ネグロマンサー ~黒魔術師のいる教室~

九里方 兼人

プロローグ

 その少女を助けたのはほんの気まぐれだった。

 かっこよく言ってみたけれど、端的に言うならつい余計な事を言ってトラブルに巻き込まれた結果だ。

 今思えば、その時に首を突っ込んだのも何かの呪いだったのかもしれない。

 高校生活の初日。

 いつもと同じくあまり周囲に深く関わらないようにさっさと帰路についていた。

 僕の家の方角だと、裏口から出た方が近いんじゃないかと、学校敷地の散策を兼ねて校舎裏を歩いたのがそもそもの始まりだ。

 早足に歩く僕の視界に数人の生徒がたむろしているのが見えた。

 私服の学校だから学年は分からないが雰囲気からして上級生っぽい。それが小さな影を取り囲んで「お前生意気なんだよ」とか言っている。

 まあ場所が場所だけに良からぬ事が起こっているように見えなくもないが、目上の者が目下の者に社会の階層を教えるのは自然な事だし、当人が本当に生意気な態度を取ったのなら非があるとも言えるわけで。

 ここで他人が口を挟む事が必ずしも当人の為になるとも限らない。

 というわけで、そんな一団などそこにいないかのように通り過ぎようとした所、視界のすみに鮮やかな色が見えた。

 三人の男子に囲まれていた小さな影は、長い金髪に黒いフリフリの服を着た、まさにお人形さんのような少女。

 目が青いが、顔立ちは日本人っぽい。

 名前も日本人のものだったからハーフだろう。

 もちろん知っている。僕のクラスメートで、今日自己紹介していたのだから。

 確かに日本語が達者という風でもなかったから、生意気とも取れるのかもしれない。

 でも彼女の見た目からさほど違和感がなかったからか、僕はそんな風には思わなかった。

 もしかしてあれか?

 絡んでいるフリをしているだけで、実はナンパなんではないか?

 不器用な上級生が、あんな可憐な少女にどう告白していいか分からなくて、とりあえずお近づきになりたかっただけなのでは?

 一瞬の間に色んな考えが頭の中を駆け巡り、半ば思考停止状態になっていたようだ。

「何見てんだよ、お前」

 と言う声で我に返った。

 全員の視線が僕に突き刺さっているのを感じ、どうしたらいいのか分からずに目を泳がせていると、

「何見てんだって聞いてんだ」

 とリーダーらしき上級生が詰め寄ってくる。

 あ、いや……としどろもどろに口を開こうとするも、今から「何でもありません」と立ち去れる雰囲気でもない。

 それに少女もじっとこっちを見ている。

 すがるような感じはない。どうせ何もせず立ち去るんでしょあなた、と言っているかのようだ。

 それでつい、

「いけないんじゃないかな。こういうの……」

 と言ってしまった。

 ぱあん!

