第5話 アルフォート
「エリザさん。昨日開店したケーキ屋さんに行きましょうよ」
放課後、さっそく取り巻きに囲まれわいわいと下校する。
僕は少し離れてその後をついて歩いた。
ていうかなんで僕はついていってるんだ? 別に会員でも何でもないのに。でも何かほっとけないのも事実なんだよな。
自己中心的で生意気で、魔術もイメージとは少し違うもののどうやら本物っぽい。
彼女の事をよく思わない人間もいるだろう。だけど彼女自身には何の力もなく、絡まれでもしたら困った事になるんだ。
経緯や手段はどうあれ、エリザは僕の事をボディガード……いや、それ以上に扱ってくれている。
そんな期待に応えたいのか、はたまたそれこそが彼女の言う呪いなのかは分からないが、何の気なしに黄色い声で盛り上がる一団について歩いていた。
「よう。カラテカ」
後ろから声をかけられ、振り向くといつぞやの三人組が並んで立っていた。
ネットで拡散していた噂と違ってピンピンと元気そうだ。
「ちょっと顔かせや」
僕は離れていくエリザの会に目をやったが、呼び止めるのも変な話だし、三人を無視して追っかけても面倒が大きくなるだけだろう。
当面用があるのは僕だけのようだし、彼女達は置いといてついていくのが得策か。なにより僕はエリザの会の会員じゃない。
大人しくついて行くと人気のない路地裏に連れて来られた。
「俺らがちょっと休んでた間に随分と勝手な噂を流してくれたみたいだなぁ」
それは僕が流したんじゃないけどね。
「それになんだ? お前、優勝って演武じゃねぇか。組手じゃ一回戦負けだって?」
それも僕が言ったんじゃないけどね。それに一回戦負けも判定だし。
「さんざんコケにしてくれた礼もしなくちゃなんねぇけど。俺らの名誉を回復するにはちょっとやそっとじゃいかなさそうでよ」
三人は、警棒やメリケンサックなどの武器を取り出す。これはさすがにまずい。僕は武道の心得に従い即座に振り向いて走る。
だが直後に足に衝撃が走り、派手に転倒した。
投げた警棒が当たったのか……。逃げる相手を追い打つのに慣れているようだ。
腰や肘を打った痛みで直ぐに立ち上がれないでいると、すぐに取り囲まれて蹴りが飛んできた。
急所を守ろうとするも、三方から飛んでくる攻撃に全て対応する事はできない。視界や呼吸を奪われ次第に抵抗する力も弱くなってくる。
三人は武器を手に、めいめい気を晴らすように叩きつける。
右側頭、肘、腰。堅い武器は体の堅い部分に当たる方が痛い。防御しても、防御した部分が悲鳴を上げ、次の攻撃を防ぐ事を拒否する。
攻撃がガードを抜け、脇や顔面、腹などの弱い部分に入り込むと、激痛に耐えかねてまた防御するが、その防御もまた痛みに耐えかねる。
それが繰り返されるうちに、防御しようにも体が言う事を聞かなくなってきた。
気が遠のき、完全に動けなくなった所で、三人は記念写真のように僕を背景に写メを撮り始めた。証拠写真としてネットに投稿するような事を言いながら、その場を去っていく。
ようやっと苦痛から解放され、起き上がろうとするも激しく咳き込み、その度にアバラが痛んだ。
肋骨が折れたか、ヒビが入ったようだ。起き上がろうとするも足が立たない。片目が完全に塞がれているが大丈夫だろうか。思ったよりも酷いケガだ。救急車を呼んだ方がいいのかな? とも思うが携帯を取り出すのもままならない。
誰か通行人はいないか。とにかく人のいる所まで移動しないと……、と塀まで這って手をつく。
「よっ、派手にやられおったな」
上から声がかけられた。聞き慣れた声に顔を上げると黒い影が見えた。開いている方の目もぼやけているがそこに何がいるのかは考えるまでもない。
その黒い影は塀の上から飛び降りると地面に着地する。
取り巻きとのお茶会が終わったのか。結構長く暴行されていたようだ。
「我を危険から遠ざける為に単身敵を食い止めるとは。あっ晴れだぞ、我がスレイブ」
勝手な事を……。でもエリザに危害が及ばなくて本当によかった。
でもこれは立派に刑事事件レベルの暴行だ。病院に行ったら彼らもタダでは済まないだろう。
積もり積もった不満で後先が考えられなかったのか、事件になった所で箔がつく程度にしか考えていないのか、彼らにしてみれば事件になればなるほど汚名がすすがれるのかもしれない。
「心配するな。我の為に負った傷だ。我がなんとかする。キッチリと相手にも返してな」
エリザは携帯端末を取り出して何やら操作を始める。
ひとしきりどこかにメールしたような操作をすると、端末の上部が開いた。
そこから映写機のような光が伸びると、地面に魔法陣のような紋様が投影される。幾何学的な模様が万華鏡のように動くと、地面は目が眩むほどに光を発した。
あまりの眩しさに目を閉じ、再び開けるとそこにエリザではない人が立っていた。
それは白い髪に白い外套を纏った、正に「白い人」だった。
少しふくよかで、背が低く、全体的に丸い印象だ。でもその表情は優しげで、見る者に安らぎを与える。そしてその姿は薄らと光を帯びているようでもあった。
まさか本当に、神か天使を……、あるいは白魔術師を転送魔術で呼び出したんだろうか?
