第6話 拡大

 本当に恐ろしい目にあった。

 まさか僕の人生の中で、猛獣に襲われる機会に遭遇するなんて。

 その後文字通り魔法のように治されて翌日を迎えたが、やはりまだ時々足が震える。

 一晩経てば夢のように恐怖が薄れるかと思ったが甘かった。

 まだ道端に猫がいても避けて通ってしまう。

 あの三人も同じような目にあっているのなら気の毒だけど、正直実感は何もないんだ。

 ただ僕は猛獣に襲われて、その悪夢から覚めただけだ。

 いつものように教室に入り、席に着く。

 しかし周りの様子がおかしい。

 まあいつも必要以上に話し掛けられる事もないんだけど、今日は更に変な感じがする。

 そう言えばあの三人は証拠写真をアップすると言っていたっけ。それでみんな僕を気の毒な目で見ているのかな。

 そんな事を思っていると教室の扉が勢いよく開き、知らない生徒が入ってくる。

「お前か? カラテやってるってでかい顔してたのは」

 そんな覚えは全くないんだけど。やっぱり写真のせいで噂が広まっているのか。

 大方先の噂を真に受けて、僕を避けて通っていたのが、実は大した事ないと分かってこれまでの屈辱を晴らしに来た、とそんなとこだろう。

 まだケガの癒えていない今のうちに、という事かな。ケガは治っているんだから適当に殴らせて収めるか、と思っているとクラスメートの一人がやってきて、絡んできた生徒を引っ張っていく。

 友達なんだろう。不満を口にする生徒にクラスメートは携帯を見せて何やら耳打ちする。

 んなバカな、とか言う生徒に、実際見てきたというような事を真剣に語る。

 外来の生徒は差し出された携帯をしばらく眺めていたが、僕を見て唾を飲み込むと黙って教室を出て行った。

 しばし重い空気が教室内を漂う。

 ん? というように目だけで教室内を見回し、やあ、という感じで挨拶してみたが、皆引きつったような笑みを返すだけだ。

 また教室の扉が開くと、今の雰囲気にそぐわない調子の女の子、エリザが入ってくるなり僕の席へやってくる。

「例の三人の様子も見てきたぞ。命は助かるそうだ。絶妙な加減具合だったな」

 誤解されそうな事言わないでよ。加減したのは僕じゃない。僕は彼らの三倍痛かったんだ。すぐに治ったけど。

「僕は反対したんだからね」

「何を言う。これは我が会員の為でもあるのだぞ。貴奴らを放置しては今後『暁の原石』の会員だというだけで因縁をつけるようになりかねん」

 まあ、それはそうかもしれないけど。

「我が会の会員は皆兄弟だ。仲間は全力で守るが、敵ならば容赦なく報復する」

 ガタガタと教室内が慌ただしくなり、何人かの生徒が会長羽衣の前に列を作った。

 未入会の者が手続きに走ったんだろうけど、いいのかなこんなんで、と僕はまた複雑な気持ちになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る