第30話 カタストロフィ・サイン
「いらっしゃいませご主人様~」
メイド服を着た女子がノリよく客を出迎える。
教室の中は机を四つ固めてテーブルの形を取っており、まっさらな白い布をかぶせて見栄えをよくしている。
普段の教室とは打って変わってとても華やかな仕上がりになっており制作した人間の気合の入れようが否応なしに伝わってくる。
そのような装飾はオレ達の教室だけでなく学校全体に施され普段見ない奴らも見かける。
今日はいわゆる文化祭というやつの開催日でどこもこんな感じににぎわっている。
……ただうちの教室だけ別格かもしれないが。
オレは注文された料理を持って客のところへ素早く持っていく。
そうでもしないと回転率が上がらないからだ。
何でかって?それは……
「い、いらっしゃいませ~……」
かすれるほど小さく周囲の雑音にかき消されるほどの声しか出せていないメイド服の少女がいたからだ。
今にもぶっ倒れてしまうのではないかと心配させるほどの赤面でずっともじもじしてその場に立ち尽くしてしまっている。
ただ……
「あの子、一番かわいくね?」
「小動物みたい!かわいい!!」
老若男女問わず大人気でしまいには写真を撮っているのかスマホを構えている客もしばしば見かける。
「はいはーい、ここは撮影禁止ですよっと」
そんな少女の前に立ちふさがり、庇うオレ。
ちぇ~とかケチ!とか言われても知るかって話だ。
「ほれほれ、店に入らねえんなら帰った帰った」
しっしっと店にも入らず、写真だけ撮ろうとする迷惑客を追っ払い声をかける。
「大丈夫か、橘?」
「あ、ありがとう玖墨君……」
今にも掻き消えそうな声で返事をする愛海。
「大丈夫!?何もされてない!?」
先ほどの騒ぎを聞きつけて愛海の友達、谷原が駆けつけてきた。
「だ、大丈夫だよ。理奈ちゃん……」
もじもじしながら答えるその姿は確かに小動物らしき可愛らしさがにじみ出ている。
その証拠に心配している谷原の目が何だか危ない目をしている。
何か息遣いも荒いような……。
「はいはい、アンタはこっちで落ち着こうな」
はぁはぁと顔も赤くして何だか危ない気もしたので近くのクラスメイトに引き渡してオレは橘のケアに徹する。
「おい、大丈夫かよ?」
「ななな、何のこと、かな……」
顔を赤くして聞き取れるのがやっとのボリュームでおずおずと話す愛海に対してある意味感心してしまう。
(よくやる気になったよなあ……)
最初のころは、私がやるなんて無理無理―――!!とか言って逃げてたのにいったいどういう心変わりをしたんだ……?
「大丈夫……?」
そんなことを考えてしまい少しぼぉ~っとしていると冷静さを取り戻した愛海に心配される始末になってしまった。
「だ、大丈夫だ。し、心配させてスマン」
赤くなった顔を反らして恥ずかしくなっているのを悟られないようにごまかす。
改めてみると、メイドにはつきもののエプロンドレスを見事に着こなし物語の中に出てきても不自然じゃないほど完璧な出来栄えになっている愛海の姿は十分に人の心を引き付けたる理由になっていた。
ただ当の本人は顔をうつむかせてあうあう言ってるだけだが。
「と、とにかくオレは戻るわ」
「う、うん……」
そう言ってオレは教室へ戻り、料理の準備に戻る。
「……ありがとう」
背中越しに愛海の声が聞こえた気がしたが多分気のせいだろう。
そう思って振り向きもせずに戻った。
「……玖墨君」
切なくつぶやく愛海に気づかずに。
*
「ふふふ、ふふふ……」
忠晴たちがそんなやり取りをしていた間、誰もいない学校のはずれで一人の男の影があった。
その手には、銀色に怪しく光る一本のナイフが握られていた。
「これでやっと一緒になれるね……」
歪んだ笑みを浮かべた玄斗の目は光を失い、ただの狂気だけが浮かび上がっていた。
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