「やあ、君がエリザベートのスレイブだね。話には聞いているよ。もう大丈夫。ケガは直ぐに治してあげるからね」
穏やかで優しい声に、それだけで癒されたような気分になる。
エリザにそんな力があったなんて、今まで黒魔術師だなんて思っていてゴメンね……と思っていると、一瞬白い人に映りの悪いテレビのようなノイズが走った。
僕はエリザの持っている端末から放出されている光を見る。
立体映像!?
それはそれですごい技術ではあるんだけど。それで光って見えるのか。
「アル、済まないが二回頼む。お代はいつもの通りな。締めて98万クローナで」
お金要るの!? しかも高いのか安いのか単位分かんないし。
エリザは幸い媒体には事欠かないと呟いて、僕の顔に綿棒をすりつける。それを端末にセットしてボタンを押した。なんかDNA検査みたいだな。
映像の白い人は、左手に土人形のような物を取り出し、右手を僕の方にかざす。というより何かを操作しているみたいだ。こっちからは見えないけれど、エリザと同じように何か機械で交信しているんだな。
そして手に何かを持っているように、それを土人形に埋め込むような動作をする。
また手をかざし、何やら呪文を唱え始めると僕の体から次第に痛みが引いていくのが分かった。
いや、痛みだけじゃない。動く。さっきまで痛みは別にしても動かせなかった部分が動くようになっていた。
「すごい……、本物の白魔術だ」
僕は手足を確認しながらつい思った事を口にしてしまった。
「またおかしな事を言ったな。汝の言う黒魔術白魔術というのは服の色の事か?」
「いや、そういうわけじゃ……」
僕を直してくれた白い人に目をやると、手にあった土人形はどす黒く変色し、ボロボロと崩れ落ちた。
「ケガは媒体を介して土人形に移り、人形は死んだのだ。我の使う魔術と原理は何も変わらないぞ」
人形も人間の媒体で作られる。古来は身代わりになった人間が死んだものだが、今は魔術も進んで完全に人形を身代わりにする事で媒体提供者にもほとんど影響はない。
だが皆無ではないから、彼らは報酬と引き換えに血や髪を提供する。今は媒体提供者を斡旋する専門の業者まであるそうだ。
白い人、アルフォートはそれを依頼を受けて行使する専門の魔術師だが、バカ高いのが難点だと説明する。
実際に治しておいてもらってなんだけど、
「なんか……、信じられないな」
「何を言う。薬草をあてて傷を治す事はレッキとした魔術だったのだぞ」
確かに魔女って薬を調合しているイメージあるけど。
「さて、連中にも然るべき返礼をしなくてはな」
仕返し? そりゃ、ヒドイ目に遭ったけど、僕も治った事だし放っとけばいいんじゃ……。
エリザは僕には構わずペンのような物を取り出して僕の体に印を付けていく。そしてネクタイピンのようなものを袖や裾に取り付けた。
「汝も呪いのワラ人形の伝説くらいは知っておろう」
木に釘で打ち付けると、呪った相手が死ぬやつね。
「我らは『
エリザは僕の顔を正面に見据え、頬や額に何やら書き入れる。エリザの匂いに少しくすぐったい感覚も相まって、頬が緩みそうになるのを必死でこらえた。
「擬型はより本人に材質が近いほどよい。その理屈で言うのなら、本人の体に直接釘を打つのが最も効果が高い事になるのだが」
それは普通に殺人でしょ。
「時間を置かない方が効果も高いし、幸い我がスレイブはあの三人にも材質が近い。同じ種類の生き物で年齢も近い」
エリザはよし完成、と言わんばかりに満足気だ。
「よく分からないんだけど……」
「早い話が、汝は今巨大なワラ人形になったのだ。汝の受けた痛みは残らずあの三人にも返る。まあ三等分されてしまうから、相応の痛みを与えようと思ったら、汝にそれ以上の痛みを与えなくてはならないからな。死んでは困るので、先に傷を治しておいたのだ」
「ああ、そういう事……」
って、それキミが今から僕に暴行するって事!?
露骨に狼狽する僕にエリザは冷ややかに言う。
「心配するな。我らにそんな事はできないからマリウスにお願いした。払うものは何もないのだが、なぜか快く受けてくれたぞ」
彼女がそう言うや否や、通りの角から黒い影がぬっと姿を見せる。
黒い毛に覆われ、真っ赤な目を細めて僕を見る様子は、確かにマリウスを彷彿とさせるが、その体はエリザよりも大きい。
ちょっと見ないうちに随分育っちゃって……、ってそういうレベルじゃない。これはどう見ても「豹」だよ、ヒョウ。
ここは日本だよ。警官に見つかったら撃たれるんじゃないの!? そんな事より僕の心配か。
「死なない程度に傷を負わせて、繋がりを断ってから汝だけ治療する。マリウスはなぶり殺しもプロフェッショナルだ」
いやなプロフェッショナルだな。
本当は逃げ出したかったけど、ゆっくりと近づいてくる黒い影に腰が抜けたようにへたり込んでしまう。
多分逃げても無駄だからなんだろう。
赤く光る目が細められる様は、何だか笑っているようにも見えた。
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