻血が出たかもしれない。
桃華は怒ったように軟膏を塗り始める。音だけしか聞こえないんだけど、なんか色々想像してしまう。
でも、軟膏のいい香りのせいか、次第に気分が落ち着いてきた。
スリルを感じているのか、羽衣達はなんだかんだできゃっきゃと喜んでいるようだ。
完全に黒ミサ会のような気がするのは僕だけか?
時間差で教室の扉が開き、銘々担当箇所へ散っていく。ルートは被らないのでお互いが出くわす事は無いはずだ。それまでは完全に桃華と二人っきりなんだ。しかもこんな格好で。
明かりにもなるので携帯の類も置いて行っている。窓から入る僅かな月明りはあるがほとんど見えないので壁伝いに歩かなくてはならない。
「ていうか寒くない?」
「そ、そうだね」
春とは言え深夜なんだ。改めてお互いに裸なんだと自覚する。
「ねえ、いるの?」
「いるよ」
時々声をかけないとはぐれてしまいそうだ。こんな所で一人になったらと考えると恐ろしい。それは桃華も同じなのか段々と距離が縮まってきた。
「きゃっ! 触んないでよバカ!」
「ごめん」
腕が柔らかい物に触れた。ヤバイ部分ではない、と思う。
僕達の担当は音楽室。教室のある階からは一階上る必要がある。
手探りで壁伝いに階段を探すが、躓かないようにしながら、桃華にも接触しないように、そしてはぐれないようにと全部に注意を払うのには無理があるんじゃないか?
僕は思い切って提案してみる。
「ねえ。手を繋がない?」
え!? と桃華が息を飲むのが伝わってくる。
「ほら、はぐれても大変だし。かといって近づいて変なとこ当たっちゃってもヤバイでしょ。それなら手を繋いでおいた方が、お互いに安心じゃない?」
桃華は少し考え込んだが、納得したのか渋々ながらも了承した。
互いに手を探り合い、触れた瞬間互いに驚いたように引っ込めたが、またそっと手を伸ばし、今度はゆっくりと握る。
お互いの心臓の鼓動が手を通して伝わるようだ。
別に手を繋ぐくらいどうって事ないんだけど、お互い裸だと思うだけで心臓が高鳴る。
僕も桃華もしばらくの間ただ黙って足を進めた。それでも探り探りなので進みは遅い。
しかし段々と目が慣れて来たのか、雲の加減で月明りが増したのか、輪郭はおぼろげに見えてきた。桃華の姿も推理漫画の犯人のように存在だけは確認する事が出来る。
もう手を繋いでいる必要はないのかもしれないが、折角だしと言い出せずにいた。
そろそろ音楽室だ。よく見えないから全く違う部屋に向かっている可能性もあるんだけど、ポロン! とピアノの鍵盤を叩く音に間違いないと安心する。
……ちょっと待って。なんでピアノが鳴っているんだ!?
桃華も異変に気が付いたのか握る手に力がこもった。
また一つ、また一つと鍵盤を叩く音がする。何かを演奏している風ではなく適当に叩いているようだ。それも小さく、弱い力で叩いている。
「ね、ねえ。何?」
「落ち着いて。誰かの悪戯かもしれないし、水か何かが漏って鍵盤を叩いてるかもしれないでしょ」
手探りで鍵穴を探し、予め手に入れてある鍵で扉を開ける。
「桃華はここにいて。僕が様子を見てくる」
桃華は手を放したくない、と言わんばかりに握り返す。でも確かめなくちゃならないし、誰か忍び込んでいるなら裸じゃマズイ。
安心して、と手を握り返し、名残惜しそうにやっと手を放す。桃華にそんな風にすがられるのは正直悪い気分ではない。でも、この現象の正体を確かめなくては……。
音を立てないようにそっとドアを開け、中腰で中に入る。
中は真っ暗だ。部屋の中に入るとより音がハッキリと聞こえた。
確かに何かが鍵盤を叩いている。録音したものをタイマーで流すとかそんな感じではない。もっともそんな音感があるわけでもないけど。
なんというか、ピアノの音だけでなく、カタコトと何かがいる気配がするんだ。
這うようにして音の方に向かい、ピアノの足に触れた。
足を伝って鍵盤の方を探る。やはり直接鍵盤を叩いている振動がピアノを通して伝わってくる。
だけど椅子に誰かが座っているような気配がない。
恐る恐る手を伸ばしてみるが、本来演奏者がいるはずの場所には何もない空間があるだけだ。
鍵盤がひとりでに鳴っているのかな? たしかそんなピアノもあったはずだ。電気仕掛けの。皆知らないだけでそういう機能のあるピアノなんじゃないか? と鍵盤の上を手でなぞる。
「わ」
何かあったので驚いたが生き物の感触ではない。プラスチックのような。指揮棒か何かが置いてあるのか。それが引っかかって、とか?
