第10話 桃華

 そうして翌日の放課後、僕は桃華と会う事になったのだ。

 待ち合わせのカフェに予定より早く到着してコーヒーを頼む。紙のカップにストローを突っ込んで、どういう話をした物か考えを巡らせていたが、何も思い浮かばないまま、桃華はやってきた。

 僕はまず紙袋に入れた借り物の服を返す。

「や、やあ。久しぶりだね」

 久しぶりなのはこの前なんだけど、バタバタして再会を喜んでいる余裕もなかった。

 今日は桃華も私服だ。改めて彼女を見る。

 身長は僕よりも少し低いくらい。細身でスラっとした体型は、僕の中のイメージよりかなり成長している。

 かわいらしいワンピースにリボン。愛らしいキャラクターのポーチ。今時の高校生らしいのか? エリザの会にいる女子達よりも艶やかな気がする。

 普段からお洒落なのか、それとも僕と久々に会うのでおめかししたのかな? なんて思ってみる。

 桃華はそんな僕の思惑を余所にツンと向かいに座る。何か買ってこようか? と聞くも桃華は冷めた目で見返すだけだ。しばらく気まずい空気が流れる。

「いやあ、奇遇だよね。あんなトコで会うなんて……」

 桃華は片方の眉を上げ、あからさまに怪訝な表情になる。

 別に桃華に会う為に忍び込んだのではない……、と弁明したつもりだったんだけど、裸で女の子といる所を見られているのだ。どこの世界に裸の女の子連れてストーキングする奴がいるんだと言われればそうだろう。

 変に言い訳しようとすると余計にややこしくなりそうだ。

 僕はワザと大きめの咳払いをし、

「いやあ、それにしてもしばらくだね。中学一年の終わり頃? 僕が告白して、断られて以来だから……」

 別に被害者になるつもりはないんだけど、ショックだったのも確かだから、相手の罪悪感に漬け込むようでなんだけどそんな事を言ってみる。

「別に……、断ってないんだけど……」

「へ?」

 意表を突いた言葉に頭が真っ白になる。

「何も言ってないのに、アンタが勝手にまくし立てて走って行ったんでしょ……」

 そうなの? だって何も言ってくれないからてっきり。それとも僕の体感的にかなり時間があったみたいに感じただけなのかな?

「それじゃ……、もしかして」

「断ったに決まってるでしょ。その前に逃げられただけよ」

 桃華はぷいっと横を向く。

「はは……、そうだよね」

 僕はしばらく壊れた機械のように乾いた笑いを漏らしていたが、桃華は横を向いたまま口を開く。

「それで……、あの子誰?」

「え?」

 桃華は目だけをこちらに向けて睨むように見る。二度言わせるのか? と暗に言っているようで僕は目を泳がせてストローに口をつける。

「もがもごふひ」

 ストローを咥えたままもごもごと口を動かす。

「なに?」

「いや、クラスメートだよ。今の学校の」

 観念して正直に言う。

「それで? 合意? 無理矢理?」

「えーとね、それは……」

 質問の内容をしばらく吟味し、意味を理解すると息を大きく吹き出した。まだストローが口にあったのでコップの中に残っていたコーヒーが空中に霧散する。

「ム、ムリヤリってどういう事!? 僕があの子をムリヤリ脱がしてあんな事やこんな事をしたって言いたいの!?」

「他にどんな理由で余所の学校で女の子と抱き合えるワケ?」

 桃華は飛び散った液体を避けるように身を引きながら言う。

「いや。抱き合ってはいないよ!」

「同じ布に包まれるワケ? 裸で」

 そ、そうだね。それを説明しに来たんだよね。

 なんで桃華にそんな事を説明しなくちゃならないんだ……とどこかで思っていたけれど、確かに無理矢理そんな事をしていたのなら、善良な市民として警察に通報する義務があるんだ。

 まず事実を確認しようとしてくれているだけ桃華は話が分かる方なんだろう。

 下手な事を言うと犯罪者になってしまうんだ。場合によってはここは正直に言った方が……と顔を上げると、カフェの屋根の上に黒い猫が寝そべっているのが見えた。

 腕を組むようにしてじっとこっちを見る目は、昼間だというのに赤く光っている。その目がすうっと細められた。

「ああ……、うう」

 猫に告げ口って出来るんだろうか。でもエリザなら、あの目を通して本当にこっちを見ているかもしれない。

 僕はぐぐ、と歯を食いしばると、深呼吸してから口を開く。

「モ、モチロン合意だよ。実はあれから、結構モテるようになってね。あの子とはそういう仲なんだ。ぼ、僕らの年じゃ、そういうトコ行けないじゃない? だから……」

 引きつった顔でぎこちなく答える。

 桃華は半ば呆れたように聞いていたが、吐き捨てるように呟く。

「私に振られたからってロリに走るなんて……」

 桃華は乱暴に席を立ち、僕も慌てて腰を浮かす。

「ロリって、クラスメートなんだから僕らと同い年だよ。ああ見えて胸はキミよりもおっき……」

 しまったと咄嗟に口を塞いだけど時既に遅く、桃華は顔を真っ赤にしている。

 周りの客も僕達に注目している。ああ……、どんなに辛くてもいい。時間を戻せる魔術があるなら学びたい。

「ま、いいわ。アンタがどこで誰と何をしようと、私には関係ないんだし」

 そ、そう? 納得してくれたなら何よりだけど……。

「別に隠す事じゃないんでしょ? 今の話、私がネットで呟いてもいいんだよね?」

 いや、それはさすがに……。

 吹き出すように汗を掻き、そのまま溶けてしまうのではないかとさえ思う。

 その様子があまりに気の毒に見えたのか、桃華はやれやれという感じでそんな事はしないから安心してと言う。

「じゃあ、今度その子と会わせてよね」

「え!?」

 なんで?

「だって、アンタの話だけじゃ、ホントかどうか分からないじゃない」

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