第13話 プールサイドの魔術師
放課後。
クラスの皆で近場の温水プールへ。
エリザの会『暁の原石』会長の羽衣が取り仕切り、会員やその友達を集めての親睦会だ。
会員の紹介があれば他校の生徒でも入る事ができるので結構大きくなり、知らない顔も増えてきた。
羽衣は定期的にミサ会と称した会合を開くつもりのようだ。いわゆるホントのミサとは何の関係もないんだけど、それっぽい名前にした方が人が集まりやすいと言う。
今回の会は勧誘も兼ねているので会員でなくても参加可能だ。
ただエリザや幹部が女子の為か、会員は女子の方が力が強い。そのため女子会員の方が多くなり、その女子とお近づきになる目的で男子が集まり、結構な人数になるみたいだ。
もちろん参加した者は漏れなく入会を奨められるので、怪しげな新興宗教のように敬遠されるかと思ったが、エリザ自身が魔術師を自称したミサ会と公言しているので「そういう趣向」なんだとあまり気にされていないようだ。
会のホームページに載っている占いもよく当たると評判だ。
プールは借り切っているので来ているのは皆関係者だ。
エリザの家の財力というよりは季節外れの平日だからみたいで、全て羽衣が手配している。
堅苦しい挨拶も抜きで、ただ集まってわいわいと楽しんで帰る。その手軽さもあって雰囲気は悪くない。
参加者は受付で名前だけ記入し、ホームページのアドレスと簡単な紹介メッセージの書いた名刺サイズのカードを受け取る。
それだけで参加者の義務はおしまい。プールの入館料と同じ額だけ会に支払わないといけないけどね。
エリザを含む幹部は顔パスで署名もない。僕もその中に含まれているのは正直気分がいい。でも参加料は取られた。
桃華と合わせて二人分。
そう。エリザと合わせる約束をしていたので、それならいい機会があると紹介したんだ。
他にも同じように他校の生徒を誘ってきた者もいるだろう。
それでなくても、ホームページで紹介されている金髪の美少女を一目見ようと集まった者は多いに違いない。
「やっぱ神代って筋肉ついてんじゃん」
クラスの男子がからかうように言う。
「そ、そう?」
適当に返事しながらも自分の体を確認してみる。
演武とは言え普通にトレーニングはするから平均よりはついてるのかもしれないけど、筋肉質というほどでもない。体格も力もないのが演武を選んだ理由でもあるんだ。
着替えを終えてプールに出ると、既に何人かは泳ぎ始めていた。そのほとんどが女子。悪い光景ではない。
僕は早速桃華の姿を探すが見当たらない。まだ来てないんだろうか。
ならばと次に位置を確認しておくべき人物を探す。だけどその必要もなく、背後から声がした。
「また軟膏を塗ってくれぬか。我がスレイブ」
「いや、さすがに皆の前ではマズイでしょ」
と振り向いてギョッとする。
イメージに反して白いビキニだった事もあるが、水着によって持ち上げられた巨大なものはよりその谷間を強調させている。その間にはいつぞやのお守りが挟まっていた。
エリザの体は見慣れているけど、ある意味全裸よりもいいかもしれない。
「それにプールに入ったら軟膏も落ちちゃうよ」
「我は清めの水以外には入らぬ。同じ水に男女入り乱れて狂乱するなど、これではまるで黒ミサではないか」
その基準はよく分からないけどね。
「もしかして、エリザ泳げないんじゃないの?」
「む? 何を言う。我にできぬ事など……」
半分冗談のつもりだったけど、もしかして本当に? 幼い頃から軟膏を塗る習慣があったようだから、水に入る事があまりないのかもしれない。
「それにこのやたらと面積の狭い衣服には何の意味があるのだ? これなら何も着けない方が楽ではないのか?」
それは少し賛成。ホントに黒ミサみたいになっちゃうけどね。
「それで、汝の幼馴染はまだ来ておらぬのか?」
「そうみたい」
「イチャイチャしている所を見せつけねばならぬのにな」
変な言い方しないでよ。普通でいいんだよ、普通で。
「エリザさん、こっち来てソフトクリーム食べましょうよ」
『暁の原石』会長羽衣とその取り巻き幹部二人がやってきてエリザを拉致して行く。
羽衣は長身で美人だけど水着になると思ったより胸がないな。エリザの使っているサプリメントを教えてあげればいいのに。
副会長の
会長補佐の
副会長と会長補佐、どっちが偉いんだろうね?
