第1話 現代の魔術

 教室の扉を開け、昨日の髪をむしられた跡を気にしながら自分の席に着く。

 十円玉大にハゲているんじゃないだろうか。鏡では分からなかったけど、後ろから見たら目立ったりしないかな?

 そんな事を思いながら髪をいじっていると、周りの視線がおかしい事に気付く。

 遠巻きにひそひそと僕を噂しているような気がする。

 ハゲが目立つのか? それとも昨日上級生にいじめられていた奴という事になっているのか?

 学期早々クラスから孤立してしまうのだろうか。あまり人と深く関わりたくもないけれど、孤立するのもそれはそれでイヤだ。

 とさり気なく周りに聞き耳を立てていると、

「よっ」

 とかわいらしい声をかけられる。

 安心するのも束の間、声の主はこの心配事の元凶じゃないか。

「キミか……」

 名前で呼んでやる気もしない。

「我の事はエリザと呼べ」

 紫門エリザ。確かそんな名前だったな。

「本当の名はシモン・エリザベートだがな」

 うさんくさいな。ていうかまだ新学期始まったばかりで仲の良いグループも少ない中、馴れ馴れしくされたら目立ってしまう。特に相手が女の子だと。

「あまりベタベタしないでほしいんだけど……」

 早速こんな金髪の目立つ子と仲良くしていたらそんな奴だと思われる。

 そりゃあ、かわいい女の子と仲良くなりたいと思うけれど、この子の異質さはすぐに知れ渡るだろう。そうしたら僕まで変な奴だと思われる。

 僕は普通の、ハートフルな学校生活を望んでいるんだ。

「何を言う。現代で魔術師の仲間だと思われても火炙ひあぶりになる事はないから安心しろ」

 いやそんな事は心配してないけどね。

「昨日の連中にはきっちり落とし前をつけておいたぞ。まあ骨折程度だから登校しているかもしれんがな」

 あの三人? ワラ人形に釘でも打ち込んだのかな。ここでそんな物見せないでよ。

「キミはまだ日本に慣れていないから仕方ないかもしれないけど……」

 と前置きして、日本と外国では文化が違う。海外では男女の垣根は低いかもしれないけど、日本……特に思春期の男女はその距離感はデリケートな問題なんだ。

 とワザと皆に聞こえるようにたしなめる。

「うむ、知っておるぞ。日本には照れという文化が存在するのだよな。汝は特にテレヤサンなのだな」

 いや、そうじゃなくて……、と話を続けようとする僕の言葉は、エリザの接近する顔に遮られた。流れるような金髪からはいい匂いが漂ってくる。

「これは秘伝なので大きな声では言えないがな……」

 と声を落として耳打ちするように言う。

 魔術師は呪詛を使って周囲の人間に幻覚を見せ、人心を操作して自分の居場所を確保した。

 過去の魔女狩りなどでも処刑されたのは大半普通の人間だ。力のある魔術師は呪詛を使って糾弾や処刑から逃れたのだ。

 その時と同じように、僕とエリザの間柄はもう周囲に浸透していると言う。

 そんなおマジナイがホントに効くとは思えないんだけど、いったいどんな儀式をやったのか興味があったので聞いてみた。

「古来では、起こしたい事柄を血や薬草を調合をした墨で紙に書いて燃やし、その灰を風に乗せて町全体に撒いたものだが、今はかなり便利になってな」

 と懐から黒い板を取り出す。

 僕の知る限り携帯電話とか携帯端末とか呼ばれる物だ。かなり大きいから端末かな。古い感じはしないから高性能端末なんじゃないか。

 エリザは端末を操作して現れた画面を見せる。

「この特別な『あぷり』に起こしたい事を書いて送信を押すと、文字が暗号化されて電波となり町全体に行き渡る。そうすると思想が人々に浸透するのだ」

 ふーん。今は黒魔術も近代化の波を受けているんだな、

「……って、それツブヤキしただけじゃないか!」

 ある事ない事を書いてその情報を拡散したって事!?

 僕は端末をひったくって画面をスクロールさせる。

 エリザはお金持ちの帰国子女で政界や警視庁にも影響力のあるお姫様。

 そして僕はその彼女にぞっこんのカラテの達人。過去に試合で人を死なせてしまい今はカラテ界から追放されている。入学早々エリザにちょっかいを出した生徒をさっそく病院送りにした。

 三人は今も集中治療室で死線をさまよっている……、事になっている。

 僕は未だにガラケーだから知らなかった。

 一番新しいツブヤキに、三人のうちの一人が今死んだとか見えた気がしたが気にしない事にした。どうせ元々が根も葉もない噂なんだ。

「どうすんだよこれ! これじゃ誰も怖がって僕らに近寄ってこないよ」

 さっそく孤立だ。まだ始まったばかりだというのに、どこの班にも入れてもらえず寂しい学校生活を送るんだ。

「大丈夫だ。我らを孤立させる者も報復の対象だ。以前にそれをやった者達も順々に町からいなくなっていったからな」

 エリザがそう言うや否や、突然ガタガタと騒がしくなった。

「紫門さん。これ通学路にあるお菓子屋さんで買ったんだけど一緒に食べない?」

「な、なあ。俺達新しく部活作ろうと思うんだけど、一緒にどうだ? カラテ部。もちろんキミが部長で」

 まだ誰が誰やらも分からないのに一斉に声をかけられ、困惑する僕を余所にエリザは丁寧に応対している。

 その様子はまさに国民に支持されるお姫様のようだった。

 まあ孤立はしてないのかもしれないけど、いいんだろうかこんなんで……。

 そうこうしているうちに担任の女性教師が入ってきて、皆パタパタと席に着いた。

 改めて挨拶の後出席を取る。

神代かみしろ 遥人はるとくん!」

 僕の名が呼ばれ、それに元気よく応えた。

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