第31話  世間にはギャップ受けというものがある

(さて、これからどうすっかねえ……)

 時間になり、無事交代も済ませたオレはどこへ向かうわけでもなくただ廊下を歩いていた。

 ただそれでもひっきりなしに人とすれ違い、そして客寄せしている売り子たちの前を通り過ぎる。

 どこもかしこも大賑わいで目を奪われてしまう。

 ……特に食い物に。

(全然食う暇なかったからなあ……)

 愛海のメイド姿が大人気なせいでろくに休憩も取れず働きづめだったために腹が減ってしょうがなかった。

(さて、どこで空腹を満たしてやろうかな……)

「く、玖墨く~ん……」

 そんなくだらないことに考えを巡らせていると、制服に着替えやっとの体で追いついたと言わんばかりに肩で呼吸をしている愛海が声をかけたことに気づいた。

「あれ、橘?休憩まだじゃなかったか?」

 オレの疑問に肩で息をしていた愛海は、その乱れた呼吸を整えて応える。

「えっとね……他の人が、代わってくれたの」

 息もたえたえな愛海がそう教えてくれた。

(親切なやつもいたんだな……)

 内心ほっこりしていると意を決したような表情で聞いてくる。

「良かったら、玖墨君と一緒に周りたいな……。ダメ……?」

「オレでよければ、構わないが?」

「ホント!?」

 何の気なしにそう答えると目をキラキラ輝かせて感激した様子を見せている。

 何だか嬉しいような、むずがゆさを覚えるような……。

 まあいいや、気のせいだろう。

「じゃ、回りますか」

「うん!」

 そうやって元気よく返事した愛海とともに文化祭で彩られた学校を回っていく。

「……ヒヒッ」

 そう怪しく笑う声が死角にいたとは知らずに。


 *


 色々出店を見て回ったオレ達はそろそろ戻るかとか言いつつ廊下を歩いていた。

 するとオレ達の教室とはまた違った方の教室が何やら騒がしかった。

 特に女子の黄色い声がやたら聞こえてくる。

「何だ、アレ……?」

「さ、さぁ……」

 二人して頭を傾げていると、その円の中心にいた奴がこっちに気づき人をかき分けやってきた。

「あっ、玖墨君~!」

 駆け寄ってきた茜はいつもとは全く違う服装をしていた。

 両手に白い手袋をはめ上下ともにこげ茶色に近い色の燕尾服、いわゆる執事の格好をしてオレ達の目の前に立っている。

 男としての自信を無くすくらいには決まっていて

 カッコいいという印象を持つことは容易だ。

 ……だからさっきから女子たちがやたら急いでいたのか。

「どうしたんだ、それ?」

「ふふん、似合ってるでしょ!」

 当然の疑問をぶつけると眩しいくらいニッコニコして自分が着ている執事服を見せびらかす。

「うちのクラスは執事喫茶をやってるんだ~」

 そう言って教室の方を見る。

 その視線につられてそっちを見ると、茜だけでなく他の女子たちも執事服を着て客をもてなしていた。

「そうなのか」

「そうだよ~。別のクラスはメイド喫茶やってるし、ならこっちは執事やったら面白いんじゃない!ってなってね」

 えへへ、とか言いつつ頭を掻き照れている。

 それを見た観衆だろうか、人が倒れた音が聞こえた。

 ……おいおい、大丈夫かよ。

「どう?よかったら入らない?」

「そうだな……」

 交代の時間までまだあるし、まあいいか。

「じゃあ入るか、橘」

「う、うん。玖墨君が言うなら」

 それを聞いた茜は体勢を改め、そして恭しく礼をする。

「お帰りなさいませ、主様。そしてお嬢様」

 あまりに雰囲気が変わりすぎたので少しギョッとしてしまったが、そういえばそう言うコンセプトでやってたんだったなと思い直し、愛海と共に入る。

 その中で驚くくらいのもてなしを受けることになるとはこの時は思いもしなかったのである。

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その者たち、不器用につき。 雪見月八雲 @azaiyakumo

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