僕は桃華を探すフリをしながら何気ない感じでプールサイドを歩く。
視線を上にあげると、監視台の上に女性が座っていた。
ライフセーバーにしては若い。長い黒髪で、肌が病的なまでに真っ白だ。黒い水着を着ているのか? 髪で隠れているだけなのかと思う程に面積が狭い。
その女性は落ち着いた様子でプール全体をじっと見つめている。やはり施設の監視員だろうか。
監視カメラのようにゆっくりと顔を動かして施設全体の様子をチェックしているようだ。
しばらく見入るように見ていると、視線に気が付いたのか、僕の方に顔を向けた。知らない顔だけど、その目はまるで光っているかのように赤くて、そしてすうっと細くなる。
僕は見てはいけないものを見たかのように目を逸らす。
エリザの関係者か? きっと名前はアレだろうな。エリザの周りでは会う人会う人マリウスさん。
それは見なかった事にして、そのまま視線を泳がせた。
その実そこかしこではしゃぐ女の子達を眺めているんだけど、別にいやらしい行為じゃないぞ。
ここに来ている男子なら皆やっている事だ。
しかし男女のグループはいても男女のペアはいない。
桃華の誤解を解く為とは言え、さすがにこんな中でエリザとイチャつくのは恥ずかしいな……。
「鼻の下が伸びておるぞ」
わあっと驚いて鼻の下を隠す。
見るとエリザが両手にソフトクリームを持って立っていた。
エリザは片方の手を僕に差し出す。
深い意味はないんだと思うけど、初めての体験に顔がほてる。
僕は平静を装いながら無意味に目を泳がせた。
「あれ? 会長は? いっつもエリザにくっついてるのにね」
当人がいればそれはお前だろと突っ込むんだろうけど、他に何を言えばいいのか分からなかったのでそんな事を言ってみた。
エリザはプール対岸のパラソルを指す。そこには羽衣と知らない男子が向かい合って座っていた。
あれはもしかして、羽衣の片想いの相手? マジナイがうまくいったって事かな。あんな所にペアがいたとは。
「ねー、おねえちゃん。占い師なんだろー?」
幼い子の声に振り向くと、そこにいたのは小さな男の子。
「我は魔術師だ。マジナイ師とも言うから近いがな」
エリザは男の子と視線を合わせるように膝を曲げる、って屈まなくてもほとんど身長変わらないよ。
男の子は淡い色をした短い髪をべったりと頭に貼り付けている。既に泳ぎを楽しんできたようだ。
大きな目をらんらんと輝かせ、エリザに興味津々という様子だ。
随分と元気がいい。小学生くらいだろうか。誰かの弟かな。
「おねえちゃん悪魔と戦ってんのー?」
「我はまだ未熟者でな。悪魔と対峙する力はない。だが我の友人は、もう何度も悪魔を倒していると聞くぞ」
へー、と子供はエリザの言葉に逐一感心する。いいね子供は無邪気で。
「ま、悪魔は無理でも悪霊は退治したけどな」
僕も調子に乗ってそんな事を言ってみる。実際人体模型と戦って倒したのだ。止めを刺したのはエリザだけど、僕の功績による所が大きいのも事実なんだ。
子供はくりくりとした目でじっと僕を見たが、すぐエリザの方に向き直る。
「ねー、おねえちゃん悪魔倒せないのー?」
このガキ。
「だいたい誰なんだお前は。ここは高校生の集いの場だぞ」
「へーん、オイラれっきとした会員だもんねー」
首から下げたカードを見せる。
『暁の原石』の会員証だ。いつの間にこんな物作ったんだ。ていうか僕は持ってないぞ。いや別に欲しいわけじゃないんだけど。
会員は、会員の紹介で入れるわけだけど、こんな子供を紹介するという事は……、と名前を確認する。
『黒瓜 玲』
黒瓜? 黒瓜 有栖。会長補佐の弟か。
「僕、おねえちゃんの弟子になりたい!」
ついに弟子志願者が現れたか。
「よかったじゃない。新しいスレイブが出来たよ」
やっとエリザから解放されるのかも、という期待もあって言ってみる。
「スレイブとの間を分かつのは死だけだ。新しくスレイブにする為には汝に死んでもらわなくてはならないのだが……」
いえ、いいです。当面僕がスレイブで。
「悪魔の倒し方教えてよー」
玲はアニメのヒーローのような構えをとって言う。
悪魔と戦う機会などそうそうあるものではない、とエリザは戦隊ヒーロー物の役者のようにあしらうが、玲は中々に食い下がる。
「分かったよ。でも、諦めないからね!」
玲は拗ねたように走り去る。子供は無邪気なもんだな。
しかしなんだ、エリザの姿は周囲に完全に浮いている。
こんな巨乳ビキニの金髪美少女ならいくらでも男が寄ってきそうなものだけど、噂によるイメージもあってか男は誰も近づいてこない。
そんなエリザの横に立つ僕は周りからどう見えているんだろう。桃華が陰から見ているなら、これだけでも目的達成と言えるかもしれない。
そんな事を思っていると、突然「ごぼがぼごぼ」と口や鼻に水が入ってきたように息が出来なくなった。
息ができるようになり、ぶはっと空気を吸い込む。ここは陸だぞ。なんで急におぼれるんだ!?
エリザはそんな僕を訝しげに見たが、すぐ何か思い当たったようにプールサイドのテーブルに目をやる。
「汝の人形がない。誰か持って行ったのか?」
人形ってあの!? 僕の呪いの人形? なんでこんなとこに持ってくんのさ!