 といい音を立てて僕の頬に拳が叩き込まれる。

 だけど……、音だけだ。

 僕はやられたようにヨロヨロと後退してみせる。

 これでやる事はやったし、このまま帰ってもメンツは立つかな。

 でもケンカが弱い奴という噂が立つだろうか。

 まあ暴力は嫌いだし、実際ケンカなんてやった事はない。それに上級生なんだし……。

 そんな事を思っていると、「お、おい!」と取り巻きの一人がリーダー格の袖をつかむ。

「こいつ、カラテの大会で優勝してたヤツだぞ」

 ぼそぼそと耳打ちするように言うが、その単語を聞き慣れている僕には聞き取る事ができた。

 三人は僕から少し離れてコソコソやると不満気に僕と少女を睨みつけ、何も言わずに去って行った。

 地面に唾を吐いて行ったのはささやかな抵抗だろうか。一応形式的に「許してやった」事にしているのだろう。

 僕は内心ホッとする。

 何しろ僕が優勝したのは演武の部。カラテの型を見せて競う形式の試合だ。

 組み手もできないわけじゃないけど、どうも人を直接殴るのは好きじゃない。

 練習は積んできたから、傷つかないように殴られるのはうまくなったけどね。それに中学でやめてしまったし。

 大した痛みもなく事を収める事が出来てラッキーだった、と胸をなで下ろして少女に目をやる。

紫門しもんさんだっけ? 大丈夫だった?」

「それはどういう意味だ? 我を助けたつもりなのか?」

 僕の目を真っ直ぐに見つめ、すまし顔で言う。

 聞きようによっては生意気だけど、高校生には見えない体つきにあかぬけた外見、かわいい声で言われると何だかおかしい。

 思わず吹き出しそうになるのをこらえていると、少女はかわいく鼻を鳴らして地面に屈み込む。

貴奴きやつらには後で思い知らせてやるつもりだったのにな。お主のおかげで一人分の媒体ばいたいしか手に入らなかった」

 そう言って綿棒を取り出し、地面にすりつける。

 あそこはさっきの奴が唾を吐いていった場所じゃ……。

 そのまま鑑識のように透明なビニール袋に封をして入れ、マジックで何やら書き入れた。

 証拠だろうか。あいつらを訴えるつもりなのかな。でも大した罪に問えそうもないけれど……。

「お主も危害を加えられていたな。どうだ? 依頼するなら報復してやるぞ?」

「報復? いや、いいよ。慰謝料を取れても大した事ないし。それに子供のケンカをマトモに取り合ってくれるわけないよ。騒げば目をつけられるだけだ」

 少女は何の事だ? と綿棒の入ったビニール袋をヒラヒラと見せる。

「我が言っているのはこの媒体を使って直接報復をしてやる事だ。もちろん証拠など残りはしない」

 少女は得意げに胸を反らす。

「我は由緒正しき魔術師なのだ」

 一瞬ぽかーんとしてしまった。

「魔術師って、黒魔術とかの?」

 確かに言われてみれば格好はそれっぽいけど……。

「我らを黒魔術師などと一緒にするな。我は世のために魔術を使っているのだ」

 少女はまだ地面を探っていたが、

「そうだ。残りの二人の名を知らぬか? 名前があれば呪詛じゅそをかける事ができる」

「知らないよ。昨日入学したばかりだもの」

 仕方ない、この媒体から探るか……と呟く少女を呆れるように眺めていたが、

「ねえ」

 何の気なしに声をかけてしまった。

「黒……その、魔術ってかかるのに時間かかるんじゃないの?」

「そうだ。俗民ぞくみんのくせによく知っておるな」

「たとえばさっきの連中、後で仕返しできるとしても、その前に君がヒドイ目に遭っちゃ意味ないんじゃない? さっきは運よく帰ってくれたけど、もし僕が来なかったら……」

 だからそんな事を極めてもダメだよ、と繋ごうとしたのだけれど、少女は目をキラキラさせて僕を見た。

「お主、結構さかしいではないか。魔術に興味があるのか?」

 いや全然。

 そのくらい。誰でも思いつくでしょ。

「そうなのだ。魔術は術者自身が身を守る方法を持たねば一人前とは言えぬ。我はまだまだ若輩者でな。よし、決めた! お主を我がスレイブにしよう」

 なんのこっちゃ。

なんじ、我と共に歩むべく、魂を一つにせん。死が我らを分かつまで」

 詩の一節でもむように唱えると、僕の頭に向かって手を伸ばし、ちょいちょいと手招きする。

 頭を下げろと言う事か? と中腰になると少女は僕の頭に手を置いた。

 お礼にナデナデしてくれるのだろうか……、待っているとぶちっという音と共に頭皮に激痛が走った。

「あいだっ!!」

 見ると少女の手には髪の毛の束がある。何本引き抜いたんだ!? 僕を呪うつもりだとしても一本でいいだろうに。

「これで汝は我のスレイブとなった。よろしくな」

 と言ってむしゃむしゃと髪の束を食べながら言う。かなりシュールな光景だ。

 こうして僕は彼女と行動を共にする事に、もとい着きまとわれる事になったのだ。

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