つかんでみると棒のようだ。それがカクカクと動いている。これが鍵盤を叩いていたのか。何かのオモチャみたいだけど。
入り口に近づいてみると僅かに輪郭が見えた。
これは……、骨格標本の手じゃないか。
それが動いてピアノの鍵盤を叩いていたのか。それで曲らしい曲にならなかったのかな。
これはこれで十分怪奇だけど、人体模型に比べれば子供騙しだ。
僕は外へ出て桃華に声をかける。
「何でもなかったよ。ただのオモチャだ。誰かのイタズラだろうね」
僕の言葉に桃華の安堵の息が聞こえた時、
「キャーーーッ!」
校舎をつんざくような女の子の悲鳴。エリザではない。幹部三人組だ。すぐ下から聞こえたようだ。
この悲鳴はただ事ではない。
「桃華はここにいて!」
叫ぶと骨格標本の手を持ったまま階下へ走る。もっとも真っ暗なのでそれなりに慎重に。それでも二度壁にぶつかり、何度も階段を踏み外す。
あの三人はトイレの担当だったはずだ。
廊下に飛び出すとゴチンと顔に固い物がぶつかってきた。角から出てきた人間と出合い頭にぶつかったようだ。
そのまま抱きつかれるように倒れ込む。
何事かと反射的に引き剥がそうとしたが凄い力でしがみつかれた。
「トト、ト、トイレ。トイレの……、は、はな、花子さん!」
人影はガタガタと震えながら、やっとそれだけ言い。わたわたと起き上がると僕を踏みつけて走って行った。
踏まれた部分を押さえて悶絶しながら、今の声は上戸 麻子かと思い出す。
結構筋肉質でパワフルなボディだったが柔らかい所は柔らかかった。などと感触を思い出している場合ではない。麻子が何かから逃げていたのなら、その相手が近づいているはずなんだ。
他の二人は先に逃げたのか気配はない、と麻子が来た方に目をやるとぼうっとした影がトイレと思しき入り口から出てきた。
な!? まさか本当に? トイレの花子さん?
その影は小さな女の子くらいで、暗闇だと言うのに少し光って見える。黒く長い髪は腰まで届き、俯いて前髪が顔半分を隠していた。その女の子はゆっくりと体を揺らしながらこっちへ歩いてくる。
ただならぬ雰囲気に恐ろしいものを感じて逃げようとしたが、足がすくんで立てなかった。さっきのダメージもあるし。
「あ、あ……」
女の子はすぐそばまで来ると、ゆっくりと顔を上げる。その目が赤く光っているのを見て震え上がった。
そして目がすうっと細められる。
ん?
赤く光る目でそんな風に僕を見るのは……。
女の子はそのまま歩いて通り過ぎ、床から何かを拾い上げた。
それは骨格標本の手。僕がさっき麻子とぶつかった時に落としたのか。カチャカチャと動くそれをじっと見つめ、再度僕に向かって目を細めるとそのまま立ち去って行った。
一体何をしてたんだろう……。
いずれにせよ、幽霊や妖怪などの得体の知れないモノに比べればマシだ。豹が出てきたら怖いけどね。
僕はゆっくりと起き上がり、上階への階段を上る。桃華を呼んでみたが返事がない。教室に戻ったか、とまだ痛む箇所を押さえながらよろよろと教室に戻った。
教室のドアを開けると一斉に悲鳴が上がったので慌てて隠す所を隠す。皆戻ってもう服を着たようだ。教室内は携帯の辺りでぼんやりと明るい。
僕はそそくさと机に置いてある自分の服のもとへと向かう。麻子は気まずそうに顔を背けていた。あの時は無我夢中で分からなかったが、落ち着いてから何があったのか理解したのだろう。
幹部達は自分達が何に遭遇したのかと恐れおののいていたが、玲と同じように勝手に忍び込んだ知り合いの子だったと説明してなんとか落ち着かせた。まあ間違いではないし。
バタバタしてしまったのでこの場は解散する事にして、僕はエリザと共に桃華を家まで送って行く事になった。
「そういう訳で、我らはああいった古来より伝わるマジナイを伝承、探究する活動をしている」
黒ミサではないから如何わしい事はしない。
裸になったのは薬膏の効果を得る為と兄弟同然の付き合いをする為で、元居た国ではよくやっていた事だと語る。
桃華は訝しげに聞いていたが、
「我がスレイブは本当にムッツリスケベだがな」
というのには大きく頷いた。そこは納得しないでよ。
僕はエリザにぞっこんだが、それは男なら皆そうなるのであまり気にする事ではないというのには釈然としないものを感じたが、今口を挟んでもややこしくなるだけなのでエリザに任せる事にした。
よければ今後も会に参加してほしいという言葉に、桃華は考えとくとだけ答えた。
そして桃華と分かれて帰路に着く。
またエリザと二人になったがいいんだろうか。でも今の仮住まいはエリザの家に近いから方向が同じなんだ。
「あ、そうだ。今度僕の家、建て直されるんだけど、思ったよりいい家になるみたい」
「そうか。それはよかったな。汝の擬型を我の呪符と一緒にしているからまだ効果が続いているのかもしれないな」
と言って胸の谷間から僕の形をした人形を取り出す。
ホントに懐に入れてたんだ、と少し恥ずかしくなってしまうが、別段感触が僕に伝わっていたような感じはしない。
「共感魔術と言うものは癒しよりも呪いの方が強く働く傾向があるからな。幸運はゆっくりと弱く働くものだ」
ダークサイドの方が強いってわけね。
「即効性や確実性、強さを重視するなら呪詛を使う」
と言って人形のお腹を指でぷすっと指す。
「おぶっ!」
アルフォートも傷を治すのに呪詛を使っていたのはその為だと説明する。分かったからもう仕舞って。
「まあ……、君のおかげだというのはもう疑っていないよ。とにかくありがとう。何かお礼できるといいんだけど」
「では汝宅に御呼ばれする事にしよう」
また勝手な、と不安を顔に出していると、
「心配するな。高級車は安いガソリンで壊れるかもしれんが、我が簡素な食事を摂ったからといって体調を崩したりはしない」
そんな事は心配していない。
でもまあそのくらいのお礼はしてもバチは当たらない、と明日の放課後、友達を連れて帰ると両親に伝える事になる。
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