「普段肌身離さず持っているのだが、さすがにここに挟んでおくのもみっともないと思ってな」
エリザがビキニの上を引っ張り、反射的に視線を逸らす。そりゃそうだけど、だからってそんなとこに放置しないでよ。
とにかく誰かが水の中に落としたんだ、と周囲を見回すが、突然喉がこぼこぼと鳴る。
「死ぬほど苦しくても死ぬ事はないから安心しろ。時に汝、『ぱんとまいまあ』のようで面白いぞ」
何呑気に言ってんの! 苦しいだけで十分問題でしょ。
きょろきょろと見回すと先ほどの子供、玲が浅瀬のプールで僕の人形を持っているのが見えた。
「あ! お前! その人形返せ!」
僕が走り出すと、それに気づいた玲は立ち上がって走り出した。
「あ! 待て!」
しまったと思ったがもう遅い。こうなっては追いつくしかない。
人形を持って逃げる男の子を追いかける男子高校生の姿は、周囲の注目を集めたが仕方がない。
だけど滑りやすいプールサイドで、運動不足も相まってうまく走れない。子供の方が小回りが利くようだが、それでも段々と距離を詰めていく。
と思ったら、玲は飛び込み台に登り始めた。
「おい! こら!」
危ないじゃないか。僕の人形もだけど玲もだ。数メートル程度とは言え、無理に追い続けてプールサイド側に落ちたら大変だ。僕の人形のサイズでは何メートルの落下になるのか。
僕はなるだけプレッシャーを与えないように追う。
「なあ、その人形返してくれよ。危ないぞ」
「いやだ。にいちゃんからもおねえちゃんに弟子にするよう頼んでくれよ」
こいつ、とも思うが頼むくらいでいいのなら。
「分かった。僕からも頼んでやるから。な?」
そっと手を伸ばすが、玲はじりじりと後ずさる。
「あ! バカ!」
そのまま柵を乗り越える形で落下しそうになる玲に、僕は走り出した。
伸ばした手の先にあるのは、玲の手と空中に放り投げられた人形。僕にはどちらか一方しかつかむ事はできない。
僕は迷わず玲の手を取った。
弧を描いて落ちる人形がスローモーションのように見える。このままの軌道ではプールサイドに落ちるのか。どれだけの衝撃が体に走るか分からない。その前に玲を引き上げなくては……、でも間に合わない。
衝撃に耐える覚悟を決めた所で、人形は人の手の中に納まる。
助かった……、と見ると下には人形を手に持った桃華がいた。
「何やってんのよ……」
無事地面に降りた僕に、開口一番、桃華は呆れた声を出す。
かわいいワンピースの水着を着た桃華は、やはり遠くから僕達を観察していたようだ。
エリザと僕は真っ当な関係? だというのを証明しなくてはならないので、エリザのそばに寄ったりしてみる。
「自らの身を投げ捨てて子供を守るとは。天晴れであったぞ、我がスレイブ」
桃華が「む?」というように眉根を寄せる。
一応エリザと仲良さげに話したつもりだっんだけど、なぜか桃華は納得のいかない、不機嫌な様子だ。
もしかして信じていないのかな? 演技っぽいんだろうか? と僕の気持ちは焦る一方だ。
時間も遅くなり、ちらほらと帰り支度をする者も現れる。じゃあ僕らもそろそろ……と空気が流れると、ずっと黙っていた桃華はエリザに向き直る。
「ハルトはね。バカなのよ。お人好しなのよ。金持ちのお嬢さんにだからってハルトの事、いいように騙さないでよね」
頬を膨らませて、そのまま去って行った。
何あの子、出入り禁止だ、と騒ぐ女子達に、エリザはあれは仲の良い友達だから気にするなと言う。
幹部の仲間に入れてやってくれないかと頼むエリザに、あなたがそう言うならと幹部達の怒りも収まる。
でも桃華を会の幹部に入れるなんて、どういうつもりなんだ? とエリザに耳打ちする。
「汝はバカなのか? あの子は我と汝の仲を妬いておるのだ」
そんなハッキリ言わなくても。そりゃ、そうならいいなと思う気持ちはあるけどさ。
「スレイブにも恋愛する権利くらいあるぞ。ここは我があの子との仲を取り持ってやろう。たまにはスレイブにも褒美くらい与えねばな」
なんか他にあまり権利がなさそうなのが気になるけど。
でもそう言ってくれるならお願いしてみるのもいいかもしれない。
「でもこの人形。何とかしてほしいんだけどな」
僕を模した呪いの人形を手に取る。こんなものがどこかにあると思うと落ち着かない。
「うむ、後で燃やしておこう」
「だ、だ、だ、大丈夫なの?」
火にかけるのは浄化の法だから害はないと言う。どんな人形にも有効なわけではなく、作る時に解除の方法も決めておくのだそうだ。
「割と気に入っていたのでな。懐にずっと入れておこうかと思っていたのだが」
あ、やっぱり処分しなくてもいいかも。
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